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三日目朝

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 目が覚めた時、また涙の痕があった。懐かしい想いが胸を満たす。今自分はここにいる、まだ活美かつみは生きている。
「起きた? 今朝ごはん作ってるから」
「うん、ありがとう、すぐ起きるから」
 優心にこもここにいた。まだ三人であの時の延長線上の世界を生きている。

 テントを出ると今日もいい天気だった。時刻は朝の七時頃、辺りはすっかり明るくなっている。カラッと乾いた良い陽気で、日差しが力強く林の緑がえていた。濃い緑の香りが鼻をつく、虫や鳥の鳴き声がBGMの様だった。
「今日はどうしよっか~」
 優心がのんびりとした声でそう訊いてきた。昨日の恐怖体験は一晩寝たら忘れてしまったのだろうか。

「正午くらいに郷土資料館に行くんだろ?」
 鬼退治の秘密兵器を見に行くのだ。地下の隠し部屋に隠された秘密兵器とはどんな物なんだろう、星河せいがは想像しようとしてみたが上手くできなかった。

「そうだったね、星河顔洗ってきなよ、ついでに寝汗も拭いてきな」
 優心が程よく温められたタオルを投げてよこす。
「サンキュー」
 受け取った星河はそのまま炊事場に行った。冷たい水で顔を洗う、目がしゃっきりと冴えた。次いで寝汗を拭いて、テントに戻り着替えた。

 優心を見るとガスバーナーでプレストースターをあぶっている。焼き立てパンの香ばしい香りがした。
「優心ちゃん印のホットサンドの出来上がりー」
 プレストースターの中からキツネ色に焼けたパンが出てくる。

「具材はハムとチーズとトマトです」
 万能ナイフでトーストをふたつに切った、片一方を渡してくる。アツアツでチーズがトロリと溶けていて、とても美味しそうだ。

「ありがとう、優心」
 一口かじる。ハムの塩気とチーズの優しい風味にトマトの酸味がアクセントになっている。美味い、実に美味かった。
 パンのカリカリの焼き加減が本当に絶妙だった。なんで優心はこんなに上手にパンを焼けるんだろう?

「スープもあるよ、粉末のだけど」
 見るとマグカップにコーンスープができていた。立ち昇る湯気から良い匂いがする。一口すすると定番の滋味じみあふれた味がした。

「余ったトマトはハーブソルトで召し上がれ」
 一口大に切られたトマトがクッカーに盛られている。ひとつつまんで食べる。
「うん、美味い、塩加減も良いね」
 特製ハーブソルトがやはり美味い。バジルが入っていることは分かったが他のハーブは何なのかわからなかった。ただ複数のハーブの奏でるハーモニーが心地よかった。

 ペロリッとパンとトマトを完食してしまった。少し物足りないなと思っていたら、デザートにジャムパンが出てきた。ネットリした杏子あんずのジャムのパン、それを食べたところでふとお腹が落ち着いた。
「ご馳走さまでした」
「はい、お粗末さまでした」

 優心は手早く食器やフォークを片してしまう。何もかも手際てぎわが良い。
「星河……肩は大丈夫?」
「あっ……うん、もう痛くないよ」
「あの時は本当に心臓が止まるかと思ったんだから……やっぱり肩見せてっ! 診察しんさつします」
 着ていたTシャツをむかれてしまった。なんとなく気恥しい。肩に出来ていた痣はもう消えかけていた。

「手を上げて見て」
 言われた通りに手を垂直に高々と上げた。
「違和感とか痛みはない?」
「うん、ないよ」
「本当ね? 無理してない?」
 優心はキッと睨みつける様な表情で訊いてきた。

「大丈夫だよ。優心のトーストのおかげで元気も出た」
「そう……なら良いの」
 優心がやっと笑顔を見せる。うんやっぱり美人だ、と星河は思った。

「用意した武器……全然役に立たなかったね」
 唐突に話題を変えた優心の表情はやや陰っていた。
「うん……あれは恐ろしい獣だよ」
「知恵さんの秘密兵器なら食屍鬼グールを倒せるのかな?」
「分からない……伝承もどこまで信じていいのかわからないけど、もしかしたら効果があるかもしれない」

 星河は冷静だ伝説の秘密兵器だと言われても、半分どこかで疑っている。ただ目の前で起こっている事件は常識だけでは計り知れないものを持っていることもきちんと理解していた。
「それで倒せなかったらどうなるんだろう?」
「その時は自衛隊が戦車でもヘリでも持ってきて、ミサイルかなんかで退治すればいいさ」

 いくら伝説の鬼が強力でもそれで人類が滅ぶような生き物ではないだろう、ただこのままでは自衛隊がミサイルを持ちだす前にまた犠牲者が出てしまうだろう、それだけは防ぎたかった。
「確かに食屍鬼は怖いけど……でも水について有力な手掛かりを得たわね」
「うん……知恵ちえさんの話が本当なら水は実在する」

 星河は力強く頷く。
「「つまり……活美にもまだ希望はあるっ!」」
 気が付くと二人はハイタッチをしていた。そう、まだ希望はあるんだ、諦めなければ。

「んふふふふ~俄然がぜんやる気が出てきたわね」
「あとは秘密兵器がどこまで使えるものかが肝心だけど」
「男を持ち主に選びやすい傾向があるって話だけど、案外あたしが選ばれたりして」

「優心が選ばれるくらいなら、知恵さんを選ぶんじゃないか? あと玲子れいこさんって人もただモノならぬ雰囲気があったけど駄目だったんだろう?」
「う~ん、さすがに骨董品みたいなものに女性の優位性を説いても意味がなさそうね」
 優心は顎に手を当て考え込んでいるようだ。

「そもそも兵器が人を選ぶってどういうことなんだろうね」
「そこら辺は知恵さんに聞いてみないとわからないわね」
 しばし二人は沈黙した。
「もし秘密兵器が使えたとしたら、またあれと戦うんだよね」
「そう……いう事になるわね」
 優心もやっぱり不安そうだ。

「星河だけに押し付けたりしない……あたしも戦う」
 優心はスリングショットを持ってじっとそれを見つめた。
「気晴らしにちょっと練習する」
 小石と空き缶を用意すると、スリングショットを引き絞って小石を飛ばした。
 何度か繰り返しているうちにどんどん命中精度は上がっていった。やはり何をやらしても優心はそつなくこなす。

「優心が戦うのは最後の手段だからね、危なくなったら優心だけでも逃げるんだ」
 優心は返事をしなかった。しばらくスリングショットの練習をした後、先ほどまでトーストを切っていた万能アーミーナイフを出して突いたり切ったりする練習をした。

「意味ないってわかっててもあたしは最後まで諦めたくないの」
「僕は優心には危険なことをしないでほしい」
 星河は優心をじっと見つめる。いつになく真剣な表情だ。

「うん……足手まといになるだけだもんね……それはわかってるの……でも」
 それから二人はしばらく沈黙した。
「全部うまくいくよね?」
「全部って?」
「鬼は退治されて、あたしと星河も無事で、不死の水も手に入って、活美は元気になるの」
 本当にそんな未来が来れば良いなと星河は思った。

「そうなるように僕達は今、頑張っているんだろう?」
 星河は薄くふっと笑って優心の頭を撫ぜた。優心はびっくりしたようで、少し顔を赤らめた。
「全部うまく行ったら、あたしと活美も東京に行って三人で大学生やろう、勉強してうんと遊んで子供の時みたいに」
「うん……そうだね……きっとそうしよう」
 二人は顔を見合わせてウンウンと頷く。

「さて、お見舞いに行ったら活美になんて話そう、うかつなことしゃべると危ない事しないでって言われそうだけど、あたし達どんどん伝説の核心に迫ってるもんね」
「ああ、冒険小説のネタには困ってないよね」
「うん、きっと良いネタになる」
 その後二人できれいにキャンプを片付けて、荷物を山猫号に積み込んで、病院に向かった。
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