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幸せな日々は、オール・グリーン

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 ~辻田さん~

「ただいまー」
 僕が家に帰ると、彼女は寝ころんだままでお腹にヤカンを乗せていた。一体何をしているのかと聞いてみたら、彼女はにべもなく言った。
「体を温めようと思って、お茶を作っていました」
 うん、なるほど。そういえば、そんな話をしていた気がする。
「それはわかったけど、なんでお腹の上にヤカンを乗せてるんだい?」
「人間は、へその上でお茶を沸かすのでしょう?」
 ああなるほど。それはボイドじゃなくて、へそだったのか。
 ――と、感心している場合ではない。僕はそれを聞き、慌ててヤカンを払いのけた。プラスチックの彼女がそんなことをしたら、熱変形を起こしてしまう。
 床に転がったヤカンは、当然ながら冷たいままだった。
 彼女はタオルを持ってきて、淡々とした様子でこぼれた水を拭き始める。
 ごめんと僕が謝ると、「水だから楽なもんですよ」と笑ってくれた。
 僕はガスコンロの使い方を教えてあげた。でも、直接お腹にヤカンを乗せちゃいけないよ。


 プラスチックには新陳代謝というものがないので、汗臭くないかというと、そういうわけでもない。体臭が薄いかわりに、移ってしまったにおいも消えずに残ってしまうのだ。
 本人からは何も言わないけれど、女の子なら体臭って気になるはずだよな。ということで、柄にもなく香水をプレゼントしてみた。
 香水なんて買ったことがないから、何がいいのかさっぱりわからない。店員さんに選んでもらったが、待っている間はとても居心地が悪かった。
 香水は首筋につけるといいだとか聞いたことがあるけれど、プラスチックは撥水性が高いので、彼女の場合は服につけることにした。
 後から気付いたんだけど、それって僕の服にも臭いが移りやすいのだ。
 仕事場には女の子がいないから変に勘繰られることも無いと思うけれど、少し不安だ。


 最近の彼女は、血色が少し良くなった気がする。体の動きも滑らかだ。
 普通は冬が近づいて気温が下がると、体が固くなって動きが悪くなるものだ。ずっと室内にいるし、暖房のおかげなのだろうか。
 もしかしたら、普通の女の子のように扱っているうちに、普通の女の子になりかけているのかもしれない。だとすれば、来年の夏あたりにはきっと、人間と同じようにばたばたと動くようになっているかもしれない。
 そういえば肘のヒビを埋めようとしたら、いつの間にか消えていた。そのかわり、人差し指の付け根に、切り傷のような跡がある。いつの間にできたのだろう。


 彼女を連れて、近所の回転ずし屋に行ってみた。店員に変な目で見られた気がするが、気にしないようにしておく。
 ワサビを取ろうとして思い出す。そういえばこの子にはワサビボックスがついていなかった。
 彼女は玉子にかぶりつく。あ、歯の形状が一つおかしい。
 いまさらながら気付いた自分にも呆れるけれど。
「良かったね」
「なにがですか?」
「ん、なんでもないよ」
 君をうちにつれて来て、本当に良かったなと思ったんだ。泣きぼくろに八重歯に、二か所も外観に不良があるなんて間違いなく粉砕行きだからね。
 照れ臭かったので、僕は笑ってごまかした。
 あれ?
 彼女の目元の黒点は、いつの間にか消えていた。
 まあいいか、異物が取れて落ちることはたまにある。その跡が目立たなければ、良品なんだから。


 今日は、取れかけた作業服のボタンを、彼女が付け直してくれた。
 器用なものだ、教えたわけでもないのに。いや、もしかしたら、したことがあるのかもしれない。
 ふと彼女の前世のことを考えた。どんな暮らしを、どんな仕事をしていたのだろう。
 恋人もいたのだろうか、それとも。


 日曜日。とてもいい天気だったので、久しぶりに彼女を外に連れ出した。最近の彼女は、本当に人間の女の子のように見える。
 特にあても無く歩いていたら、ケーキ屋さんを見つけた。
 僕が立ち止まると、彼女も立ち止まりじっと待っていてくれる。僕に合わせてくれるのは嬉しいんだけど、たまには「どうしたの?」の一言が欲しくなることもある。
「この看板、どこかで見た気がするんだよな」
 少し考えて、ああ、と思い出した。
 そうだ、いつかロッカーに入れてあった、お菓子の紙袋だった。
 白紙のバースデーカードが入っていた。彼女と出会った日はばたばたしていたので、受け取ったのは二日遅れだったんだけどさ。
 でも、誰がくれたんだっけ?
 僕はちょっと引っ掛かりつつも、お菓子屋さんのドアノブに手をかけた。
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