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トレーニングその三 読書、小説教則本を読む

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 この章では小説の教則本についてお話しします。前二つの読書トレーニングの解説とはちょっと趣きを変えまして、ここではブックガイドを示したいと思います。
 まず読んでも損にはならない良書を厳選したつもりですが、僕の主観が多々入ったブックガイドです。気になった本の内容は必ず自分で調べて、納得してから読むようにしてください。

 まず、最初にことわっておきたいのですが。世の中にはわかりやすく実用的な教則本も少数あるのですが、教則本の多くが実はあまり役に立ちません。多くの教則本がごく初歩的な内容しか語っていないか、抽象的な内容しか語っていないからです。前者は主に小説の書き方などと言ったガイドブック形式の書籍に多く、後者はいわゆる有名小説家が書いた本に多いです。

 実は小説を書くのに必要なごく初歩的な注意事項やテクニックはほぼネットで補完できます。むしろ程度の低い教則本より、よくできたサイトの記事の方が出来が良かったりします。

 また、小説を書く技術というものが実はあまりつかみどころが無く、*1のスティーブン・キングの「書くことについて」でも、執筆の多くの技術は無意識にこなしているもので、それを言葉にするのは非常に難しいと言っています。

 人間の記憶には言葉で宣言できる宣言型記憶と、身体で覚える手続き型記憶等の非陳述型記憶とあり、実はどうやら文章を書く技術にも多くの手続き型記憶が作用している様なのです。これら手続き型記憶はスポーツの技術や自転車に乗るときのバランスのとり方の様に、言語化が非常に難しいのです。

 教則本は文章ですから、自然と言語化ができる宣言的な知識が多く、だから多くの教則本が執筆時の注意事項などのTipsの集まりと化しているのです。このTipsが役に立たないわけではないのですが、実際にはTipsだけでは上手く小説は書けません。

 このTipaの集まりの様な教則本とは180度逆のコンセプトに基づき、お話しを物語る、そのお話し創りの手続き型記憶を鍛えようという異色の教則本があります。先ほども紹介した
*5 (大塚英志 (2003) 物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン  朝日新聞社)
 という本です。後述するプロットノックという独自の小説執筆トレーニングを紹介した、ある意味伝説的な教則本です。
 この本では物語を作るための体操と称して6つのトレーニングを紹介しています。体操という名が示す通り、多くが物語作者に必要な手続き記憶を鍛える内容になっています。

 この物語の体操をさらに発展させ、物語製作者向けのドリルを大塚英志は創りました。
*8 (大塚英志 (2011) 神話の練習帳、物語作者になるためのドリル式ストーリー入門 キネマ旬報社)
 これは良質な物語論の教科書であり、実践的なトレーニングを紹介した教則本です。いわゆる一般的な小説教則本とはかなり異色な内容で、一風変わったトレーニングを紹介しています。
 一風変わっていますが、大塚氏のトレーニングはきちんと根拠がある練習法です。物語を作るための的確な練習を集めたと語る内容通り、物語論を技術的に身に付けるメソッドが多数紹介されています。

 このほかにも大塚氏の教則本は数多くあり、そのほとんどがとても有用です。ここではこの二冊の紹介にとどめますが、興味があったら作者名などでググって調べてみてください。

 実は物語やシナリオの教則本で意外と名作が多いのがアメリカの映画シナリオ向け教則本です。小説執筆向けではないので文章の技術についてはあまり多くを語りませんが、魅力的な物語創りに有用なアドバイスを与えてくれたり、ただ読むだけの本ではなく、書きこみ式で実践的な創作のノウハウに触れているのも、日本の多くの小説教則本との違いです。

 その大定番が
*9 (Neill D. Hicks (1999) Screenwriting 101: The Essential Craft of Feature Film Writing. Michael Wiese Film Productions  (ニール・D・ヒックス 濱口幸一(訳) (2001) ハリウッド脚本術 プロになるためのワークシップ101 フィルムアート社)
 です。この本はハリウッド映画のセオリーに沿ったシナリオの実践的な書き方について、わかりやすくふれた書籍で、映画のストーリーに必要とされる要素を簡略にまとめてくれています。
 主人公の内的欲求を明らかにせよとか、ドラマは葛藤であるとか、ある意味ベタな脚本の書き方を示していて、これに反発する人もいるのですが、僕はストーリーの型を知ることは、逆に型破りにも通じることだと思います。
 定番のストーリーをまず書けるようにすることは、小説書きにとって決して無駄にはなりません。そのためにも一読をお勧めする本です。

 翻訳の洋書を紹介したところでもう一冊。
*10 (David McKenna Christopher Vogler  (2011) Memo from the Story Department: Secrets of Structure and Character. Michael Wiese Productions  (クリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナ 府川由美恵(訳) (2013) 物語の法則、強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術 アスキー・メディアワークス)
 こちらの本もハリウッドの創作術を解説した本です。後述しますが、ハリウッドの第一線でも使われている物語論であるところのヒーローズジャーニーを「神話の法則」で書いたボグラーの著書です。
 この本では彼らがツールと呼ぶところの創作のテクニックを解説していて、かなり実践的です。抽象的なTipsなどではなく、使えるテクニックを紹介しているところに好感が持てます。

 さて、ここまでむしろ文章よりはその内容たるシナリオの構築手法を主に記した著書を紹介してきました。物書きにとってはこれだけではちょっと物足りないですよね。お待たせしました。ここからは主に文章の執筆を扱った書籍を紹介していきます。

*11 (奈良裕明 (2003) 1週間でマスター小説を書くための基礎メソッド小説のメソッド〈初級編〉 雷鳥社)
 リライトつまり推敲の解説が特に素晴らしい小説教則本です。例文を丁寧に添削し、その添削の実例に一つ一つ丁寧な解説を添え、わかりやすくかつ実用的な小説の書き方を教えてくれます。ごく初歩的なTipsしか載せていない教則本と違い、初心者向けとありますが、書きなれた人でも十分読む価値のある内容になっています。
 一週間でできると銘打ってあるように、段階的におよそ一週間でこなせるメソッドにまとめてあります。小説教則本のベストセラーで人気に裏打ちされた確かな内容になっています。

 そしてより文章の書き方に突っ込んだ本を紹介します。
*12 (瀬戸賢一  (2002) 日本語のレトリック、文章表現の技法 岩波ジュニア新書)
 隠喩や直喩などの文章の飾り、つまりレトリックを解説した本です。
 宿題の山、山の様な宿題という、この登れない山を例えに見事なレトリックを駆使した前文から始まり、わかりやすく言葉の世界へ誘(いざな)ってくれる良書です。
 そこらに転がっている適当な小説教則本を読むよりずっと役に立つ知識が手に入ります。
 国語や文法関係の本には難解であまり小説を書くときのアドバイスにはならない本も多いですが、この本はわかりやすく実用的です。

 さらに文章関係をもう一冊。
*13 (石黒圭 (2008) 文章は接続詞で決まる 光文社新書)
 文章の「だが」とか「しかし」とか「すると」などの接続詞について解説した書籍です。小説家にとっても接続詞は大事で、本書の中で文豪井伏鱒二が尊敬する作家の生原稿をみたら、初々しいばかりに接続詞やてにをはを直していて感心したと語っている様に、接続詞は文章の出来を大きく左右します。これも、実践的で役に立つ文章技法を紹介している良書です。

 ここで、僕のブックガイドは終わりです。意外に短かったですか? もちろんこの他にも良い教則本はいくつもありますよ。
 僕はここで抽象的なTipsを語るだけの本を批判しブックガイドからは除きました。多くが有名小説家の書いた教則本です。実を言ってしまうとここで想定された本とは*3の保坂和志の本です。
 この「書きあぐねてる人のための小説入門」に抽象的という言葉が適切かどうかは微妙なところですが、そのアドバイスの内容はやや難解で、初心者にとっては実用性に欠けるきらいがあるのは事実です。
 ですが、僕はこの本が悪いと言っているわけではありません、むしろ非常に高度な小説の技法に付いての考察があります。
 抽象的だから悪いのではなく、むしろ非常に高度なことは抽象的にしか文章にできないのだと思います。しかし、ただ面白い小説を書きたいだけの初心者が、保坂氏の本を読んでもおそらく混乱するだけに終わるような気がします。

 小説の書き方の本というものも、小説を書き続けている人は意外に集めてしまっているんではないでしょうか? 僕も気がつけば本棚にこの手の本がたくさんありました。
 こういった本を読みあさってみて、今回のエッセイを書こうと思ったわけです。
 教則本も時々読み返すとまた新たな発見があったり、進歩してから読み直すとその内容がよりよく分かったりして面白いですよね。

 ここまで、小説の基本である読書について語ってきました。次章からいよいよ小説の練習を取り上げていきます。
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