5 / 6
あなたは私の大切な思い出でした ⑤
しおりを挟む
記憶の中の優しい時間。狭い個室の中でも、あの頃の空気に引き戻される気分になっていた。
「それくらいしか思い出がないとは薄い人生だったなあ」
後悔混じりに三上がつぶやく。
「そうか?男子にもててただろう?」の突っ込みに、
「恥ずかしい事を思い出させるな」と苦笑いしてた。
ふたりで話す機会が増え、三上の教室で笑ってる姿が増えた。そのお蔭か少しずつ、三上もクラスにも馴染み始めた。当人は勉強時間が減ったと不平を漏らしていたが。冗談交じりに「登田のせいだぞ」といじられるのが、すでにネタになっていた。そんな時期にクラスメイトからの問い合わせがあった。
「なあ、登田って三上と付き合ってるのか?」と。
そんな訳じゃないと説明すると、仲を取り持ってくれないかと、しつこく言い寄られた。1週間程で流石に根負けして、三上を放課後に呼び出すこととなった。
「条件がある」と三上は言った。
「登田も一緒にいてくれな」
真剣な、だけどもすがる様にも感じる眼差しだった。こうして段取りはまとまったのだが。
正直、友人のしつこさにうんざりしていたし、三上もきっと断るだろうと妙な安心感があった。とは言え、全くの不安もなかった訳だはなく、約束の時間までは複雑な気持ちを抱えていたりしたものだった。
黒とオレンジのコンストラクト。夕日が作る短く清らかな時間。静かな放課後の教室は別の世界のようだった。演出としてもこれ以上の舞台はないだろうと思った。
予想通りであったけど、三上は終始誠実な態度だった。丁寧な説明。家庭の事情で勉強が必要なこと。今は誰とも付き合う気持ちはないと。隣でそれを聞かされていた。
その説明はこちらにも釘を刺されてるようで、おそらく話されてる当人と同じように重くのしかかっていた。
楽しい事だけ覚えていれば良いのに、忘れたい事ほど記憶に刻まれるのはなぜだろう。刻まれた記憶を辿りながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
「俺は受験が終った時も覚えてるよ」
それは忘れられない思い出だ。学生時代でいちばんに印象に残った台詞を受けた。今でも思い出す度に気持ちがざわつき出すが。酔った振りで気持ちを隠すように、相手を茶化す素振りで言った。
「忘れてて欲しかったのに」と、三上は恥ずかしそうに顔をそらせてグラスに口をつけた。
それは過去に見た風景。道路わきの外灯が点滅しながら灯り出す。空は夜になりきれず紫のグラデーションが続いてる。風景は影だけになって空との境界線を際立たせていた。
「残念だがお別れだ」
三上が合格通知を見せる。
地元の大学に受かった登田。
離れた大学に受かった三上。
今後合うには物理的には難しいとお互いに理解してた。
「登田のお蔭で少しだけ楽しい学生生活だったよ」
三上の感謝の言葉を述べた。途端、今まで溜まってたものが噴出したように三上が吐露する。しかめた顔が苦し気にさえ見えた。
「人より苦労が多かった。でも仕方ない事とも思ってた」
押し込めてたものが突然蓋が開いたように涙声に近くなる。
「先のことを考えて頑張ろうと思ってた。それで実際頑張れた」
言葉にありったけの感情が詰まる。
「どんなものも犠牲に出来た。でも、ひとつだけ大きな後悔があった」
一息呼吸をつくと、落ち着いたいつもの三上の笑顔があった。
「あなたの事が好きでした」
「それくらいしか思い出がないとは薄い人生だったなあ」
後悔混じりに三上がつぶやく。
「そうか?男子にもててただろう?」の突っ込みに、
「恥ずかしい事を思い出させるな」と苦笑いしてた。
ふたりで話す機会が増え、三上の教室で笑ってる姿が増えた。そのお蔭か少しずつ、三上もクラスにも馴染み始めた。当人は勉強時間が減ったと不平を漏らしていたが。冗談交じりに「登田のせいだぞ」といじられるのが、すでにネタになっていた。そんな時期にクラスメイトからの問い合わせがあった。
「なあ、登田って三上と付き合ってるのか?」と。
そんな訳じゃないと説明すると、仲を取り持ってくれないかと、しつこく言い寄られた。1週間程で流石に根負けして、三上を放課後に呼び出すこととなった。
「条件がある」と三上は言った。
「登田も一緒にいてくれな」
真剣な、だけどもすがる様にも感じる眼差しだった。こうして段取りはまとまったのだが。
正直、友人のしつこさにうんざりしていたし、三上もきっと断るだろうと妙な安心感があった。とは言え、全くの不安もなかった訳だはなく、約束の時間までは複雑な気持ちを抱えていたりしたものだった。
黒とオレンジのコンストラクト。夕日が作る短く清らかな時間。静かな放課後の教室は別の世界のようだった。演出としてもこれ以上の舞台はないだろうと思った。
予想通りであったけど、三上は終始誠実な態度だった。丁寧な説明。家庭の事情で勉強が必要なこと。今は誰とも付き合う気持ちはないと。隣でそれを聞かされていた。
その説明はこちらにも釘を刺されてるようで、おそらく話されてる当人と同じように重くのしかかっていた。
楽しい事だけ覚えていれば良いのに、忘れたい事ほど記憶に刻まれるのはなぜだろう。刻まれた記憶を辿りながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
「俺は受験が終った時も覚えてるよ」
それは忘れられない思い出だ。学生時代でいちばんに印象に残った台詞を受けた。今でも思い出す度に気持ちがざわつき出すが。酔った振りで気持ちを隠すように、相手を茶化す素振りで言った。
「忘れてて欲しかったのに」と、三上は恥ずかしそうに顔をそらせてグラスに口をつけた。
それは過去に見た風景。道路わきの外灯が点滅しながら灯り出す。空は夜になりきれず紫のグラデーションが続いてる。風景は影だけになって空との境界線を際立たせていた。
「残念だがお別れだ」
三上が合格通知を見せる。
地元の大学に受かった登田。
離れた大学に受かった三上。
今後合うには物理的には難しいとお互いに理解してた。
「登田のお蔭で少しだけ楽しい学生生活だったよ」
三上の感謝の言葉を述べた。途端、今まで溜まってたものが噴出したように三上が吐露する。しかめた顔が苦し気にさえ見えた。
「人より苦労が多かった。でも仕方ない事とも思ってた」
押し込めてたものが突然蓋が開いたように涙声に近くなる。
「先のことを考えて頑張ろうと思ってた。それで実際頑張れた」
言葉にありったけの感情が詰まる。
「どんなものも犠牲に出来た。でも、ひとつだけ大きな後悔があった」
一息呼吸をつくと、落ち着いたいつもの三上の笑顔があった。
「あなたの事が好きでした」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
幼馴染と婚約者を裏切った2人の末路
柚木ゆず
恋愛
「こういうことなの、メリッサ。だからね、アドン様との関係を解消してもらいたいの」
「今の俺にとって1番は、エステェ。2番目を心から愛することなんてできるはずがなくて、そんな状況は君にとってもマイナスしか生まない。そうだろう?」
大事な話がある。そう言われて幼馴染が暮らすファレナルース伯爵邸を訪れたら、幼馴染エステェの隣にはわたくしの婚約者がいました。
どうやら二人はわたくしが紹介をした際に共に一目惚れをして、内緒で交際をして昨日恋人になっていて――。そのままだと婚約できないから、『別れて』と言っているみたいですわ。
……そう。そうなのね。分かったわ。
わたくし達が結んでいる婚約は、すぐに白紙にしますわ。
でもね、エステェ、アドン様。これで幸せになれると貴方達は喜んでいるけど、そうはならないと思うわ。
だって平然と幼馴染と婚約者を裏切るような人達は、いずれまた――
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】転生した悪役令嬢の断罪
神宮寺 あおい
恋愛
公爵令嬢エレナ・ウェルズは思い出した。
前世で楽しんでいたゲームの中の悪役令嬢に転生していることを。
このままいけば断罪後に修道院行きか国外追放かはたまた死刑か。
なぜ、婚約者がいる身でありながら浮気をした皇太子はお咎めなしなのか。
なぜ、多くの貴族子弟に言い寄り人の婚約者を奪った男爵令嬢は無罪なのか。
冤罪で罪に問われるなんて納得いかない。
悪いことをした人がその報いを受けないなんて許さない。
ならば私が断罪して差し上げましょう。
王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】
1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。
全9話 完結まで一挙公開!
「――そう、夫は浮気をしていたのね」
マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。
その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。
――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。
「わたくし、実家に帰らせていただきます」
何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。
だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。
慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。
1/6中に完結まで公開予定です。
小説家になろう様でも投稿済み。
表紙はノーコピーライトガール様より
【完結】友人と言うけれど・・・
つくも茄子
恋愛
ソーニャ・ブルクハルト伯爵令嬢には婚約者がいる。
王命での婚約。
クルト・メイナード公爵子息が。
最近、寄子貴族の男爵令嬢と懇意な様子。
一時の事として放っておくか、それとも・・・。悩ましいところ。
それというのも第一王女が婚礼式の当日に駆け落ちしていたため王侯貴族はピリピリしていたのだ。
なにしろ、王女は複数の男性と駆け落ちして王家の信頼は地の底状態。
これは自分にも当てはまる?
王女の結婚相手は「婚約破棄すれば?」と発破をかけてくるし。
そもそも、王女の結婚も王命だったのでは?
それも王女が一目惚れしたというバカな理由で。
水面下で動く貴族達。
王家の影も動いているし・・・。
さてどうするべきか。
悩ましい伯爵令嬢は慎重に動く。
「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。
下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。
レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は?
小説家になろう様でも投稿しています。
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?
百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。
恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。
で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。
「は?」
「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」
「はっ?」
「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」
「はあっ!?」
年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。
親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。
「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」
「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」
なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。
「心配する必要はない。乳母のスージーだ」
「よろしくお願い致します、ソニア様」
ピンと来たわ。
この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。
舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる