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第九章 復讐の舞台から
第二百話 復讐の舞台から(14)
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灯がともった瞬間を見たがやはり理屈はわからなかった。ランプの中にひとりでに火がわいたとしか表現できない。遠く観客の拍手が聞こえて、演劇は何事もなく続いているようだ。
「足元が見えず落ちたんでしょうね」
「幸い、お嬢さんは気を失っているだけだ」
二人のシャツ姿の男性が階段の辺りで話をしていた。一人はなんとサティエルである。あの短時間で着替えたのか。声をひそめながらも妙な緊迫感が伝わってくる。
「何があったの?」
「階段から人が落ちて死んでるみたい」
他人事のように言ったのはジルの腕をつかんだままのクトである。やはりきちんと目の焦点があっており、口調もしっかりしていた。別人のようだ。
「ルーサス!」
あわてて駆けだそうとしたジルの腕をクトはぐっとひっぱる。
「違う。静かに。国王陛下も観劇しているから」
「え?!」
「静かに」
ということはジルは国王陛下の前で演じたということなのか。いまさらながら、肌が泡立ってくる。
サティエルが無言でこちらに手招きをしていた。クトは黙ってサティエルのもとへと歩き出す。ジルも続こうとしたが、振り返ったクトに「見ない方がいい」と言われた。いったい何があるというのか。余計に気になってしまうではないか。ジルはクトのいうことを無視してサティテルたちの横に並んで階段下を見た。
踊り場に恰幅のよい男性が倒れている。幸い顔は床に突っ伏しているので見えない。本当に死んでいるんだろうか。
「特別公演を中断することはできない。他の客に気づかれないように裏へ運ぶ。事故の報告をするから役人を呼んでくれないか」
サティエルがいうと、もう一人のシャツ姿の男性が「はい」と、固い声でこたえた。男性の姿が見えなくなるとサティエルは踊り場へ降り「楽屋へ運ぶよ」と、なんの躊躇もなく倒れている男を仰向けにして両脇から腕を差し入れる。クトは無言で男性の足を持った。
ジルは動くことができない。本当に死んでいる。クトは平気なんだろうか。
役人の調べは驚くほど簡素だった。
灯りが落ちた後、どうやら席を立ち階段から足を踏み外したようだ。そう言ったサティエルの言葉に疑問を投げかけたり、否定的な見解を示すことなく「そうですか」とばかりにうなずいて、形ばかり何かを帳面に書き込むと、適当に死体をあらため、早々に帰り支度を始める。
死体はジルが思っていた通り、シェルマン・ミリルディアその人だった。娘のマディーと観劇中の事故だった――という結論に落ち着いた。マディーお嬢様は観覧席で気を失っていたところを劇場内の休憩所に保護されていると聞いたが……何もかもが不自然極まりない。
役人が雑な仕事を終えて帰ってしまうと、楽屋はシェルマンの遺体とサティエル、クト、ジルだけになった。
「大変な事故だったね」
サティエルが口を開く。
白々しい。
ジルが黙っていると、楽屋はしんと静まり返る。クトもしゃべる気配はない。しゃべれるようになったのか、あえてしゃべれないふりをしていたのかわからないが、なんだか裏切られたような気分である。
そんな気まずい空気の中、大きな音を立てて扉が開く。
「おい。お前らは無傷かよ」
ゲラルドだ。どういうわけか傷だらけだ。わりと洒落にならない量の血が出ているが、本人はさほど深刻そうではない。
「あのガキ、ぶっ殺してもいいか? なんだって俺が……」
「あの坊やにやられたのか。お前、ちょっと気を抜きすぎじゃないのか」
サティエルが大真面目な顔をして言うと、ゲラルドは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「あの野犬みたいなガキを怪我をさせずに生け取りにしろというから手こずったんだ。いっそ殺せと指示されたらこんなことになるもんか」
ゲラルドはつまらなそうに吐き捨てると、その辺にあった布で雑に血を拭う。
「それってルーサスのこと? どこにいるの? 無事なの?」
ジルが勢いこんでたずねると、サティエルがなんとなく気まずそうに頭をかいた。
「無事だよ。彼は保護すべき対象だからね。きみもそうだ。かなり深く巻き込んでしまったけど」
「わざと巻き込んだんだろうが」
サティエルが何かをいうとすかさずゲラルドが文句をつける。仲がよさそうだが、そもそもどういう関係なのだろうか。
「そうだね。グレイル博士の娘さんだから――遅かれ早かれこちらに巻き込まざるを得なかった」
「父を知っているの?」
「よく知ってる。込み入った話になるからまた後でゆっくり説明するよ。それから……マリル、ちょっとこっちへおいで」
サティエルはクトをシェルマンの遺体の方へと手招きした。クトは一瞬嫌そうな顔をしたが、素直に従う。クトの本当の名前はマリルというのか。クトの方が似合っている。
サティエルはなんらためらうことなく、遺体にかけられている布を剥ぎとった。
「四十点だ。役人は見て見ぬふりをしてくれたが、これじゃ明らかに他殺。何を使った?」
ジルは遺体を視界に入れないように思い切り顔をそらした。この人たちは一体なんなのだろう。ルーサスがいうように軍人なのだろうか。役人の仕事ぶりを見るに国が関わっていることは確からしい。明らかに何らかの事実をもみ消している。
「だって……首が太すぎる」
クトは小さな手のひらを握ったり開いたりした。考えたくないが、どうやらシェルマン・ミリルディアを手にかけたのはクトのようだ。
「まぁ、いいよ。体調も治ってきたみたいだし、また明日からゲラルドにみっちりしごいてもらう」
クトは少し悔しそうな顔をすると、ぷいと横を向いてしまう。口がきけなかったのは、体調が悪かったからだろうか。それに本当に殺し屋の弟子だったとは。ルーサスを利用してやろうとして適当に言った嘘があながち間違いではなかったことに、ジルは驚くやらあきれるやらでため息が出た。そのため息を聞きとがめるようにサティエルがぱっとジルを見る。嫌な予感がする。
「ジル。きみはジルと名乗っているみたいだから、それを尊重するよ。きみもせいぜい六十点といったところだ。途中まではすごくよかったのに。最後、何を動揺していたんだ。終わるまで気を抜くなと何度も教えたはずだ。あれですべてが台無しになった」
ジルまで説教されるのか。
「だって、サティエルのセリフが……」
ものすごく遅かったじゃないか。なんの説明もなく舞台に押し出されて、あれだけできれば十分だと思う。しかも国王陛下がいらっしゃったとは。知らなくて本当によかった。
「いいわけは結構だ。明日から別の演目で稽古する」
なんなんだこれは。まるでお父さんではないか。サティエルが何者なのかよくわからないが、いまだにジルをつかってお金儲けをするつもりなのだろうか。ジルはふと考えてみる。以前より嫌な感じはない。むしろサティエルが教えてくれるなら、そしてジルが役者としてお金を稼げるほどの存在になれるのなら、悪い話ではないような気がしてきた。問題は何者なのかよくわからないことなのだが。
「もう一人、叱っておかないといけない子がいたな」
「サティ、あれは殺した方がいい。狂犬だ、狂犬」
「殺すわけにはいかないだろう。あの子がミリルディア家の当主だ。死んだふりをして街にひそみ復讐を遂げようとするとは、子供だと思ってちょっと甘くみていたな」
そうだ。ミリルディア家で一体何があったのだろう。ジルが疑問を投げかけると、意外にもサティエルは丁寧に教えてくれた。
ルーサスがミリルディア家の人間であることは確からしい。むしろシェルマンが外部からきた異分子だった。もとは由緒ある旧家だったミリルディア家は落ちぶれて、要するに家名は立派だがそれを維持するための借財でどうにも立ち行かない状況になっていたようだ。それで当時の当主であったルーサスの父がつてで商才のある人間、シェルマンを紹介してもらい、家計の立て直しをはかった。シェルマンの能力は確かで、どうにもならなかったミリルディア家は何とか持ち直すどころか、どんどん裕福になっていた。ルーサスの父と母はシェルマンに全福の信頼を寄せるようになったのだが、想定外だったのはシェルマンがとんでもない野心家で、目的のためには手段を選ばない人物だったことだった。ミリルディア家の復興を成し遂げた際も裏では様々な汚い手をつかっていたという。善良で人を疑うことを知らないルーサスの父母はまんまと騙されてしまい、家を乗っ取られてしまうことになる。ルーサスの父は殺され、それに気づかない母はシェルマンと再婚をはたした。そういった経緯をすべて見ていたルーサルはあのように性格がゆがみ、どうしようもない嘘つきになってしまったというわけだ。
ジルはふとポケットに手を入れて例の飾りボタンを出して見た。あの老夫婦がこのボタンはミリルディア家の後継ぎが持つものだと言っていた。もともとルーサスの父が亡くなる際にすべてに気づいてルーサスに託したのだろう。だとすればあながちすべてが嘘だったというわけでもないのかもしれない。
「おい、あんた、いいもの持ってるじゃねえか。それ、どうしたんだ」
ジルと同じくルーサスの被害者であるゲラルドが驚いた表情でボタンを指差す。
「適当なことを言ったら、ルーサスに情報のお礼だといってもらったの」
「もらったのか?」
サティエルが怪訝な表情でジルを見た。
「もしかして偽物?」
ジルは二人の反応に自信がなくなり、ボタンをサティエルに見せた。
「いや、偽物じゃない――と、思うが」
サティエルはボタンを何度もじっくりと見た後で、困惑したようにゲラルドの方を見る。
「やっぱり、子供は子供だな」
ゲラルドが小馬鹿にしたように笑う。
「ジル、それ絶対にあいつに返すなよ。そういったものを女に預けるというのは求婚を意味する。幸か不幸か今やミリルディア家は相当な資産家だ。骨の髄までしゃぶり尽くしてやれ」
それはつまり――とうとうあいつを利用できるということ?
ゲラルドが大声で笑うのを聞き、ジルも笑いがとまらなくなった。隣ではあきれきったようにサティエルがため息をつき、クトはいつの間にか横になって眠っていた。
「足元が見えず落ちたんでしょうね」
「幸い、お嬢さんは気を失っているだけだ」
二人のシャツ姿の男性が階段の辺りで話をしていた。一人はなんとサティエルである。あの短時間で着替えたのか。声をひそめながらも妙な緊迫感が伝わってくる。
「何があったの?」
「階段から人が落ちて死んでるみたい」
他人事のように言ったのはジルの腕をつかんだままのクトである。やはりきちんと目の焦点があっており、口調もしっかりしていた。別人のようだ。
「ルーサス!」
あわてて駆けだそうとしたジルの腕をクトはぐっとひっぱる。
「違う。静かに。国王陛下も観劇しているから」
「え?!」
「静かに」
ということはジルは国王陛下の前で演じたということなのか。いまさらながら、肌が泡立ってくる。
サティエルが無言でこちらに手招きをしていた。クトは黙ってサティエルのもとへと歩き出す。ジルも続こうとしたが、振り返ったクトに「見ない方がいい」と言われた。いったい何があるというのか。余計に気になってしまうではないか。ジルはクトのいうことを無視してサティテルたちの横に並んで階段下を見た。
踊り場に恰幅のよい男性が倒れている。幸い顔は床に突っ伏しているので見えない。本当に死んでいるんだろうか。
「特別公演を中断することはできない。他の客に気づかれないように裏へ運ぶ。事故の報告をするから役人を呼んでくれないか」
サティエルがいうと、もう一人のシャツ姿の男性が「はい」と、固い声でこたえた。男性の姿が見えなくなるとサティエルは踊り場へ降り「楽屋へ運ぶよ」と、なんの躊躇もなく倒れている男を仰向けにして両脇から腕を差し入れる。クトは無言で男性の足を持った。
ジルは動くことができない。本当に死んでいる。クトは平気なんだろうか。
役人の調べは驚くほど簡素だった。
灯りが落ちた後、どうやら席を立ち階段から足を踏み外したようだ。そう言ったサティエルの言葉に疑問を投げかけたり、否定的な見解を示すことなく「そうですか」とばかりにうなずいて、形ばかり何かを帳面に書き込むと、適当に死体をあらため、早々に帰り支度を始める。
死体はジルが思っていた通り、シェルマン・ミリルディアその人だった。娘のマディーと観劇中の事故だった――という結論に落ち着いた。マディーお嬢様は観覧席で気を失っていたところを劇場内の休憩所に保護されていると聞いたが……何もかもが不自然極まりない。
役人が雑な仕事を終えて帰ってしまうと、楽屋はシェルマンの遺体とサティエル、クト、ジルだけになった。
「大変な事故だったね」
サティエルが口を開く。
白々しい。
ジルが黙っていると、楽屋はしんと静まり返る。クトもしゃべる気配はない。しゃべれるようになったのか、あえてしゃべれないふりをしていたのかわからないが、なんだか裏切られたような気分である。
そんな気まずい空気の中、大きな音を立てて扉が開く。
「おい。お前らは無傷かよ」
ゲラルドだ。どういうわけか傷だらけだ。わりと洒落にならない量の血が出ているが、本人はさほど深刻そうではない。
「あのガキ、ぶっ殺してもいいか? なんだって俺が……」
「あの坊やにやられたのか。お前、ちょっと気を抜きすぎじゃないのか」
サティエルが大真面目な顔をして言うと、ゲラルドは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「あの野犬みたいなガキを怪我をさせずに生け取りにしろというから手こずったんだ。いっそ殺せと指示されたらこんなことになるもんか」
ゲラルドはつまらなそうに吐き捨てると、その辺にあった布で雑に血を拭う。
「それってルーサスのこと? どこにいるの? 無事なの?」
ジルが勢いこんでたずねると、サティエルがなんとなく気まずそうに頭をかいた。
「無事だよ。彼は保護すべき対象だからね。きみもそうだ。かなり深く巻き込んでしまったけど」
「わざと巻き込んだんだろうが」
サティエルが何かをいうとすかさずゲラルドが文句をつける。仲がよさそうだが、そもそもどういう関係なのだろうか。
「そうだね。グレイル博士の娘さんだから――遅かれ早かれこちらに巻き込まざるを得なかった」
「父を知っているの?」
「よく知ってる。込み入った話になるからまた後でゆっくり説明するよ。それから……マリル、ちょっとこっちへおいで」
サティエルはクトをシェルマンの遺体の方へと手招きした。クトは一瞬嫌そうな顔をしたが、素直に従う。クトの本当の名前はマリルというのか。クトの方が似合っている。
サティエルはなんらためらうことなく、遺体にかけられている布を剥ぎとった。
「四十点だ。役人は見て見ぬふりをしてくれたが、これじゃ明らかに他殺。何を使った?」
ジルは遺体を視界に入れないように思い切り顔をそらした。この人たちは一体なんなのだろう。ルーサスがいうように軍人なのだろうか。役人の仕事ぶりを見るに国が関わっていることは確からしい。明らかに何らかの事実をもみ消している。
「だって……首が太すぎる」
クトは小さな手のひらを握ったり開いたりした。考えたくないが、どうやらシェルマン・ミリルディアを手にかけたのはクトのようだ。
「まぁ、いいよ。体調も治ってきたみたいだし、また明日からゲラルドにみっちりしごいてもらう」
クトは少し悔しそうな顔をすると、ぷいと横を向いてしまう。口がきけなかったのは、体調が悪かったからだろうか。それに本当に殺し屋の弟子だったとは。ルーサスを利用してやろうとして適当に言った嘘があながち間違いではなかったことに、ジルは驚くやらあきれるやらでため息が出た。そのため息を聞きとがめるようにサティエルがぱっとジルを見る。嫌な予感がする。
「ジル。きみはジルと名乗っているみたいだから、それを尊重するよ。きみもせいぜい六十点といったところだ。途中まではすごくよかったのに。最後、何を動揺していたんだ。終わるまで気を抜くなと何度も教えたはずだ。あれですべてが台無しになった」
ジルまで説教されるのか。
「だって、サティエルのセリフが……」
ものすごく遅かったじゃないか。なんの説明もなく舞台に押し出されて、あれだけできれば十分だと思う。しかも国王陛下がいらっしゃったとは。知らなくて本当によかった。
「いいわけは結構だ。明日から別の演目で稽古する」
なんなんだこれは。まるでお父さんではないか。サティエルが何者なのかよくわからないが、いまだにジルをつかってお金儲けをするつもりなのだろうか。ジルはふと考えてみる。以前より嫌な感じはない。むしろサティエルが教えてくれるなら、そしてジルが役者としてお金を稼げるほどの存在になれるのなら、悪い話ではないような気がしてきた。問題は何者なのかよくわからないことなのだが。
「もう一人、叱っておかないといけない子がいたな」
「サティ、あれは殺した方がいい。狂犬だ、狂犬」
「殺すわけにはいかないだろう。あの子がミリルディア家の当主だ。死んだふりをして街にひそみ復讐を遂げようとするとは、子供だと思ってちょっと甘くみていたな」
そうだ。ミリルディア家で一体何があったのだろう。ジルが疑問を投げかけると、意外にもサティエルは丁寧に教えてくれた。
ルーサスがミリルディア家の人間であることは確からしい。むしろシェルマンが外部からきた異分子だった。もとは由緒ある旧家だったミリルディア家は落ちぶれて、要するに家名は立派だがそれを維持するための借財でどうにも立ち行かない状況になっていたようだ。それで当時の当主であったルーサスの父がつてで商才のある人間、シェルマンを紹介してもらい、家計の立て直しをはかった。シェルマンの能力は確かで、どうにもならなかったミリルディア家は何とか持ち直すどころか、どんどん裕福になっていた。ルーサスの父と母はシェルマンに全福の信頼を寄せるようになったのだが、想定外だったのはシェルマンがとんでもない野心家で、目的のためには手段を選ばない人物だったことだった。ミリルディア家の復興を成し遂げた際も裏では様々な汚い手をつかっていたという。善良で人を疑うことを知らないルーサスの父母はまんまと騙されてしまい、家を乗っ取られてしまうことになる。ルーサスの父は殺され、それに気づかない母はシェルマンと再婚をはたした。そういった経緯をすべて見ていたルーサルはあのように性格がゆがみ、どうしようもない嘘つきになってしまったというわけだ。
ジルはふとポケットに手を入れて例の飾りボタンを出して見た。あの老夫婦がこのボタンはミリルディア家の後継ぎが持つものだと言っていた。もともとルーサスの父が亡くなる際にすべてに気づいてルーサスに託したのだろう。だとすればあながちすべてが嘘だったというわけでもないのかもしれない。
「おい、あんた、いいもの持ってるじゃねえか。それ、どうしたんだ」
ジルと同じくルーサスの被害者であるゲラルドが驚いた表情でボタンを指差す。
「適当なことを言ったら、ルーサスに情報のお礼だといってもらったの」
「もらったのか?」
サティエルが怪訝な表情でジルを見た。
「もしかして偽物?」
ジルは二人の反応に自信がなくなり、ボタンをサティエルに見せた。
「いや、偽物じゃない――と、思うが」
サティエルはボタンを何度もじっくりと見た後で、困惑したようにゲラルドの方を見る。
「やっぱり、子供は子供だな」
ゲラルドが小馬鹿にしたように笑う。
「ジル、それ絶対にあいつに返すなよ。そういったものを女に預けるというのは求婚を意味する。幸か不幸か今やミリルディア家は相当な資産家だ。骨の髄までしゃぶり尽くしてやれ」
それはつまり――とうとうあいつを利用できるということ?
ゲラルドが大声で笑うのを聞き、ジルも笑いがとまらなくなった。隣ではあきれきったようにサティエルがため息をつき、クトはいつの間にか横になって眠っていた。
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