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7章 エルフの里

77.飛んで火に入る亜人軍

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 シガナの森に完全に太陽が昇った。北の辺境特有の強い日差しが森を容赦なく照らし、それに呼応するかのように森がざわめく。
 それは進軍する敵を阻止しようと悲鳴をあげる森の声にも聞こえた。

 「おいそこ!何をぼーっとしている!早く進め!」

 その注意が俺に向けられていると知り、はっとすると前列へと駆ける。
 細々とした道は、横が2m程度しかなく、ギリギリで通っても3、4人並んで通れるかどうかの広さだ。そんな道を1000人がかりで通るなどどうかしている。

 しかし、道の外を歩こうとする者は流石にいないようだ。
 この森、シガナの森は別名"人喰いの森"と呼ばれているように、森に通った道以外を通れば必ずと言って良いほど行方不明、もしくは死体で見つかる森とされている。それも内臓を食い荒らされ、森から投げ捨てられた形でだ。

 そんな森に住んでいるエルフをなぜ狩るのか、王の考えはよくわからないものである。
 俺のような一般蜥蜴トカゲ族であり、一兵士な自分でさえこの戦がいかに無駄かがわかるというのに。

 「ーーーーーーだぁ!!!!」

 ふと、そんな時前から叫び声が聞こえてきた。
 それに応じて周りの皆が雄叫びをあげる。その音量はまるで地響きのようだ。
 そして、一気に軍全体が前へ駆け足になる。
 まるで敵が目の前にいるかのようにーーー

 「エルフ前方にあり!!!全軍進めぇぇえ!!!」

 「「「「うおおおお!!!!」」」」 
 
 どうやら本当にいたようだ。
 しかしエルフもバカだなぁ。俺がエルフなら間違いなく逃げる。世界には絶対に見つからない場所などいくらでもあるのだ。わざわざ戦う必要などない。
 プライド?誇り?そんなものゴミだゴミ。
 まあ俺がトカゲだからそう思うだけかもしれないが。

 そういえばエルフは小さい頃から憎かった。あの傲慢な態度で終始バカにするような発言をするのだ。多少容姿がいいからって。
 
 「チッ」  

 いかんいかん。つい僻みが出てしまった。
 トカゲでも良いことはある。例えば尻尾切れても再生するとか。いつ使うんだよって話だが。

 「進め進めぇぇえ!!!」

 そんなことを思っているうちに、軍はいつの間にか森の奥まで進軍していたらしい。
 だんだん森には霧が出てきて、前方数メートル先しか見えない。それでも進軍は続けるらしく、雄叫びと大地が揺れる足音は止まらない。
 こんな大勢でやってこられたらエルフも震え上がっていることだろう。第一向こうには勝ち目のない戦なのだ。やるだけ無駄というやつで、実際今はエルフは逃げているかもな。

 「ーーーまれぇぇええ!」

 「ーーーん?」

 そんな時、突然前から聞こえていたはずの声と足音が消えた。と、同時に悲鳴が上がり、その数はどんどん数を増していく。
 これはやばいーーーと思った瞬間、俺にもなぜ前の兵士が悲鳴をあげていたのか理解できた。

 ーーー穴だ。

 落とし穴が仕掛けてあった。それも底が見えない落とし穴だ。落ちたら決して助からないような。
 俺はすんでのところで踏みとどまり、前のめりになりながらも体をぎりぎり逸らして穴に落ちるのを防いだ。
 危ない。こんなところで死ぬところだったーー

 とホッとした瞬間、後ろからドンと押され、俺の体は穴へと落ちていく。
 驚いて後ろを見ると、俺と同じように落とし穴を見て恐怖の表情を浮かべた兵士たちが、後ろからやってくる兵士に押され、次々と前のめりになっていっていた。
 状況に気づいた兵士も次々と落ちていくため後ろへ伝達できていないのだ。

 「やられたっ......」

 落ちていく感覚。体がきりもみしながら落ちていく。
 
 ああ、俺はこんなところで死ぬのか.....。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 何やら前が騒がしい。
 黒服がそう気づいたのは森に霧が出始めてから数分後のことだった。
 前からエルフを見つけたという報告を受け、全軍突撃させていただけに、最初は味方がエルフどもを蹂躙しているのかと思ったものの、その思いはすぐに消えた。

 あまりにも、あまりにも聞こえてくる悲鳴が多すぎる。そして同時にその報告が来ない。
 不気味、不気味だった。

 「い、一体前で何が起こっているのだ!?」

 亜人王が悲鳴のような声をあげる。
 いつもならその自慢の視力で見えただろうが、今は霧の中。見えるものも見えないのだ。
 しかしこの霧.....いくらなんでも濃度が高すぎる。

 ーーーまさか魔法....?


 「グルルァァァアアア!!!」

 
 その時、背筋が凍りつくような獣の声がした。声は体の芯を凍らせ、軍勢の足をピタリと止める。
 わかっているのだ。進んだら何が起こるか。この声の主がこの森を"人喰いの森"と語らせていることが。
 あたりは不自然なほど静まり返り、その獣が歩く大きな音だけが響いている。

 そして、突然そいつは現れた。

 巨大な前足が少し前で体を震わせていた数十人の兵士を踏みつぶしたのだ。
 その兵士の内臓が、あばらが、血が、肉片が勢いよく飛び散る。どんな強者でも踏み潰せは一発だぞ、と無言で言わしめていた。

 「あ.......ぁ......」

 もう声すら出ない。
 前では謎の現象で悲鳴が上がり、ここでは獣に蹂躙される。先ほどまでの余裕はなんだったのだ。
 そして、また、数十人死んだ。

 その光景に、ずっと固まっていた兵士もやっと頭を動かす。
 足をノロノロ動かし、森の奥、ではない真逆の方向へと駆け出し始めた。
 逃げるために。

 「お、おい待て!退却の命令はしていない!」

 そんな亜人王の言葉など聞こえていないかのように周りの兵士は勢いよく逃げ出していく。
 もう命さえ助かれば、そんな思いしかないのだろう。
 実際、過度な戦闘訓練と精神訓練を受けている黒服さえ逃げ出してしまいたかったのだから。

 そんな時、突如霧が晴れた。

 今までなんだったんだ、と思えるぐらい一目散に引いていき、何も見えなかった残酷な景色があらわになった。

 ーーー踏み潰される死体、なぜか矢を受け死んでいる兵士、500人ほど前にいたばすの軍勢は今では2割近くに減っている。
 壊滅。そんな言葉しか見当たらない。負けたのだ。1000人で100人を相手に。それも損害を受けたのはこちらだけ。完敗だ。

 しかし、相手もあの獣が切り札だったのか、獣はいつの間にか居なくなっており、そして追撃が来る様子もない。
 向こうも向こうで全力を尽くしたのだろうーーーと思ったのは間違いだった。

 「な、なんだよあれ......」

 なんとか生き残った兵士たちが次々と空を呆然と見上げる。
 その目には絶望しか宿ってはいなかった。

 燃える岩石。それも巨大なものが空から降ってくる。いくつも。何十もの岩石が。空から降ってきた。偶然・・軍勢がいるところにだけ。

 なるほど。向こうは最後まで全力を出さなかったのだ。
 地理的な要素を生かし、そして最低限の力と最大の力を使って10倍の軍勢を全滅させた。

 完全なる、負けだ。


 


 その日、シガナの森に初めて隕石が降った。
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