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夢、バレンタイン

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 夢……また夢だ。頭の中はどこかぼんやりとして、取り留めのない会話を誰かとしている様な気がする。
 ふと、カチりと頭の中の歯車が合わさった様に感じた、ぼんやりと見ていた記憶が徐々にはっきりしてくる。

 優心にこ活美かつみが立っていた。中学校の制服を着ている、たぶん五年くらい前の記憶だ。部活の時間、文芸部の部室で三人一緒にいる。あの時は午後の四時くらい、たぶん放課後だったろうと星河せいがは思った。
「ほらっ! 恥ずかしがってないでちゃっちゃと渡しちゃいなよ活美」
 優心が活美を肘で突っつく、活美はまだモジモジしていた。

「な……何?」
 星河もどこか落ち着かない、それもそうだ今日は二月十四日だ。モジモジした活美が背後に隠し持っているのは多分、いや確実にチョコレートだ。
「星河君っ! これっ! 私と優心ちゃんから」
 意を決して活美が手を前に持ってくる。可愛らしくラッピングされた小さな箱がふたつ、活美の手は少し震えていた。

「あ……ありがとう」
 星河も微かに震えながらチョコを受け取る。
「今年は猫舌チョコじゃないんだね」
 二人からのチョコレートは小学校の頃からもらっている。活美はいつも高級ブランドの猫舌チョコだった。優心はどこから見つけてきたのかおっぱいチョコだとか激辛わさびチョコだとか変なものばかりだった。

 星河はスケベだからおっぱいチョコが好きなんでしょ? とかわさびチョコは本当に激辛で、辛い物が苦手な星河は食べるのに苦労したものだ。
「今年は二人で手作りのチョコにしてみたの……上手く出来てると良いけど」
 活美の瞳がキョロキョロと落ち着かない。星河の顔とチョコの箱の間を行ったり来たりしている。

「とーぜんあたしのは義理チョコだからね」
 妙に威張りながら優心が言った。ハイハイと星河は軽く受け流す。
「うん……ラッピングはどっちも可愛いな」
 どちらも高級菓子店の様な箱にピンクのリボンが付いている。見た感じでは誰が作ったのかは分からない、名前なんかは書かれていなかった。

「開けて食べ比べて見なさいよ」
 リボンを解いてふたつの箱を開けてみた。綺麗なハート型のチョコレートと少し不格好なチョコが出てきた。不格好な方はよく言えば手作りっぽいとも言える。ハート型の方はまるでパティシエが作ったような印象さえあった。一瞬ハート型の方は買ってきたんじゃないかと疑ったくらいだ。

「これは見ただけでわかるぞ……こっちが活美ちゃん」
 とハート型のチョコをかかげて。
「こっちが優心だろう?」
 と不格好なチョコを掲げる。

「勝負ありっ! 活美ちゃんの一本勝ちだっ! 活美ちゃんのは本当に美味しそうだな」
 星河が大威張りでそう言うと、活美は目に涙を浮かべて、優心はポカンとした顔をしている。

「ち……違うの」
 活美は今にも泣きそうだ。目の潤んだウサギを思わせる表情だ。
「えっ! ……違う?」
 星河は少し慌てる。

「こっちが私のなの……」
 活美はそう言って不格好なチョコを指さす。
「えっ! ええっ! そんな……」
「家庭科の授業とかで知ってるでしょ? 優心ちゃんはお料理とかお菓子作り凄く上手なんだよ」

 そういえばそんなこともあった様な気がする。というか家庭科ではいつも見事な料理を作り皆の度肝を抜いていたような。
「しまった……ネタに走っとけばよかった」
 優心もふるふると首を横に振る。今思えばそもそもお菓子作りでは活美の勝ち目はなかった。ラーメンチョコだとかハバネロチョコだとかにすればよかったと今更ながらに後悔したようだ。

「そっ……そうだったんだ。いやいや……見た目より味だよ」
 そう言ってふたつのチョコを食べ比べる。やはり優心のチョコの方が美味しい、優心のチョコが程よくビターと甘さのバランスがとれており高級チョコの様な味と香りがするのに対し、活美のチョコは甘みが強すぎて、香りもあまり立っていなかった。

「ウンウン……味は活美ちゃんのチョコの方が美味しいな」
 と嘘をついた。顔が微妙にピクピクと引きつってしまう。

「嘘だ……私わかるもん、私のチョコじゃ優心ちゃんのチョコにはかないっこないって」
「う……嘘じゃないよ。活美ちゃんのチョコの方が甘くて美味しいって……僕の好みは活美ちゃんのチョコだな」
 ウンウン、美味い、美味いと言いながらチョコを全て平らげる。

「活美ちゃんのチョコは絶品だったけど、優心の義理チョコも美味しかったよ……ありがとう」
「そう……来年からはネタに走るから、まともなチョコが食べられるのはこれで最後だと思いなさい」

 優心は妙にニヤニヤしながらそう言った。たぶん来年からは下手物げてものなチョコを食べさせられるんだろうなと星河は思った。
 事実、翌年はお湯を入れて三分経つとチョコヌードルになる優心ちゃんチョコラーメンなる、奇怪なチョコを食わされるのだが、これがまた美味しかったというオチが付くのである。
 チョコラーメンのネタは某中華系チェーン店が、バレンタインなると出すかなり不味いことで有名なラーメンを元ネタにしたらしいが、優心が作るとそれさえ美味しくなるんだからある意味恐ろしい娘である。

「チョコ作っておいてこんなこと言うのもあれだけどさ、この時期はみんなソワソワしてバカみたい。チョコ欲しさに星河も目が血走ってるし」
「そんなことないぞ、活美ちゃんのチョコは嬉しかったけど、優心の義理チョコなんかで目が血走るもんか」
 と言い返してみたが、確かに自分はソワソワしていたのであまり強気な態度には出られなかった。

「優心はまた義理チョコを配ったりしたの?」
「あ……う~ん……アポロチョコを少々」
「手作りは星河君だけだもんね」
 活美がニコニコしながらそう言うと優心はちょっと嫌そうな顔をした。

「優心ちゃんは人気だからアポロチョコでもみんな喜んでたよね」
 優心は本当に誰とでも仲良くなってしまう、中学になったこの頃には男の友達もいっぱいいた。もちろん女の子の友達もいっぱいいて、後輩の女の子に告白されたこともある。

「は~……面倒くさいイベントもこれで終わりだわ~」
「チョコ作り手伝ってくれてありがとうね。私ひとりじゃとてもこんなふうには作れなかったよ」
「いいっていいって……まあ星河も喜んでるみたいだし……おいっ!」
「なっ! 何だよ」

 突然声を荒げた優心に星河はちょっとびっくりする。
「来月のホワイトデーには活美にしっかりお返しすること」
「もちろん活美ちゃんには高級菓子店のマシュマロを用意するよ。優心は黒飴でいいだろ?」
「オーケーオーケー」
 やる気のない感じで優心が応えた。

「ダメだよ……優心ちゃんだって頑張ってチョコ作ったんだから……星河君だってその気持ちに応えなきゃ」
「優心のは義理だからいいんだよ」
 とかなんとか言っておきながら星河はホワイトデーになるときっちり二人に美味しいお菓子を返すのだ。

 優心は女の子からも友チョコを大量にもらうし、アポロチョコのお礼に高級菓子を送られることもしばしばだった。本人は毎年のこのイベントにうんざりしているのだが、友達にはきっちり義理チョコを送るし、友チョコのお返しに、見た目も美しい手作り飴をきちんと返していた。

 また辺りの風景がぼんやりしてくる。
「…………また……あえ……?」
 活美が何か大切なことを言っている様な気がする、星河は頷いた。
 ゆっくりと覚醒かくせいの世界が近づいてくる。懐かしさがまた胸を締め付ける。
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