亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
216 / 236
第十一章 客来の予兆

第二百十五話 客来の予兆(12)

しおりを挟む
「まずですね。エチェットさんってどんな人なんですか?」
 つい、かねてより気になっていたことを真っ先に聞いてしまう。書類上とはいえシェイルの婚約者だ。実際どんな人なのか知っておきたい。
「それ、今の話に関係ある? 経緯が分かればいいんだろ?」
 当然シュクロは首をひねった。
「いいじゃないですか! 別に!」
 若干、今は関係ないかもしれないと思っていたのでつい声が大きくなってしまう。
「なんで怒るんだよ。――まあ、別に暇だからいいけど」
 頭をかきながら立ちあがる。
「どこへ行くんですか?」
「こんなとこで長話もなんだろ」
 案内役が心得たとばかりに前に立つ。そして子ヤギたちがいる庭園が見渡せる休憩所のようになっている場所に連れて行ってくれた。本当に案内もしているのだ。そこには屋外用のシンプルなテーブルセットがあり、ちょっとした憩いの場という雰囲気になっていた。今はちょうど人けが少なく話しやすそうである。
「そういやなんか、あんたに似てたわ」
 執務室にいたときと同様にだらしなく椅子にもたれて足を組むと、シュクロは唐突に口を開いた。
「え? 何がです?」
「エチェット・カウラニーだよ。ぼけーっとしてて、話ししてようが、メシ食ってようが、急に絵を描きはじめたりする」
「おれはそんなことしませんけど……」
「いや、なんか、ぼけーっとしてんだよ」
 そんなところを二度も言わなくていいのに。
「他にはどうですか? なんか、こう、男の人にもてそうだとか、そういう……」
 今度こそシュクロは隠しようもなく不審げな顔をする。
「それは……」
 何か言いかけたシュクロがエリッツの顔を見て口をつぐんだ。また何かが顔に出ていたらしい。
「確かに不思議な魅力のある人だったな。でもまぁ、無頓着というか、そういうのあんまり気にしてないというか。だから勘違いするヤツが出てきて面倒に巻き込まれたりするわけだ」
 これはもしかして、オズバルが心配していたようなことが実際に発生していたということではないだろうか。
「なんかもめてたんですか?」
「もめてたというか……」
 急に歯切れが悪くなる。
「身内の恥をさらすようでアレなんだがな」
 しばらく黙ってしたシュクロがだるそうに口を開いた。
「うちの腹違いの兄が彼女のことをかなり気に入ったみたいで……、それがつまりあんたたちが騒いでるローズガーデンに参列する予定のルグイラの使者カルロなんだが。使者っていうのはローズガーデンへの参加を国王から指示された臨時の役職名みたいなもんで、ルグイラの大臣の一人だ」
 しばし間をあけてから、エリッツは首をかしげ、さらに間をあけてから、「えっ」と、叫んだ。シュクロは「遅いな」とつぶやく。
「それでシュクロさん、そんなに偉そうなんですね」
 まだ頭の整理がつかないエリッツのつぶやきに、即座にシュクロは「そこかよ」と声をあげる。
「別にルグイラの大臣の弟が偉いみたいなことはないだろうが」
 そういえばエリッツも兄が軍部の偉い人だと騒がれたとき、それはちょっと違うなと思ったのだった。
「なるほど。大臣の秘書だから、偉そうなんですよね」
「いちいち嫌な言い方しやがって」
 シュクロはぶつぶつと愚痴を言っているが、偉そうで口が悪いのは間違っていない。
 何となくこれまでの情報からシュクロと噂の使者、そしてレジスに文書を送ってきたもう一人の人物が対立しているのだろうということは予想がついたが、そこへ妙な具合にエチェットがはさまっているらしいこともわかってきた。
「――それで、エチェットさんとは何があったんですか?」
「何ってことはないんだが……」
 話によると、ラグイラの街中を追われていたシュクロが、なんとエチェットに命を助けられたのだという。シュクロは術士の才もあり十分に強いのだが、多勢に無勢というやつで、その時はすっかり窮地に追い込まれていたらしい。万事休すというタイミングでエチェット・カウラニーが颯爽と加勢してくれたそうだ。
「待ってください。エチェットさんって、そんなに強いんですか?」
「俺も驚いた。ぼろぼろの身なりでぼけーっとしてるのに強い。父親が軍人だとかいってさ」
 エリッツは兄嫁のフィアーナを思い出した。どうやらある程度まで地位を得た軍人は娘の教育にも力を注ぐ傾向にあるらしい。
 しかしオズバルの場合はそれが裏目に出たともいえなくはないか。ある程度、腕に覚えがないと女性の一人旅はかなり過酷なものになる。エチェットが家を出たのはその辺りも要因のひとつになっているような気がした。
 とにかくそこでシュクロは礼も兼ねてエチェットを兄である使者の屋敷へと招待したらしい。
「その前にどうしてシュクロさんは追われてるんですか? どんなひどい悪事をはたらいたら、そんな目に遭うんですか?」
「お前、俺のことすごい嫌いだろ」
「……はい」
「素直すぎる」
 意外にもショックを受けたような顔をしている。自分が人に嫌われるようなことをしている自覚がないのか。
「兄のカルロと、もう一人いる大臣のセラフ、両方に追われていた」
「そのカルロさんというのは、先ほどから話題にあがっている使者の方ですよね」
 シュクロは不貞腐れたような顔で頷く。ちょっと混乱してきた。追われていたのに今は秘書をしているのか?
「俺は王族の血を引いてるんだ」
「へー」
 よくわからないままエリッツは適当に相槌を打った。それからしばらくして「えっ」と叫ぶ。シュクロはまた「遅いな」とつぶやいた。
「遠縁だよ。しかも俺の母方の血筋だ。だが、かねてより腹に一物あったカルロが、俺を利用してよからぬことをしてやろうとたくらんだわけだな」
 それではレジスが信じた使者の側が悪者ということだろうか。話の流れからそのカルロという人物は弟のシュクロの方を正当な王位継承権があると主張して自分が実権を握ろうとしたと考えられる。はたから聞くとめちゃくちゃなやり方だが、相当の地位がある人物がそれでいけると考えるということは、次期国王と目されている人物の方にも何か問題があるのかもしれない。構図的におそらくそちらはセラフという大臣と利害関係のある人物なのだろう。
「でも、でも、そのときはシュクロさん、お兄さんからも逃げていたわけですよね」
「そうだ。わけのわからないことに巻き込まれるのはごめんだからな。それにもちろん王族として育ったわけじゃない。変なもんに祭りあげられるなんて冗談じゃねえよ」
「何かシュクロさん、下品な感じですもんね」
「お前、本当に俺が嫌いだな」
「……はい」
「素直すぎるんだよ」
 とにかく状況はわかってきた。しかしなぜ兄から逃げていたシュクロがその秘書としてレジスに早すぎる来訪をとげたのか、まだ謎が残っている。
「カルロとセラフの両大臣から逃げるのには限界があった。俺も相当追い詰められてエチェットに助けられた時につい弱音を吐いちまった。そしたらあの人は、こう言ったんだ。『二人から逃げるより、一人から逃げる方が簡単』」
 シュクロはやれやれというように両手をあげた。
「冗談じゃないと思ったよ。どちらにつく気もないからな。俺は今まで通り自由でいたかっただけなんだ」
「でもシュクロさんはエチェットさんを連れてお兄さんの屋敷に出向いたんですよね」
「よくよく話を聞くとエチェットの提案は悪くないかもしれないと思えてきたんだ」
 エチェットは何も兄のカルロに完全に味方する必要はなく、むしろ利用してやればいいと言ったそうだ。シュクロはぼけーっとしていると言っていたが、なかなか強かな人ではないか。
「あの人、わりと有名な軍人の娘だった。カルロに話をしたらすぐに通じたよ。しかもエチェットのことをたいそう気に入って……そこからはもうとんとん拍子だ。セラフから身を守るために何かとこじつけて俺を早々にレジスに送りこめばいいという話になった。だが、そんなに簡単じゃなかった。俺の護衛についていたカルロの部下たちは全員セラフ放った追手に殺されているからな。だから俺はここに来たとき一人だったし、それを向こう側も知っている。これであいつらがあきらめるとは思えない。ものすごい執念深さだぜ」
 最後はうんざりしたようにうなだれる。だいたいの事情は分かった。
「エチェットさんからシェイルのことをなんて聞いたんですか?」
「ん? あ、いや。名前までは知らなかったが、カウラニー家に異国人がいる話は聞いてたかな。そういや、なんでなんだよ」
「どういう言い方でした?」
「俺の質問を無視するなって」
「ちょっと先に教えてくださいよ。エチェットさん、シェイルのこと何て言ったんですか?」
 その時、すっとテーブルに影が差した。
「おい、クソガキ、こんなところで何をさぼっている」
 ラヴォート殿下の声だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

転生令嬢の幸福論

はなッぱち
ファンタジー
冒険者から英雄へ出世した婚約者に婚約破棄された商家の令嬢アリシアは、一途な想いを胸に人知の及ばぬ力を使い、自身を婚約破棄に追い込んだ女に転生を果たす。 復讐と執念が世界を救うかもしれない物語。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

Crystal of Latir

ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ 人々は混迷に覆われてしまう。 夜間の内に23区周辺は封鎖。 都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前 3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶 アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。 街を解放するために協力を頼まれた。 だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。 人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、 呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。 太陽と月の交わりが訪れる暦までに。 今作品は2019年9月より執筆開始したものです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

The RUNE of BELLBREST

カミロワキ
ファンタジー
落ちこぼれ魔術師のユウハは生活費すらろくに得られない苦しい日々にうんざりしていた。ある日ついに現状に耐えられなくなったユウハがかつての恩人であり親しき友でもある天才魔術師のマレギールに助けてもらおうと彼を訪ねたことで、物語は始まった。  向かった先では国王の命令によって魔術師を排除する運動が広まっており、王政と魔術師が対立していた。争いの鍵を握るのは大魔術師マレギールが持つ特別な「魔術紋」、しかし彼は姿を消した。皆が彼を探す中、偶然にもマレギールと出会っていたユウハは手掛かりとして争いの渦へ巻き込まれてゆくのだった。

処理中です...