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あなたは私の大切な思い出でした ⑤

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 記憶の中の優しい時間。狭い個室の中でも、あの頃の空気に引き戻される気分になっていた。
「それくらいしか思い出がないとは薄い人生だったなあ」
 後悔混じりに三上がつぶやく。
「そうか?男子にもててただろう?」の突っ込みに、
「恥ずかしい事を思い出させるな」と苦笑いしてた。


 ふたりで話す機会が増え、三上の教室で笑ってる姿が増えた。そのお蔭か少しずつ、三上もクラスにも馴染み始めた。当人は勉強時間が減ったと不平を漏らしていたが。冗談交じりに「登田のせいだぞ」といじられるのが、すでにネタになっていた。そんな時期にクラスメイトからの問い合わせがあった。
「なあ、登田って三上と付き合ってるのか?」と。
そんな訳じゃないと説明すると、仲を取り持ってくれないかと、しつこく言い寄られた。1週間程で流石に根負けして、三上を放課後に呼び出すこととなった。
「条件がある」と三上は言った。
「登田も一緒にいてくれな」
 真剣な、だけどもすがる様にも感じる眼差しだった。こうして段取りはまとまったのだが。
 正直、友人のしつこさにうんざりしていたし、三上もきっと断るだろうと妙な安心感があった。とは言え、全くの不安もなかった訳だはなく、約束の時間までは複雑な気持ちを抱えていたりしたものだった。

 黒とオレンジのコンストラクト。夕日が作る短く清らかな時間。静かな放課後の教室は別の世界のようだった。演出としてもこれ以上の舞台はないだろうと思った。
 予想通りであったけど、三上は終始誠実な態度だった。丁寧な説明。家庭の事情で勉強が必要なこと。今は誰とも付き合う気持ちはないと。隣でそれを聞かされていた。
 その説明はこちらにも釘を刺されてるようで、おそらく話されてる当人と同じように重くのしかかっていた。


 楽しい事だけ覚えていれば良いのに、忘れたい事ほど記憶に刻まれるのはなぜだろう。刻まれた記憶を辿りながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
「俺は受験が終った時も覚えてるよ」
 それは忘れられない思い出だ。学生時代でいちばんに印象に残った台詞を受けた。今でも思い出す度に気持ちがざわつき出すが。酔った振りで気持ちを隠すように、相手を茶化す素振りで言った。
「忘れてて欲しかったのに」と、三上は恥ずかしそうに顔をそらせてグラスに口をつけた。


 それは過去に見た風景。道路わきの外灯が点滅しながら灯り出す。空は夜になりきれず紫のグラデーションが続いてる。風景は影だけになって空との境界線を際立たせていた。
「残念だがお別れだ」
 三上が合格通知を見せる。
 地元の大学に受かった登田。
 離れた大学に受かった三上。
 今後合うには物理的には難しいとお互いに理解してた。
「登田のお蔭で少しだけ楽しい学生生活だったよ」
 三上の感謝の言葉を述べた。途端、今まで溜まってたものが噴出したように三上が吐露する。しかめた顔が苦し気にさえ見えた。
「人より苦労が多かった。でも仕方ない事とも思ってた」
 押し込めてたものが突然蓋が開いたように涙声に近くなる。
「先のことを考えて頑張ろうと思ってた。それで実際頑張れた」
 言葉にありったけの感情が詰まる。
「どんなものも犠牲に出来た。でも、ひとつだけ大きな後悔があった」
 一息呼吸をつくと、落ち着いたいつもの三上の笑顔があった。
「あなたの事が好きでした」
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