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どうして・・・(数子)
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家に帰って居間へ行くと、お父さんはテーブルの上でアルバムを見ているところだった。床にも無造作に何冊か置いてある。
遺影を選んでいるのかと、一瞬氷のような戦慄が走ったが、さり気なく覗くと、お父さんが見ているのは私の子供の頃の写真で、ほっと胸をなでおろした。
「お父さん、ただいま……。アルバムなんてどうしたの?」
一気に緊張がほどけたせいか、自分でも驚くほど柔らかな声が出た。
「あ…ああ、お帰り」
お父さんは普通に話しかけられた事に、少し戸惑っているようだ。でも嬉しそう。
「棚を整理している途中でアルバム見始めたら、この通り片づけどころじゃ無くなった」
付け足しのようにハハハと笑って視線を落とし、ページをめくる。
見開きの右側を占める大きな写真には、水色のはっぴに豆絞り姿の七、八歳頃の私が写っている。
腕に金魚すくいの袋をぶら下げて、かき氷を食べながら、真っ赤に染まった舌を得意そうに見せている。
楽しげな笑い声が聞こえてきそうな写真を見ながら、お父さんの目が少し潤んで見えるのは、気のせいだろうか。
「もうすぐ夏祭りだね」
「そうだなぁ……」
しみじみとした声が物悲しく心に響いた。
お父さんにとって最後の夏祭りになるかも知れない。
瞼に痛みが走り、涙がこみ上げてきたけれど、何度か瞬きをして押し戻した。
優しい眼差しで写真を見つめるお父さんに、「あのね……」と、声をかける。
ん? と、こちらを向いた瞳と視線を合わせ、出来るだけ冷静に、でも重くならないようにと気をつけながら、
「鈴田先生との事だけどね、無かった事にしようと思ってるから」
と言って微笑した。
「どうしてだ!?」
お父さんは愕然としている。
「鈴田先生、ちょっと反対されたくらいで直ぐ引き下がったでしょう? やっぱりお父さんが言うみたいに、私のこと愛してないんだなって」
「数子、だけど……」
「一番問題なのは、私がそれを悲しく思ってないって事なの」
お父さんの声を遮るように言葉を繋いだ。
機械のように話し続けなければ、泣いてしまいそうだったから。
「冷静になって考えると、私、別に鈴田先生のこと好きじゃないんだなぁって……。お父さんに反対されて意固地になってたけど、本当はホッとしてるの。やっぱり今のままが気楽で一番」
自分でも驚くくらい淀みなく嘘が吐けた。
さあもう少し……
「友達とラーメン食べて来てお腹いっぱいだから、もう部屋に行くね」
笑顔で明るく言って、私は二階に引き上げた。
*
色々な思いがごちゃ混ぜになり、泣きながら自室のPCで膵臓がんのことを貪るように検索した。
与えられる情報は残酷なほど辛いものが多く、叫び出したい気分になった。
お父さんに何と切り出せば良いか、結局何も浮かばなかった。
ふっと壁の時計に目をやれば、既に十一時を回っている。
取りあえずお風呂に入ろう……
ふらふらと浴室へ行き、お湯に浸かった。
コクリコクリと浅い眠りにいざなわれ、夢とうつつの間をたゆたっていると、遠くで微かにインターフォンの音を聞いたような気がした。
気のせいだろう……と思ったそばから、またコクリコクリと頭が揺れ始める。
次に気付いた時には、鼻すれすれまで顔がお湯に沈んでいた。
このままでは危険、と半分眠った頭に言い聞かせ、お風呂から上がった。
お父さんの病気、先生のこと、こんな時によく眠れるものだと自分に呆れながら、服を着て髪にドライヤーをあてる。
洗面所のドアを開け、お父さんが話をする声を聞いた途端、一気に眠気が吹き飛んだ。
どうして……
遺影を選んでいるのかと、一瞬氷のような戦慄が走ったが、さり気なく覗くと、お父さんが見ているのは私の子供の頃の写真で、ほっと胸をなでおろした。
「お父さん、ただいま……。アルバムなんてどうしたの?」
一気に緊張がほどけたせいか、自分でも驚くほど柔らかな声が出た。
「あ…ああ、お帰り」
お父さんは普通に話しかけられた事に、少し戸惑っているようだ。でも嬉しそう。
「棚を整理している途中でアルバム見始めたら、この通り片づけどころじゃ無くなった」
付け足しのようにハハハと笑って視線を落とし、ページをめくる。
見開きの右側を占める大きな写真には、水色のはっぴに豆絞り姿の七、八歳頃の私が写っている。
腕に金魚すくいの袋をぶら下げて、かき氷を食べながら、真っ赤に染まった舌を得意そうに見せている。
楽しげな笑い声が聞こえてきそうな写真を見ながら、お父さんの目が少し潤んで見えるのは、気のせいだろうか。
「もうすぐ夏祭りだね」
「そうだなぁ……」
しみじみとした声が物悲しく心に響いた。
お父さんにとって最後の夏祭りになるかも知れない。
瞼に痛みが走り、涙がこみ上げてきたけれど、何度か瞬きをして押し戻した。
優しい眼差しで写真を見つめるお父さんに、「あのね……」と、声をかける。
ん? と、こちらを向いた瞳と視線を合わせ、出来るだけ冷静に、でも重くならないようにと気をつけながら、
「鈴田先生との事だけどね、無かった事にしようと思ってるから」
と言って微笑した。
「どうしてだ!?」
お父さんは愕然としている。
「鈴田先生、ちょっと反対されたくらいで直ぐ引き下がったでしょう? やっぱりお父さんが言うみたいに、私のこと愛してないんだなって」
「数子、だけど……」
「一番問題なのは、私がそれを悲しく思ってないって事なの」
お父さんの声を遮るように言葉を繋いだ。
機械のように話し続けなければ、泣いてしまいそうだったから。
「冷静になって考えると、私、別に鈴田先生のこと好きじゃないんだなぁって……。お父さんに反対されて意固地になってたけど、本当はホッとしてるの。やっぱり今のままが気楽で一番」
自分でも驚くくらい淀みなく嘘が吐けた。
さあもう少し……
「友達とラーメン食べて来てお腹いっぱいだから、もう部屋に行くね」
笑顔で明るく言って、私は二階に引き上げた。
*
色々な思いがごちゃ混ぜになり、泣きながら自室のPCで膵臓がんのことを貪るように検索した。
与えられる情報は残酷なほど辛いものが多く、叫び出したい気分になった。
お父さんに何と切り出せば良いか、結局何も浮かばなかった。
ふっと壁の時計に目をやれば、既に十一時を回っている。
取りあえずお風呂に入ろう……
ふらふらと浴室へ行き、お湯に浸かった。
コクリコクリと浅い眠りにいざなわれ、夢とうつつの間をたゆたっていると、遠くで微かにインターフォンの音を聞いたような気がした。
気のせいだろう……と思ったそばから、またコクリコクリと頭が揺れ始める。
次に気付いた時には、鼻すれすれまで顔がお湯に沈んでいた。
このままでは危険、と半分眠った頭に言い聞かせ、お風呂から上がった。
お父さんの病気、先生のこと、こんな時によく眠れるものだと自分に呆れながら、服を着て髪にドライヤーをあてる。
洗面所のドアを開け、お父さんが話をする声を聞いた途端、一気に眠気が吹き飛んだ。
どうして……
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