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夢、砂のお城とお嫁さん権

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 夢を見ていた。時々自分が夢を見ているとわかる時がある。今がそんな時だ。
 優心にこがいて活美かつみがいて自分がいる。三人ともまだ幼い外見だった。たぶんこれは十年くらい前の記憶だ。

 公園で遊んでいた。季節は夏で日差しがギラギラと三人を照らしている。植えられた樹木の濃い緑の香りがする。五感を刺激されみるみると記憶がよみがえってくる。
 優心はTシャツにジーンズ姿、活美は淡いピンクのワンピースを着ている。

 その時は三人一緒に砂場でお城を作っていた。優心の発案で無駄に大きな砂の城に挑戦していた。この時の活美はまだ元気だったが、飛んだり跳ねたりはさすがにできなかった。

 優心は活動的な遊びを好んだが、活美がやりたいという事に特に反対はしなかった。この時も優心はブランコで高さを競おうとしていたが、そんな危ない真似を活美にさせたら後で星河せいががどやされる。
 星河がブランコ遊びは止めようと言ったら優心は物凄く反発した、でも活美が砂場で遊びたいと言うと、あっさりと主張を取り下げた。

「わあ……けっこう大きくできたね」
 目の前には高さ一メートル以上ある大きな砂の城が出来上がっていた。

「はぁ……疲れた」
「何よ、星河は根性がないわね。これからもっと大きくするんだから」
「優心ちゃんもういいよー、十分大きいから」
 活美はお城をキラキラ光る目で見つめている。かなりの達成感を感じているようだ。

「お写真撮ろうよ」
 活美がコンパクトデジカメを取り出してそう言った。

「あたしが撮ってあげる」
 優心が活美からカメラを取り上げる。

「ハイ、ハイ、お城の前に並んで」
「うん」
 活美と星河がお城を中心にして左右に並んだ。この時の活美はとても良い笑顔をしていた。良い笑顔グランプリがあれば一等賞の様な。

「はい、チーズッ!」
 カメラのシャッターが下りる。そのとても良い笑顔が写真に撮れた。
「うん、良い感じに撮れた」
 デジカメのプレヴューを見ながら優心が頷く。何をやらせてもそこそこ上手くこなす優心は写真も上手かった。

「次、星河撮って~」
 優心からデジカメを受け取ると優心と位置を交代する。

「いやっほ~、はい、星河っ! 撮って撮って」
 とても上機嫌な優心のこれまた良い笑顔が撮れた。この頃からすでに活美は可愛らしく、優心には美人さんの面影があった。

「じゃあ最後は私が撮るね」
 そう言ってデジカメを受け取って活美が位置に付く。優心と星河がお城の前でポーズを取る。
「はい、チ~ズ」
 チーズの瞬間に優心は星河の頬をつねった。それは容赦のないつねりっぷりだった。

「アイタッ!」
 その瞬間の星河の変顔がしっかりと撮れてしまった。
「何するんだよ~」と抗議する顔も若干変顔だ。

「アハハ! こうした方が面白いでしょ」
 優心には反省の色など微塵もない。
「わぁ……面白い写真が撮れた」
 活美がそう言うので見てみると、確かに面白い顔だった。

「ナニコレ、星河ウケるわ」
 星河は涙目で優心を睨む。
「星河くん可哀そうだからもう一枚撮ってあげるね」
 そう言って活美は星河の写真を撮ってくれた。ちょっと涙目だったけど、良い感じな写真が撮れた。

「活美は星河に甘いわね」
「優心ちゃんが意地悪しすぎなんだよ」
 苦笑する活美、そうこんな風景がいつもの僕たちだったと星河は思った。

「活美ちゃんは優しいから将来いいお嫁さんになる、優心は行き遅れるに違いない」
「なにおうっ!」
 優心はちょっと言い返すとすぐ怒る。何も言わなければ平和に済むものの、星河も黙って見ていられない性格だった。

「ふんっ! じゃあ将来、活美をお嫁さんにする資格をかけて勝負する?」
「な……なんだよ勝負って」
「駆けっこで勝負よ。ここからあの木まで」
 優心が公園に植えられた桜の木を指さす。距離は五十メートルといったところであろうか。

「別に良いけど」
「勝った方が活美をお嫁さんに出来るのよ」
「わぁ……凄いことになっちゃった」
 活美が目を丸くする。優心と星河は色々なもので勝負してきたが、活美のお嫁さん権をかけての勝負は初めてだった。

「え~賞品は駄菓子とか何かでいいよ。お嫁さんの権利なんて駆けっこじゃ決められないよ。馬鹿だな優心は」
「あら、怖いの?」
 優心はあくまで挑戦的だ。まあ自信満々なのはいつもの事であるが。

「怖くはないよ……僕の駆けっこの記録段々上がって来てるの知らないだろ」
「なら勝負ね」
 優心は不敵な笑みを浮かべる。確かに優心の駆けっこは早い、しかし育ちざかりの星河は脚もどんどん長く、そして早くなってきている。いつまでも優心に負けているわけではない。

「じゃあ活美がよーいドンして」
「うん、いいよ」
 優心と星河が位置に付く、二人は目線で火花を散らした。

「よ~い……ドンッ!」
 軽快に二人が駆けていく、最初二人は並んでいた。行けるっ! と星河は思った。
 しかし、次の瞬間には優心がわずかにリードしていた。五十メートルは短い、そのわずかな差が決定的だった。

「あっ……」活美が声を上げる。
 時間が止まったように見えた、わずかに先に優心が桜の木の脇を駆け抜けた。
「よっしゃあっ! かち~」
「あぁぁ……くそっ!」
 星河が悔しそうに地面を蹴った。

「記録が上がっているって言っても、大したことは無かったわね~」
 本気で走ったはずなのに、また優心に負けてしまった。
「くそっ! もう少しで僕だって」
「もう少しだろうが何だろうが、負けは負けよ」
 全くその通りである。ぐうの音も出ない。

「これで活美はあたしのものね。星河の行き遅れは決定的ね」
 さっき言われたことはきっちり覚えていたらしい。言われたことはきちんと言い返すのが優心流だ。

 星河は本気で悔しかった。いつかは優心の鼻を明かそうと思うのだが、まだ全然勝てない。運動やゲームも優心はとても強かった。
「活美も見たでしょ? あたしの走りを」
「う……うん……見たけど」
「けど、何?」
「私……優心ちゃんより星河君のお嫁さんになりたいよ」
 そのセリフを聞いて、なぜだか優心はにっこりと笑った。

「そこまで言われちゃあしょうがないわね。活美をお嫁さんにする権利は星河にあげようかしらね」
「えっ……それって本気だったの?」
「本気も本気、マジの真剣勝負だったはずよ」
 活美と星河は赤面する。時々こんな話になるがそういう時、いつも二人は恥ずかしがって歯切れが悪くなるのだった。それは今でもあまり変わらないかもしれない。

「お嫁さん権よりも、僕は駆けっこで勝ちたかったな」
「そのうち勝てるよ、星河君どんどん大きくなってるもん」
 活美の瞳はキラキラと輝いている。可愛い、恋する女の子の表情。

「あたしもどんどん成長してるし、星河には負けないよ」
 この頃はまだ優心の方が何をやらせても強かった。そんな優心も数年たつと乳房が大きくなり、女らしい体つきになっていった。優心が駆けっこを持ちかけてきたのも子供のうちだけだった。ゲームは相変わらず強かったが、体力は星河の方が圧倒的に強くなってしまった。

 記憶の風景がぼやけていく、意識が夢うつつの世界から徐々に覚醒していく。
 ふいに懐かしさが強烈に胸を締め付けてきた。子供の頃は三人一緒の世界がずっと続く様に思えた。でも活美は病気で弱り、星河は東京へ行った。優心……そう、優心が辛うじて僕たちの世界を繋ぎとめている。

 夢の世界がいよいよ終わろうとしている。厳しい現実の世界がもうすぐそこまで来ている。夢にとどまり続けようとしても、目覚めは止まらない。
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