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「君たち、食道癌手術は長丁場だぞ、おしゃべりはそのへんにして、さっさと戻ってちょっとでも休憩しておきなさい」
滝川本部長は部下たちを急かせて先に行かせ、自分も歩きだしながら、ちらりと奏を振り返った。
「桜木君、君の次の手術を楽しみにしているよ」
「えぇと、あのぉ……ん?」
つい数分前まで華麗な手技を披露していた男は、目をしばたかせながら間の抜けた声を漏らす。
そのギャップは面白くもあり、且つ奏という人間をいっそう魅力的に映した。
人好きのする男だ、と本部長は笑みを浮かべ、
「君は一生メスを置くことはできない……なぁんてな」
と、冗談めかした言葉を投げた。
――― どんないきさつで緩和にいったのか、詮索する気はない。あるいは本当に緩和をやりたいのかも知れないが、君みたいに天賦の才を持つ人間は、それに見合った宿命を背負っている。見えない糸に導かれて、結局メスを握らざるを得なくなる。君はきっとまた外科医に戻ることになるだろうよ……。
本部長は、はははと笑い声を響かせながら手術室を後にした。
*
「日比さんの処置(心電図・酸素モニターのとり付け)が終わりましたので、中へでどうぞ」
看護師は、待合室で待つ娘をICUに招き入れた。
英子さんは、手術が成功したことを事前にちらりと聞いて知っているものの、やはり心配で仕方がなかったようで、部屋に入るなり日比さんのベッドへ駆け寄った。
「お母さん、大丈夫っ!?」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ。私はもう大丈夫だから」
今にも泣きだしそうな顔で手を握る娘に、日比さんは少し茶目っ気を覗かせて返事をした。
痛み止めが効いているため、日比さんの表情は手術前よりも格段に穏やかで、英子さんはホッと胸をなでおろしつつ、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「先生、本当にありがとうございました」
英子さんは、心からの感謝を滲ませ深く頭を下げた。
手術前とは別人のような対応に、奏は少し驚き「ぁいえ、頭をあげて下さい」と慌てたように言った。
「予想通り小腸に穴が空いていました。その部分を切り取って繋ぎました。他の腸には病気の影響はなさそうでしたから、これでまた食べられるようになると思いますよ」
優しく温かな声が、母と娘の胸にじんわりと響く。
奏を見つめる英子さんの目からは、玉のような雫がこぼれ、筋となって伝い落ちた。
「ありがとうね、先生」
日比さんの声に、奏はにこやかに「どういたしまして」と言葉を返し、ほんの少し間を置いて、
「でも本当に頑張ったのは、日比さんご自身ですからね。今日はゆっくり休んでください……。それから、しばらくは外科病棟で過ごして頂きますが、僕が診る許可を貰いましたので、毎日会いに来ます。落ち着いたら緩和に戻りましょうね」と。
包み込むような声を聞きながら、日比さんの目からしとどに涙が溢れだす。
「えぇ、えぇ……ありがとう」
*
緩和ケアのナースステーションでは、五人の看護師が日比さんのことを心配そうに話している。
とその時、入り口がさぁっと開き、皆の視線が一斉にそちらに集中した。
「あっ先生、日比さんは大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫です。手術後の経過が良ければ、一週間くらいでこっちに戻ってこれるんじゃないかな?」
奏が看護師たちの輪に入りながら朗らかに答えると、途端にあちらこちらから安堵の声と溜め息が漏れた。
ただ、今朝奏の処置に異を唱えた青木さんだけは、ほっとしつつも何かが引っかかっているような、複雑な表情を見せている。
「青木さん、どうしました?」
彼女が何を考えているか承知の上で、奏は穏やかに問いかけた。
「私には、まだ分かりません。手術が上手くいったから良かったですが、それでも日比さんは、本当は何もしないことを希望してこの病棟に来たはずです。それなのに……」
と、困惑を滲ませる。
「そうですね、確かに日比さんは、がんの治療を希望されてはいなかった。抗がん剤もご自身の意思でやめられ、緩和に来られたんですよね?」
「ええ、そうです」
「でも日比さんは、決して生きることを諦められた訳ではないですよね? 自分らしく最後まで生きることを希望されていたと思います。いや、今でもきっとそう思われています」
「それは……」
と、青木さんは言葉を詰まらせた。
「確かに今回原因となったのは再発した癌ですが、起こったことは腸穿孔です。日比さんの全身の状態を考えた上で、手術をすれば、しないよりもずっと長く日比さんらしく生きて頂けると僕は考えました」
「……」
「しかし大事なのは、医師や看護師がどう思うかではなく、ご本人がどうしたいかですよね? 話しが戻りますが、だから青木さんは日比さんの気持ちを尊重して、ああ言ったのだと分かります」
「そうですが……」
考えが足りなかった。青木さんは心の中で呟きながら視線を下げた。手が小刻みに震えている。
「僕もご本人、ご家族の気持ちを一番大切にしたいと思っています。それから、その患者さんが僕の母親だったら、父親だったら、愛する人だったら、常にそう思って接するようにしています。そのうえで今日は、日比さんと娘さんに状況を説明して選んで頂きました。そして日比さんは手術を希望された」
顔を上げた青木さんの目は潤み、まつ毛は濡れている。
「とにかく手術が上手くいって本当に良かったです。あとで日比さんを見にいってあげて下さいね」
奏は明るい声で語りかけ、青木さんは静かにうなずきながら「はい」と涙声で返事をした。
*
その夜、奏は九時ごろ病院を後にした。大学病院の頃に比べるとかなり早い。
途中病院と家の中間地点にあるコンビニに寄って、夕飯に梅干しのおにぎりと、とろろ蕎麦と焼きそばパンを買った。
――― 焼きそばパンじゃなくて、コロッケパンにしておけばよかったかな? レジの女の子、俺の顔じぃっと見てたしな。きっと、蕎麦と焼きそば同時に買うって、コイツどんだけ麺好きなんだよ! って思われたんだよなぁ? いやそれ以前に、俺どんだけ炭水化物好きなんだよって話だな、ハハハ……。帰ったらこれとビールと……
ここだけの話、レジの女の子は単純に奏に見惚れていただけなのだが、彼は全く気付いていない。
他愛もないことを考えながら家路を急いでいると、数メートル先から女性の尖った声が、奏の耳に飛び込んだ。
それはちょうど『なごみ庵』のあたりからだった。
「こういうの凄く怖いし気持ち悪いの。待ち伏せしないでって言ってるでしょう!?」
あ、この声……と奏が目を凝らすと、思った通り『なごみ庵』の美和ちゃんだ。
彼女の目の前には、スーツを着た背の高いイケメンが困った顔で佇んでいる。
――― もしかして女将さんが言っていた、美和ちゃんにぞっこんの常連さんかな? へぇ~、ホントにカッコいいなぁ。
「ごめん、いま出張の帰りなんだけど、お土産、直接渡したくて」
「そんなの要らないから帰って!!」
と、美和ちゃんはピシャリ!
――― おっと美和ちゃん、けんもほろろだな。大人しそうに見えて結構気が強いんだな。
「今日俺、伊勢に行っててそれでさ」
イケメンは、何事もなかったように穏やかな声で食い下がる。
その目はまるで美和ちゃんに縋るようだ。
――― よっぽど好きなんだな……。
「ねぇ、聞こえなかっ…」
「真珠のネックレスなんだけど、凄く可愛いのがあって、似合うと思って買ってきたんだ」
彼の言葉に途中から被せるように、美和ちゃんは声を荒らげる。
「要らないって言ってるでしょう? どういうつもりか知らないけど、ホントこういうの迷惑だから!」
もうちょっと言い方ってものが……と、奏は冷たくあしらわれる彼を気の毒に思う一方で、曖昧な態度をとられるよりは、後々誤解が生じないし良いのかな? とも思った。
とその時、「あぁそうだ、それ他の人にあげれば?」美和ちゃんは悪びれもせず言った。
――― いくら何でもひどくないか? きっと彼は喜ぶ顔が見たくて、一生懸命選んだんだろうに。
「君へのプレゼントなのに、他の人になんて……」
美和ちゃんは鼻先で笑って、
「あれ、私へんなこと言ったかな? あげられるでしょう? それかゴミ箱にでも捨てなよ」
と、どこまでも強気だ。
イケメンは二の句が継げず、立ち尽くしたまま彼女から少しだけ視線を逸らした。
「……邪魔だからどいて! もう二度と、本当に二度とこんなことしないで!!」
美和ちゃんは自転車を手で動かしながら、肩を落とす彼に容赦なく冷たい声を浴びせ、押しのけた。
ちょうどその時、通りを挟んで『なごみ庵』の前を通った奏と目が合い、一瞬決まり悪そうな表情を浮かべたが、さっと視線を逸らすと何事もなかったようにサドルに跨り、振り返りもせずに行ってしまった。
「美和子……」
奏は、残された彼がそう小さく口にするのを聞いたような気がした。
滝川本部長は部下たちを急かせて先に行かせ、自分も歩きだしながら、ちらりと奏を振り返った。
「桜木君、君の次の手術を楽しみにしているよ」
「えぇと、あのぉ……ん?」
つい数分前まで華麗な手技を披露していた男は、目をしばたかせながら間の抜けた声を漏らす。
そのギャップは面白くもあり、且つ奏という人間をいっそう魅力的に映した。
人好きのする男だ、と本部長は笑みを浮かべ、
「君は一生メスを置くことはできない……なぁんてな」
と、冗談めかした言葉を投げた。
――― どんないきさつで緩和にいったのか、詮索する気はない。あるいは本当に緩和をやりたいのかも知れないが、君みたいに天賦の才を持つ人間は、それに見合った宿命を背負っている。見えない糸に導かれて、結局メスを握らざるを得なくなる。君はきっとまた外科医に戻ることになるだろうよ……。
本部長は、はははと笑い声を響かせながら手術室を後にした。
*
「日比さんの処置(心電図・酸素モニターのとり付け)が終わりましたので、中へでどうぞ」
看護師は、待合室で待つ娘をICUに招き入れた。
英子さんは、手術が成功したことを事前にちらりと聞いて知っているものの、やはり心配で仕方がなかったようで、部屋に入るなり日比さんのベッドへ駆け寄った。
「お母さん、大丈夫っ!?」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ。私はもう大丈夫だから」
今にも泣きだしそうな顔で手を握る娘に、日比さんは少し茶目っ気を覗かせて返事をした。
痛み止めが効いているため、日比さんの表情は手術前よりも格段に穏やかで、英子さんはホッと胸をなでおろしつつ、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「先生、本当にありがとうございました」
英子さんは、心からの感謝を滲ませ深く頭を下げた。
手術前とは別人のような対応に、奏は少し驚き「ぁいえ、頭をあげて下さい」と慌てたように言った。
「予想通り小腸に穴が空いていました。その部分を切り取って繋ぎました。他の腸には病気の影響はなさそうでしたから、これでまた食べられるようになると思いますよ」
優しく温かな声が、母と娘の胸にじんわりと響く。
奏を見つめる英子さんの目からは、玉のような雫がこぼれ、筋となって伝い落ちた。
「ありがとうね、先生」
日比さんの声に、奏はにこやかに「どういたしまして」と言葉を返し、ほんの少し間を置いて、
「でも本当に頑張ったのは、日比さんご自身ですからね。今日はゆっくり休んでください……。それから、しばらくは外科病棟で過ごして頂きますが、僕が診る許可を貰いましたので、毎日会いに来ます。落ち着いたら緩和に戻りましょうね」と。
包み込むような声を聞きながら、日比さんの目からしとどに涙が溢れだす。
「えぇ、えぇ……ありがとう」
*
緩和ケアのナースステーションでは、五人の看護師が日比さんのことを心配そうに話している。
とその時、入り口がさぁっと開き、皆の視線が一斉にそちらに集中した。
「あっ先生、日比さんは大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫です。手術後の経過が良ければ、一週間くらいでこっちに戻ってこれるんじゃないかな?」
奏が看護師たちの輪に入りながら朗らかに答えると、途端にあちらこちらから安堵の声と溜め息が漏れた。
ただ、今朝奏の処置に異を唱えた青木さんだけは、ほっとしつつも何かが引っかかっているような、複雑な表情を見せている。
「青木さん、どうしました?」
彼女が何を考えているか承知の上で、奏は穏やかに問いかけた。
「私には、まだ分かりません。手術が上手くいったから良かったですが、それでも日比さんは、本当は何もしないことを希望してこの病棟に来たはずです。それなのに……」
と、困惑を滲ませる。
「そうですね、確かに日比さんは、がんの治療を希望されてはいなかった。抗がん剤もご自身の意思でやめられ、緩和に来られたんですよね?」
「ええ、そうです」
「でも日比さんは、決して生きることを諦められた訳ではないですよね? 自分らしく最後まで生きることを希望されていたと思います。いや、今でもきっとそう思われています」
「それは……」
と、青木さんは言葉を詰まらせた。
「確かに今回原因となったのは再発した癌ですが、起こったことは腸穿孔です。日比さんの全身の状態を考えた上で、手術をすれば、しないよりもずっと長く日比さんらしく生きて頂けると僕は考えました」
「……」
「しかし大事なのは、医師や看護師がどう思うかではなく、ご本人がどうしたいかですよね? 話しが戻りますが、だから青木さんは日比さんの気持ちを尊重して、ああ言ったのだと分かります」
「そうですが……」
考えが足りなかった。青木さんは心の中で呟きながら視線を下げた。手が小刻みに震えている。
「僕もご本人、ご家族の気持ちを一番大切にしたいと思っています。それから、その患者さんが僕の母親だったら、父親だったら、愛する人だったら、常にそう思って接するようにしています。そのうえで今日は、日比さんと娘さんに状況を説明して選んで頂きました。そして日比さんは手術を希望された」
顔を上げた青木さんの目は潤み、まつ毛は濡れている。
「とにかく手術が上手くいって本当に良かったです。あとで日比さんを見にいってあげて下さいね」
奏は明るい声で語りかけ、青木さんは静かにうなずきながら「はい」と涙声で返事をした。
*
その夜、奏は九時ごろ病院を後にした。大学病院の頃に比べるとかなり早い。
途中病院と家の中間地点にあるコンビニに寄って、夕飯に梅干しのおにぎりと、とろろ蕎麦と焼きそばパンを買った。
――― 焼きそばパンじゃなくて、コロッケパンにしておけばよかったかな? レジの女の子、俺の顔じぃっと見てたしな。きっと、蕎麦と焼きそば同時に買うって、コイツどんだけ麺好きなんだよ! って思われたんだよなぁ? いやそれ以前に、俺どんだけ炭水化物好きなんだよって話だな、ハハハ……。帰ったらこれとビールと……
ここだけの話、レジの女の子は単純に奏に見惚れていただけなのだが、彼は全く気付いていない。
他愛もないことを考えながら家路を急いでいると、数メートル先から女性の尖った声が、奏の耳に飛び込んだ。
それはちょうど『なごみ庵』のあたりからだった。
「こういうの凄く怖いし気持ち悪いの。待ち伏せしないでって言ってるでしょう!?」
あ、この声……と奏が目を凝らすと、思った通り『なごみ庵』の美和ちゃんだ。
彼女の目の前には、スーツを着た背の高いイケメンが困った顔で佇んでいる。
――― もしかして女将さんが言っていた、美和ちゃんにぞっこんの常連さんかな? へぇ~、ホントにカッコいいなぁ。
「ごめん、いま出張の帰りなんだけど、お土産、直接渡したくて」
「そんなの要らないから帰って!!」
と、美和ちゃんはピシャリ!
――― おっと美和ちゃん、けんもほろろだな。大人しそうに見えて結構気が強いんだな。
「今日俺、伊勢に行っててそれでさ」
イケメンは、何事もなかったように穏やかな声で食い下がる。
その目はまるで美和ちゃんに縋るようだ。
――― よっぽど好きなんだな……。
「ねぇ、聞こえなかっ…」
「真珠のネックレスなんだけど、凄く可愛いのがあって、似合うと思って買ってきたんだ」
彼の言葉に途中から被せるように、美和ちゃんは声を荒らげる。
「要らないって言ってるでしょう? どういうつもりか知らないけど、ホントこういうの迷惑だから!」
もうちょっと言い方ってものが……と、奏は冷たくあしらわれる彼を気の毒に思う一方で、曖昧な態度をとられるよりは、後々誤解が生じないし良いのかな? とも思った。
とその時、「あぁそうだ、それ他の人にあげれば?」美和ちゃんは悪びれもせず言った。
――― いくら何でもひどくないか? きっと彼は喜ぶ顔が見たくて、一生懸命選んだんだろうに。
「君へのプレゼントなのに、他の人になんて……」
美和ちゃんは鼻先で笑って、
「あれ、私へんなこと言ったかな? あげられるでしょう? それかゴミ箱にでも捨てなよ」
と、どこまでも強気だ。
イケメンは二の句が継げず、立ち尽くしたまま彼女から少しだけ視線を逸らした。
「……邪魔だからどいて! もう二度と、本当に二度とこんなことしないで!!」
美和ちゃんは自転車を手で動かしながら、肩を落とす彼に容赦なく冷たい声を浴びせ、押しのけた。
ちょうどその時、通りを挟んで『なごみ庵』の前を通った奏と目が合い、一瞬決まり悪そうな表情を浮かべたが、さっと視線を逸らすと何事もなかったようにサドルに跨り、振り返りもせずに行ってしまった。
「美和子……」
奏は、残された彼がそう小さく口にするのを聞いたような気がした。
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