亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
162 / 236
第七章 盛夏の逃げ水

第百六十二話 盛夏の逃げ水(27)

しおりを挟む
 何が起こっているのかとエリッツは首を伸ばしたが渓谷の一団が長く進軍している中で後方からはよくわからない。怪我の具合は昨日の今日で変化はないが、かろうじて馬には乗れるので指示通り後方についた。しかし進軍後すぐに一団は立ち止まる。エリッツは状況が気になって、叱られる覚悟ですぐに前方に向かってしまった。
 早朝から装備を整えた渓谷の一団は、また小さな小競り合いを何度も経て、とりあえずアルメシエ城の方へと進軍したわけだが、すでに旧アルメシエ軍とグリディラン側の軍が戦っているのは遠眼鏡で確認されていたため、少し距離をとった場所にとどまり様子を見ている。もちろん両軍が衝突したという知らせはその瞬間に入ってはいたものの、昨夜ようやく話し合いを終えた一団は、朝早くから動くだけでも大忙しだ。これ以上早くはできなかったのでこれは仕方がない。
 こうなってみてから思い返せば総長の判断は的確だったといえよう。エリッツ自身も他の団体の頭たち同様「急だな」とは思ったが、さらにそこから渓谷の一団が相談に相談を重ねていたら出遅れのレベルの話ではなくなる。
「どうもこれは王子様の指揮じゃなさそうだ」
 馬上から遠眼鏡で城の辺りを眺めていた総長がそうこぼした。
 昨夜は半裸だった総長だが今はきちんと武装している。赤みがかった渋い褐色の甲冑で、軽そうな皮でできている。何かはわからないが獣の毛皮のようなもので装飾されており、とりあえず一団の将であるとわかる。武器は利便性の方を重視しているのかシンプルな長剣だ。華やかというよりは野性的な感じである。野盗の頭だといわれた方が納得するが、身なりがぼろぼろのエリッツ自身も含め、この一団は最初から野盗のような雰囲気なのであまり違和感はない。
 違和感どころかむしろ――好みだ。
 顔が好みだと思ってはいたが、きちんと武装するとなおのこといい感じである。野性味の中にも不思議な気品がただよっていた。
「てっきり籠城するものかと――」
 ライラも首をかしげている。エリッツが後方から駆け寄ってきたのにはもちろんすぐに気づいたようだが、少し顔をしかめただけで叱られはしなかった。
 他の頭や隊長たちも集まっていて、どうやら状況を確認しながら今後の動きの相談をしているようだ。
「できる参謀がついていたんだろうか。だがその意見に従うような器の王子じゃなかったはず」
 例の「秘め事」の頭だ。名をリューダというらしい。
「どっちでもいい。さっさとまとめて片付けようぜ」
 砂炎団の団長は鼻息荒くまくしたてる。ちなみに名はザディスだという。
「いや、どうもあやしいな」
 総長はまた遠眼鏡をのぞきこんでいぶかしげにしている。案外と指もきれいだ。野性的な見ためからごつごつとした指を想像しがちだが、まっすぐでシェイルと同じく剣によるたこがあるくらいで意外にもすべらかである。
「びびってんじゃねぇよ」
 これはもちろん獅子である。これを皮切りにまた他の頭も巻き込みまたもめはじめたようだが、エリッツはぼんやりと総長を見ていた。
「エリッツ、どう思う?」
 ライラの声だ。
「え?」
 アルヴィンが隣で大きなため息をつく。
「え?」
「きみね、こんなときに……」
 おそらくアルヴィンにはいろいろと気づかれている。顔に思っていることが全部出てしまうのは毎度のことなので仕方ない。さすがに恥ずかしくなってうつむいた。総長にみとれている場合ではない。
「旧アルメシエ軍が押されてるんだ。はじめは優勢だったのに」
 アルヴィンが仕方ないとでもいうように解説してくれる。
「そもそもあの頭の固いアッシュグレン王子が定石である籠城戦以外を選択してくることが妙だ。何か裏がある」
 砂炎団のザディスが割って入るように口を出す。さっきはまとめて片付けようと息巻いていたが、エリッツの知らぬ間に総長側にまわったらしい。
「妙だか何だか細かけぇことはどうでもいいからさっさとやっちまおうぜ」
 相変わらずかたくなに総長とは逆側にとどまる獅子である。そんな獅子を無視して総長は「おお」と控えめに歓声をあげた。
「おいおい、すごいよ。間違いなく指揮はアッシュグレン王子ではないな。もしかして噂のお姫様の仕業かな」
 総長は遠眼鏡をのぞきこんでにやにやしている。そんな総長からライラが遠眼鏡をうばいとる。
「何がすごいんです? 旧アルメシエ軍はやっぱり押されてますよ」
 ライラはなぜか怒っているような口調だ。
「あれは誘ってるんだよ」
 総長はまるでボードゲームでも観戦しているかのような様子である。今度は秘め事のリューダが「貸して」とライラから遠眼鏡を取りあげた。
「このまま見守るのもおもしろいし、逆に一緒に誘われてやるのも乙だ。さてどっちがいいかな」
 総長は何だか楽しそうだ。
「わからないんだけど。これは罠なの?」
 リューダも首をかしげて総長を見る。
 総長は前線となっている場所から離れた城側を指さした。
「市街の前の門に旧アルメシエ軍が広く展開しているのが見えるだろう。そこに誘いこんでいるんだ。投網のように囲いこまれるぞ。それだけじゃない」
 総長はリューダから遠眼鏡を取ると、城の後ろの方に向けた。
「背後から術士の一団をぶつけてはさみ討ちに……」
 総長はそこで言葉を失ったように黙った。先ほどまでの楽しそうな口調がぴたりと変わる。
「――ロイだ」
 ロイなどめずらしくないと言ったのは総長である。その総長がロイだと口にしたまま黙りこくっている。
「なんだ。何かあんのか」
 獅子はこんなところでも総長の鼻を明かそうとでもするかのように詰め寄った。それでも総長は黙っている。
「総長、どうしたんです?」
 ライラが問いかけると、総長はハッと顔をあげ「見間違いか」と、また遠眼鏡をのぞきこみ、そしてまた黙った。黙ったかと思ったらまた「他人の空似というやつか」と遠眼鏡をのぞきこむ。
「あ、岩陰に入った。見えない」
 どうやら見知った人物が見えたらしいが、それほど動揺する人物だったのだろうか。
「おい、なんなんだよ」
 無視され続けた獅子はもはや気味悪そうに総長を見ている。
「気のせいかもしれない。まぁ、気のせいだろう」
 総長は気を取り直したように顔をあげた。
「懸念要素があるなら話してもらいたいな」
 リューダが少し不機嫌そうに言うが「いや、非常に個人的なことで、この作戦にはまったく関係がないことだ」と、総長はまじめな顔で弁解した。
「背後から旧アルメシエ軍の術士がグリディランの軍をはさみ討ちにするなら俺たちが下手に入りこむと巻き添えを食うんじゃねぇか」
 砂炎団のザディスがもっともなことを言う。旧アルメシエ軍は反政府を掲げる渓谷の一団を味方だとは思わないだろう。もちろんこちらとしても旧アルメシエ軍に全面的に味方をするというわけではない。現段階では飽くまでもアシュレイアというお姫様を殺されないようにしたいだけだ。
「そうだな。目的をはっきりさせよう」
 そういいながらまた遠眼鏡を前線にむける。
「噂のお姫様は前線にいるのか? ――いや、さすがに見えないな」
 前線は荒れ地特有の砂ぼこりでほとんど見えない。遠眼鏡でも指揮している人物がはっきりわかるとは思えなかった。
「じゃ、これからどーすんだよ」
 獅子は不貞腐れたように吐き捨てるが、すでに総長の指示を待つような具合になっていることに本人は気づいているのだろうか。
「我々は例のお姫様とやらを殺されたくない。ここで一致している。だが肝心のお姫様の居場所がよくわからない。その場合、今何をすべきか」
 総長は興味深そうにその場の面々を見渡した。
「危険だが、とりあえずグリディラン軍の方を叩くしかないか」
 砂炎団のザディスが変な表情をしながらも発言する。急に今後の動向について振られても困惑する。
 エリッツもここで様子を見るか、ザディスの言うようにグリディラン軍を攻めるかの二択しかないと思った。ここで様子を見ていた場合、もしアシュレイアというお姫様が前線で戦っていれば、討たれる可能性もゼロではない。――となれば、もう背後を固めながら行くしかないだろう。
「よし。じゃあ、そうしよう」
 総長はあっさりそれに同調した。やっぱりなんか変な人である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...