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泣きぼくろの彼女と、プラスティックの中の未来
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~辻田さん~
「早い話がさ、お化けが出るぜってことだろ?」
ヘンテコな引継ぎ事項を聞いた僕は、原料使用記録表に目を落としたまま聞き返した。
「いや、ほんとですって。信じてくださいよー、辻田さん」
「はいはい、わかったから早く帰りな」
僕は右口を適当にあしらうと、コンパネを操作して成型温度のチェックを始める。
耳にさらさらとした小川のせせらぎが聞こえてくる。ポリプロピレンのペレットがパイプ内を流れていく音だ。ここまでは心地良いのだが、
ごったんぐたん、どごん。
乱暴な音を立て、パイプのつなぎ目が揺れる。ええい、くそ。
数か月前に新しい機械が入った。その時に配管の配置を変えてから、ずっとこの調子だ。エアを噛んでしまったのか、それともチューブの取り回しが悪いのか。
ちょいと前まで、深夜の工場に響くのは、金型が奏でる金属音のみだった。かっこーん、がこーん。きゃたーん。
昔は風流なししおどしだったのに、これじゃまるで残念なニンジャが忍び込んでいるみたいだ。
「だいたいその、目が無いだとか腕が欠けているだとか、要するにショートした不良品じゃないか。珍しくないだろ?」
「ええそーですよ、私のお仲間です!」
むくれた顔の右口を見て、しまったなとすぐに後悔した。二年前の事故のことを思い出したからだ。
右口はこういう工場にしては珍しい、女性の作業員だ。明るい性格で目のぱっちりした美人さんである。そんな彼女の左の人差し指は、第一関節から先が無い。幸い、日常生活で不便に感じたことはまだ無いらしいけれど。
ケガから復帰した最初の日、彼女は指を見せながら言った。「ショートショットになっちゃいましたねー」と。八重歯を見せてにっこりと笑った彼女に、どきりとしたことを今でも覚えている。
右口は言う。
「だって、更衣室とか真っ暗なんですよー。お願いですから着替える間だけでいいんで、ちょっとだけ休憩室に来てくださいよー」
僕は返す。
「そんなことして、その間に女の子がふらふら逃げ出したら、どうするのさ」
冷たいと思われるかもしれないが、こちらも仕事中なのだ。
「うー、もういいです、作業服のまま帰りますから!」
結局右口が折れた。
そうだ、こんな夜中に君とすれ違う男なんて、僕以外では飲み屋帰りのジジイくらいのものだ。女子力なんてバリと一緒に切り落としてしまえ。
僕の働く工場では、女の子を作っている。
昔はコップだの皿だのといったプラスチックの食器類を主に作っていたのだけれど、時代が変わればだんだんと売れ筋も変わっていくものだ。
うちの工場は小さな町工場だ。毎朝の生産会議には社長からヒラの作業員まで、手が空いているものは全員参加することになっている。
その会議で、唐突に社長は言った。
「時代は、女の子を求めているんだよ」
ああなるほど、昨夜の酒がまだ残っているのだ。僕は目を合わせないように、手元のバインダーに落書きしながら聞いていた。
「ほら、最近は出生率が落ちていると、よくニュースでやってるだろう。年金なんかも大変な問題になっているそうじゃないか」
「はあ」
「女の子と食器と、どちらが生活に必要とされているかね、部長」
「それは、ええと、……食器、だと思いますが」
「そうだね、うん。確かに食器だ。では、食器と女の子を作る会社とは、どちらが多いと思う?」
考えるまでもない。女の子を作る会社なんて、聞いたこともないからだ。
かくして社長の一言で、私たちは女の子を作ることになった。
ぎゃらーん、がこーん。
各種顔料と混ぜ合わされたPP樹脂が、成型機に送り込まれていく。240℃きっかりに熱された樹脂は、型締め後の金型に、どっと一息に流し込まれる。
数秒ののち、開いた型から出てくるのは、可愛い女の子だ。はい、冷やして完成。僕の工程はね。
きかーん、かこーん。
型開きの音は、さっきよりも少しだけ高音だ。
成型機から伸びるコンベアに乗って、身長150センチほどの女の子が流れてくる。うちの主力商品だ。
現在は主に回転ずし屋さんに納入されている。僕も店で実際に接客されたことがある。
最近の売れ筋は、電子マネー機能がついているものらしい。席に座ったままで女の子を呼べば、そのまま精算をしてくれる。数え間違いもない。しかも個体ごとにポイントがついてくるために、客はまた同じ女の子のいる回転ずし屋を選ぶという仕組みだ。
肩にワサビボックスをつけただけで売れていた昔とは、確かに時代が変わってしまった。
くあーん、きゃたーん。
「あら、今度の作業員さんはずいぶん若いのね」
流れてくる女の子の中には、こうしてコンベアの上でしゃべり始めるやつもいる。
「静かにしててくださいね。まだ熱いうちにしゃべると、口元がヒケってぶさいくになりますよ」
特に慌てることもない、いつも通りの受け答えだ。
今度の、と彼女は言った。そう、たまにいるのだ、前世の記憶を持つやつが。
最近は諸外国の影響で、原料の値上がりが激しいらしい。バージン原料は特にだ。再生原料の割合を増やせばいいのだが、そうするとこういう製品も増えてくる。
適当にあしらうのも作業員の仕事の一つなのだが、僕らはまだマシなほう。仕上げの工程については詳しくないけれど、こうやって口が達者な女の子を相手に、化粧したり服を着せたりする作業もあるわけだ。考えるだけで、やってられないなと思う。
人件費と原料費と、いったいどちらが高コストなのやら。
まあどうでもいいけどね。
「おや、泣きぼくろか」
出てくる女の子を検品していると、一人の女の子の目尻に黒い点を見つけた。
焦げた樹脂の塊で、劣化している原料を使うと出やすかったりする。品質には特に影響がないけれど、見た目の問題はある。なにせ、作っているのは女の子なんだから。
僕はコンベアからひょいっと不良品を除去すると、不良入れに突っ込んだ。
製品が食器だったころは気にならなかったけれど、女の子はかさばる。四人も入れたらすぐに不良入れはいっぱいだ。粉砕して再生原料に循環していく工程は昔から変わらないけれど、その手間は大違いだ。
そして、黒点というのは、しばしば多発する。
「ああくそ、まいったな。やっぱり右口を追っ払うんじゃなかった」
僕はぐちをこぼしつつ、たった一人で検品を続ける。
黒点が顔や腕などの目立つ場所にあれば、不良品として除去をする。足や腹などの隠せる場所なら、そのまま良品扱いだ。品質も大切だけど、歩留まりだって気にしなきゃいけない。なんせ、女の子は売れ筋の人気商品なのだから。
それにしても、今夜の黒点は量が多かった。みるみるうちに機械室は女の子でいっぱいになっていく。
「あのう、私も手伝いましょうか?」
唐突に不良品入れから声がした。振り向くと、最初に除去した泣きぼくろの女の子だった。
「ああ、頼む。顔と腕だけ見てりゃいいよ。黒点があるやつは、こっちの不良品入れに入れてくれ」
僕が頼むと、女の子は頷いた。不良品入れから這い出ると、コンベアの脇に立ち、検品を始めてくれた。
女の子に検品を任せている間に、こっちはこっちで、汗だくになりながら女の子を積み重ねる。背の高さまでレンガ積みだ。倒さないコツは、頭の向きを互い違いにして高さを合わせておくことだ。
ふとコンベアの方を振り向くと、彼女は何か別の作業をしていた。そういえば、彼女に作業を任せてからは、不良品がほとんど出ていない。
「何をしているんだい?」
どこから持ってきたのか、彼女はホワイトグリスを手に、流れてくる女の子の黒点を隠していた。
「ほら、こうすればほくろが隠せるんですよ」
隠すといっても、所詮はグリスだ。時間が経てば剥がれ落ちて、また黒点が見えてしまうじゃないか。まったく、キミに任せた僕がバカだったよ。
きつめの口調で注意する僕に、彼女は言った。
「でも、グリスがはがれるころには、愛着がわいて捨てられなくなりますよ」
あ、そうか。たしかに、それならクレームも来ないだろう。
納得した僕は、彼女の目尻にもホワイトグリスを塗ってやった。
不良品を持って帰るのも、業務上横領になるんだっけ。
学生時代、バイト先のコンビニから、廃棄のお弁当をこっそり持って帰ったことを思い出していた。
「早い話がさ、お化けが出るぜってことだろ?」
ヘンテコな引継ぎ事項を聞いた僕は、原料使用記録表に目を落としたまま聞き返した。
「いや、ほんとですって。信じてくださいよー、辻田さん」
「はいはい、わかったから早く帰りな」
僕は右口を適当にあしらうと、コンパネを操作して成型温度のチェックを始める。
耳にさらさらとした小川のせせらぎが聞こえてくる。ポリプロピレンのペレットがパイプ内を流れていく音だ。ここまでは心地良いのだが、
ごったんぐたん、どごん。
乱暴な音を立て、パイプのつなぎ目が揺れる。ええい、くそ。
数か月前に新しい機械が入った。その時に配管の配置を変えてから、ずっとこの調子だ。エアを噛んでしまったのか、それともチューブの取り回しが悪いのか。
ちょいと前まで、深夜の工場に響くのは、金型が奏でる金属音のみだった。かっこーん、がこーん。きゃたーん。
昔は風流なししおどしだったのに、これじゃまるで残念なニンジャが忍び込んでいるみたいだ。
「だいたいその、目が無いだとか腕が欠けているだとか、要するにショートした不良品じゃないか。珍しくないだろ?」
「ええそーですよ、私のお仲間です!」
むくれた顔の右口を見て、しまったなとすぐに後悔した。二年前の事故のことを思い出したからだ。
右口はこういう工場にしては珍しい、女性の作業員だ。明るい性格で目のぱっちりした美人さんである。そんな彼女の左の人差し指は、第一関節から先が無い。幸い、日常生活で不便に感じたことはまだ無いらしいけれど。
ケガから復帰した最初の日、彼女は指を見せながら言った。「ショートショットになっちゃいましたねー」と。八重歯を見せてにっこりと笑った彼女に、どきりとしたことを今でも覚えている。
右口は言う。
「だって、更衣室とか真っ暗なんですよー。お願いですから着替える間だけでいいんで、ちょっとだけ休憩室に来てくださいよー」
僕は返す。
「そんなことして、その間に女の子がふらふら逃げ出したら、どうするのさ」
冷たいと思われるかもしれないが、こちらも仕事中なのだ。
「うー、もういいです、作業服のまま帰りますから!」
結局右口が折れた。
そうだ、こんな夜中に君とすれ違う男なんて、僕以外では飲み屋帰りのジジイくらいのものだ。女子力なんてバリと一緒に切り落としてしまえ。
僕の働く工場では、女の子を作っている。
昔はコップだの皿だのといったプラスチックの食器類を主に作っていたのだけれど、時代が変わればだんだんと売れ筋も変わっていくものだ。
うちの工場は小さな町工場だ。毎朝の生産会議には社長からヒラの作業員まで、手が空いているものは全員参加することになっている。
その会議で、唐突に社長は言った。
「時代は、女の子を求めているんだよ」
ああなるほど、昨夜の酒がまだ残っているのだ。僕は目を合わせないように、手元のバインダーに落書きしながら聞いていた。
「ほら、最近は出生率が落ちていると、よくニュースでやってるだろう。年金なんかも大変な問題になっているそうじゃないか」
「はあ」
「女の子と食器と、どちらが生活に必要とされているかね、部長」
「それは、ええと、……食器、だと思いますが」
「そうだね、うん。確かに食器だ。では、食器と女の子を作る会社とは、どちらが多いと思う?」
考えるまでもない。女の子を作る会社なんて、聞いたこともないからだ。
かくして社長の一言で、私たちは女の子を作ることになった。
ぎゃらーん、がこーん。
各種顔料と混ぜ合わされたPP樹脂が、成型機に送り込まれていく。240℃きっかりに熱された樹脂は、型締め後の金型に、どっと一息に流し込まれる。
数秒ののち、開いた型から出てくるのは、可愛い女の子だ。はい、冷やして完成。僕の工程はね。
きかーん、かこーん。
型開きの音は、さっきよりも少しだけ高音だ。
成型機から伸びるコンベアに乗って、身長150センチほどの女の子が流れてくる。うちの主力商品だ。
現在は主に回転ずし屋さんに納入されている。僕も店で実際に接客されたことがある。
最近の売れ筋は、電子マネー機能がついているものらしい。席に座ったままで女の子を呼べば、そのまま精算をしてくれる。数え間違いもない。しかも個体ごとにポイントがついてくるために、客はまた同じ女の子のいる回転ずし屋を選ぶという仕組みだ。
肩にワサビボックスをつけただけで売れていた昔とは、確かに時代が変わってしまった。
くあーん、きゃたーん。
「あら、今度の作業員さんはずいぶん若いのね」
流れてくる女の子の中には、こうしてコンベアの上でしゃべり始めるやつもいる。
「静かにしててくださいね。まだ熱いうちにしゃべると、口元がヒケってぶさいくになりますよ」
特に慌てることもない、いつも通りの受け答えだ。
今度の、と彼女は言った。そう、たまにいるのだ、前世の記憶を持つやつが。
最近は諸外国の影響で、原料の値上がりが激しいらしい。バージン原料は特にだ。再生原料の割合を増やせばいいのだが、そうするとこういう製品も増えてくる。
適当にあしらうのも作業員の仕事の一つなのだが、僕らはまだマシなほう。仕上げの工程については詳しくないけれど、こうやって口が達者な女の子を相手に、化粧したり服を着せたりする作業もあるわけだ。考えるだけで、やってられないなと思う。
人件費と原料費と、いったいどちらが高コストなのやら。
まあどうでもいいけどね。
「おや、泣きぼくろか」
出てくる女の子を検品していると、一人の女の子の目尻に黒い点を見つけた。
焦げた樹脂の塊で、劣化している原料を使うと出やすかったりする。品質には特に影響がないけれど、見た目の問題はある。なにせ、作っているのは女の子なんだから。
僕はコンベアからひょいっと不良品を除去すると、不良入れに突っ込んだ。
製品が食器だったころは気にならなかったけれど、女の子はかさばる。四人も入れたらすぐに不良入れはいっぱいだ。粉砕して再生原料に循環していく工程は昔から変わらないけれど、その手間は大違いだ。
そして、黒点というのは、しばしば多発する。
「ああくそ、まいったな。やっぱり右口を追っ払うんじゃなかった」
僕はぐちをこぼしつつ、たった一人で検品を続ける。
黒点が顔や腕などの目立つ場所にあれば、不良品として除去をする。足や腹などの隠せる場所なら、そのまま良品扱いだ。品質も大切だけど、歩留まりだって気にしなきゃいけない。なんせ、女の子は売れ筋の人気商品なのだから。
それにしても、今夜の黒点は量が多かった。みるみるうちに機械室は女の子でいっぱいになっていく。
「あのう、私も手伝いましょうか?」
唐突に不良品入れから声がした。振り向くと、最初に除去した泣きぼくろの女の子だった。
「ああ、頼む。顔と腕だけ見てりゃいいよ。黒点があるやつは、こっちの不良品入れに入れてくれ」
僕が頼むと、女の子は頷いた。不良品入れから這い出ると、コンベアの脇に立ち、検品を始めてくれた。
女の子に検品を任せている間に、こっちはこっちで、汗だくになりながら女の子を積み重ねる。背の高さまでレンガ積みだ。倒さないコツは、頭の向きを互い違いにして高さを合わせておくことだ。
ふとコンベアの方を振り向くと、彼女は何か別の作業をしていた。そういえば、彼女に作業を任せてからは、不良品がほとんど出ていない。
「何をしているんだい?」
どこから持ってきたのか、彼女はホワイトグリスを手に、流れてくる女の子の黒点を隠していた。
「ほら、こうすればほくろが隠せるんですよ」
隠すといっても、所詮はグリスだ。時間が経てば剥がれ落ちて、また黒点が見えてしまうじゃないか。まったく、キミに任せた僕がバカだったよ。
きつめの口調で注意する僕に、彼女は言った。
「でも、グリスがはがれるころには、愛着がわいて捨てられなくなりますよ」
あ、そうか。たしかに、それならクレームも来ないだろう。
納得した僕は、彼女の目尻にもホワイトグリスを塗ってやった。
不良品を持って帰るのも、業務上横領になるんだっけ。
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