亡国の草笛

うらたきよひこ

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第十二章 普通の旅

第二百十九話 普通の旅(3)

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 その後は三人で目的もなく大通りを散策した。レジス城下が近いだけあってかなり活気がある。宿場町であるためか特に旅人向けの店が充実していた。大衆食堂や宿屋、さらに目を引くのが旅の道具類を扱った店がたくさん軒を連ねている光景だ。ここで必要な道具類を新調したり、修理したりしていくのだろう。旅人らしき人たちで大いににぎわっている。
 旅の準備は全部人にやってもらったので何も知識がないが、ナイフひとつとってもいろんな種類のものが並んでいておもしろい。料理用や護身用、高額なものから手頃なものまで実に様々だ。他にも携帯食や日用品も旅の長さや目的地によっていろいろと選ぶことができるようだ。ルルクも生活用品を物珍しそうに手に取って見ていたし、シェイルは狩猟道具らしきものをあれこれと眺めていた。道中で狩りをする人たちもいるのかもしれない。
「これ、前ゼインさんにもらいました」
 以前、アルメシエに向かうときにもゼインに旅の道具などを一式貸してもらったとき、きちんと食事をとるようにと言われてナッツを渡されたのだった。こうやって旅道具を売っているところでまとめて手に入るようになっているようだ。ゼインにもらったものと同じラベルが貼られている。
「ナッツは栄養がありますからね。そういえばそろそろ戻った方がいいでしょうか」
 ナッツからの連想でシュクロのことを思い出したのだろう。そういえば結局シュクロにクルヴァルを食べさせる暇がなかった。
「そうですね。戻りましょう」
 そんなに大きな町でもないので見るところもなくなってしまった。
 帰り道の路地裏で驚いたことにヒルトリングが売られているのを見た。
 あきらかによくないものを売っている雰囲気ではあったが、まさかそんなものまで売られているとは。もちろんモノが見える形ではなく箱に入った状態で、布を敷いた地面に直に並べられているだけだ。これだと一見何が売られているのかわからない。それをシェイルが違法なヒルトリングだと小声で教えてくれたのだ。敷物の片隅に「◯」と書き殴られた紙が貼られており、それがいわゆる符牒らしい。術士の存在が機密事項なのにヒルトリングが売られているというのはどういうことだろう。
「いくら口をふさいでも存在そのものを隠し通せるものじゃないんです。裏社会では術士の才を持った者が驚くほどの高値で雇われたりしていますよ。もちろんそれをやると国から追われ続けることになりますから……さて、割りに合うかどうか」
 軍の術士の給金は他の職種に比べても格段に高いと聞く。しかもかなりの厚遇だ。それを捨ててでも裏社会で生きる術士というのは一体どういう状況なのだろう。世の中にはいろいろな人がいるのだ。
 シェイルと今日見たものなどの話をしながら、エリッツは上機嫌で部屋の扉を開けた。ふてくされてしまったこともあったが、総じて今日は楽しかった。シュクロがいなかったのも大きい。そんなことを思いながら、部屋の中のランプに火を入れるとその揺れる光に照らされて部屋の隅の方でシュクロが膝を抱えて座り込んでいるのが浮かびあがる。
「うわぁ」
 エリッツは驚いて大声をあげ、思わずシェイルにしがみついた。
「シュクロさん、そんなところで何をやっているんですか」
「お前らこそ、何をやってたんだよ」
 非難がましいがやけに小声だ。
「だってシュクロさん、隣の部屋の人たちと遊びに行っちゃったじゃないですか」
 シュクロは何かを警戒するように左右に視線を向けると、人差し指を鼻先に立てた。
「静かにしろ。追手が来たんだよ。お隣さんらは一緒に昼食っただけだ。その後レジス城下に行っちまった」
 そういえばレジス城下へは馬で半日弱だ。昼食後にこの町を出れば何とか日が暮れる前にあの高くて三重になっている壁を越えられる。たとえ壁を越えられず外壁で夜を明かすことになっても、あの人たちなら何ということもないだろう。
「昼過ぎからずっとここで座っていたんですか?」
 シェイルが座り込んでいるシュクロをのぞきこむ。
「うるっせーな。お前らが仕事しないからだろ」
 シェイルは小さくため息をつく。
「――では護衛しますので、一緒に夕食に行きましょうか」
「俺は行かねー」
 また執務室にこもりきりだった頃のシュクロに戻っている。
「お腹すきませんか?」
 シェイルの問いかけにぐっと眉根を寄せる。お腹はすいているようだ。
「シュクロさんは何がそんなに怖いんですか?」
 単純に不思議だった。シュクロ自身も強いし、シェイルもエリッツも、ルルクもいる。これは秘密だが今回もシェイルのヒルトリングを殿下から預かっている。さらに背後にはレジスから来た見張りの方々が控えているのだ。何事も絶対ということはないが、シュクロの安全はかなり保障されているように思う。
 そのとき、シュクロがはっとしたように目を見開いた。直後、シェイルがしがみついたままのエリッツにおおいかぶさる。轟音の後、目を開くと、小窓が大きく破壊され、ほこりがもうもうと立ちこめていた。ランプの光では薄暗い外まではよく見えない。
「すごいですね、これは」
 シェイルの声には余裕があった。はっとしてルルクを探すとベッドの下にいる。目をしばたたかせてエリッツを見返した。さすがに驚いてはいるようだ。シェイルとルルクの動きが早かったということは、目のいい術士にしか見えない何かが起こったのだろう。
 シュクロはすごいスピードで駆けてきてシェイルの後ろに隠れた。逃げ方が堂に入っている。
 直後、破壊された小窓から何かが顔をのぞかせた。暗くてよく見えないが、人間ではあるようだ。爬虫類か何かのような動きをしていて気持ち悪い。
「あれ、ヤベーから」
 シュクロがシェイルの後ろから言いそえる。どうやらシュクロの追手のようだ。
「ルルク」
 シェイルがベッドの下の少女を呼んだ。
「外にもう一人いる。あいつら二人セットなんだ」
「何人いても一緒です」
 シェイルの穏やかな声にほっとしてしまう。シェイルは切り抜ける自信があるのだ。しかし術士のことはわからないのでエリッツは手が出しにくい。
 蛇のように這いあがってきた男はまるで空気のにおいでも嗅ぐように鼻先を上に向け舌打ちをした。
「そこにいるのは何だ」
 妙に細長い指をベッドの下に向ける。
「『王の盾』または『王の火薬庫』と呼ばれた優秀な戦士の娘です。出直した方がいいですよ」
 その話は保護区で聞いたことがある。ルルクの父のフォルターという兵がアルサフィア王のそばに常に控えていたという。フォルターは敵の攻撃を術素を奪うことで無効化させ、またその奪った術素を自軍に供給するという一石二鳥の働きをしたとか。
 ルルクが術を無効化してくれているのなら――エリッツはそっと短剣の柄に手をそえた。
「出直す必要はない。ここで殺せばいいだけだろう。一回の襲撃で一人ずつ殺すのが流儀だ」
 謎の流儀をかかげつつ破壊された小窓から男が少しずつにじり寄ってくる。どうやらルルクのことを警戒しているようだ。エリッツは間合いをはかった。
 十分に引きつけてから跳ぶ。抜きざま切りつけたが、瞬間身を引かれる。浅くなったが狙いは外していない。どうやらあまり物理的な攻撃は得意ではないようだ。男が弾みで後退ったので、すぐに当身を食らわせて小窓があったところから突き落とす。これですぐさまルルクに攻撃を加えることはできない。
「まだだ!」
 シュクロが鋭く叫んだ。
 確かに油断していた。遠ざけたと思っていた男がなんと目の前に立っている。攻撃は確かに入ったはずなのにまるで無傷だ。どこから出したのか、獲物は抜き身のダガー、すぐさま身をひるがえして斬撃をよけた。速い。さきほどとは動きが違う。そして部屋がせますぎる。バランスを崩してベッドのふちで脇腹を打ちつけた。そのベッドの下に隠れているルルクとまた一瞬だけ目が合う。ルルクだけは守らなければ、ここで敵に術を使われてしまう。エリッツはルルクをかばうように体勢を低く保ったまま間合いをはかった。
「シュクロ、いつまで逃げ回るつもりですか。圧倒的に有利ですよ」
 シェイルの声はまだ穏やかだ。エリッツは短剣を握り直す。
「ちくしょう!」
 シュクロの声と同時に耳元で鋭く風を切る音が過ぎる。風式だ。エリッツは反射的にベッドとベッドの間に身をひそめた。術士の前に立つのは危ない。
 男はそれを器用によける。体が柔らかすぎて気持ち悪い。やはり蛇か何かみたいだ。
 それに気を取られている間にシュクロは男との間合いを詰め、上に小さな火球を放った。周りがぱっと明るくなる。目眩しだ。エリッツも一瞬目を閉じてしまう。一方シュクロはそのまま身を屈めて男の足元に風式を放った。このスピードはルルクが手助けしているのだろうか。それにしては慣れた様子である。
 シュクロの驚くほどの連続技にバランスを崩した男はまた小窓のあった場所から落ちていった。今度こそ落ちただろうと思った。確かに落ちてはいた。
「――ったく。忠告通り出直すか。今回は偵察だ。数に入れない」
「それもそうだな。次からまた一人ずつ殺していく」
 どれだけ頑丈なのか。怪我を負っているような声ではない。エリッツは思わず手元を見た。確かに手応えがあった。それに下に二人いるということは、エリッツの前に現れたのは同じような姿をしていたものの別人だったということか。何だかよくわからないが、全体的に気持ち悪い連中だ。
「あいつらマジでしつこいし、ヤベーんだ」
 シュクロが絶望的な声をあげた。
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