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第一章 (仮)
第八十話 尋問
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「やはりお疑いですね」
シェイルは憮然と深いため息をつく。
「疑ってなどいない。お前の証言は全部裏が取れているし、体も隅々まで調べさせてもらっている。だからここにいるんだろう。ただ面白そうだから聞くだけだ。ずいぶんと恨みをかっているようじゃないか」
体を隅々まで――。
さらりとすごいことを言っている。その場の全員が聞き流しているようだが、聞き流せない。エリッツも調べたい。いや、どちらかというと調べられたい。隅々まで。
また会話に気を取られている間にアルヴィンが茶器をテーブルに並べている。しまったと思ったものの、自分がやってもテーブルにお茶をこぼしてラヴォート殿下の不興をかうのが目に見えている。
「私は恨んでなどいませんよ」
フィクタールは殿下よりも先に出されたお茶に手をつける。これくらい度胸があれば何があっても動揺せずにすみそうでうらやましい。
「気の毒だったのはグランディアス様ですね。一介の奴隷に翻弄されて十年は出世が遅れてるんじゃないでしょうか」
「そうなんですか」
シェイルは他人事のようにそういうと、茶器を手にとった。湯をかけただけだが、口に合うだろうかと一瞬緊張する。
「虫、入れましたよね」
フィクタールは突然ぽつりとこぼす。シェイルの動きがぴたりと止まったように見えた。
「グランディアス様の食事に、虫入れましたよね。親指大の伸縮するタイプの太いやつを」
「興味深い話だな。お前、雇い主にそんなことをしたのか」
ラヴォート殿下は頬杖をついてシェイルの方に身をのりだす。そんな仕草すら妙に優雅だ。
「子供のやることじゃないですか。子供は虫が好きでしょう」
シェイルはやはり憮然としたままだ。子供のころの話を蒸し返されるのはエリッツも好きじゃない。
「虫だけじゃなく、たびたび瀉下薬も入れましたね」
フィクタールの言葉にシェイルはもはや開き直ったような表情で息をはく。
「グランディアス様は食い意地が張っているわりに食事に対する感謝が足らないからです。説明してもご理解いただけないようだったので、口に入れるものがいかに重要か身をもって感じていただこうとしたんです。わたしも子供だったんですよ。子供はやるでしょう、そういう直情的なことを」
フィクタールはあきれたように小さくため息をつくとシェイルに向きなおる。
「いや普通、奴隷の子供はそんな大それたことはしませんよ。折檻されますからね。そもそも奴隷の子供ごときが師団トップのグランディアス様へ直訴すること自体があり得ないことです。そういえばそうとう殴られてましたけど、ちっともこたえた様子がなかったですね」
フィクタールは化け物でも見るような目をして大袈裟に身を引いた。
「こいつは折檻くらいでいいなりにはならんぞ」
なぜかラヴォート殿下は胸をはって得意げに言う。シェイルへの折檻には持論がありそうだ。
「承知しています。会話したことはなかったですが当時私は新人兵で似たような雑用をやっていましたから。虫はともかくとして子供のいたずらのレベルじゃなかったですよ。上の言うことを聞きやしないんです。下働きは大人から子供まで多くいましたけど群を抜いて目立っていたので忘れられません。最終的には第四師団はほぼ壊滅しましたからね。グランディアス様はとんだ疫病神を拾ったものです」
子供のいたずらから一個師団壊滅という大事までの差が大きすぎてよくわからない。何が起こればそうなるのだろう。
コトンと音がして、見るとラヴォート殿下が手にしていた騎馬の駒をテーブルに置いた。
「今、『拾った』と言ったな。この疫病神をどこで拾った?」
ラヴォート殿下は先ほどまでの余裕の笑みを消し、真顔でフィクタールを見る。対してフィクタールは一瞬だけその顔に動揺の色を浮かべたが、すぐに何ごともなかったかのように茶器を口につけた。
「殿下、その話はもう――」
シェイルがやや倦んだように口をはさむ。
「お前は黙っていろ。レジスの名誉にかかわる問題だ」
ラヴォート殿下は居丈高に言い放つとフィクタールの返答を待つように腕を組む。
「私は詳しく知りませんけど、よくあることじゃないんですか。通りすがりの町や村で労働力として口減らしの子供を雇い入れるようなことは」
ラヴォート殿下は手のひらでフィクタールの発言を遮るような仕草をする。
「悪いがこちらはある程度調べがついている」
フィクタールがちらりとシェイルを見るがシェイルは小さく首をふる。
「何をしでかしたか知らないがこいつは元の雇い主に殴られて気絶しているところを泥の中に埋められていたらしくて何も知らない。したがってこの件に関しては何一つ証言していない」
殴られて埋められるって、本当に何をしたらそこまでの仕打ちを受けるのだろう。
ラヴォート殿下はさらにたたみかけるような口調でフィクタールにつめ寄る。
「本来であれば生け捕る予定だったこの疫病神の元の雇い主、つまりロイの王弟を殺したのはグランディアスというやつか、それともお前か」
フィクタールは探るような視線をラヴォート殿下に向ける。
エリッツは一瞬その情報が解釈できず固まった。殿下のいう通りならシェイルはもともとロイの王弟の使用人だったということになる。そうなるとみんなが噂するような帝国の人間ではなかったということか。
「なぜ二択なんです。当時新兵だった私というのはありえないでしょう。しかしグランディアス様でもないと思いますよ。トップは指示を出すのが仕事です。誰がやったかなんて下っ端の私にはわかりません」
ここでようやくラヴォート殿下は不敵な笑みを浮かべた。
「ロイ王弟の殺害はラインデル第四師団の仕業だな」
フィクタールは目を細めてラヴォート殿下をじっと見つめる。焦れるような長い沈黙が流れた。
「なるほど。うちの王子様とはえらい違いです。噂にたがわぬ切れ者ですね。確かに上からは生き残っているフィル・ロイットの情報を得るために生け捕りにしろという指示があったようです。それにも関わらず激しい抵抗を受け失敗に終わったため、レジスに逃れたと嘘の報告をしていたと聞きましたが、今さらそんなことを明らかにしてどうなりますか」
ラヴォート殿下は一度深くうなずくと、ゆっくりと間をとって茶器に口をつける。
「我が国に多くのロイの難民が暮らしているのは知っているかと思うが、ロイの王弟がレジスまで逃れたものの、厄介払いのためにレジス軍に殺されたという噂を信じている者がいる。お前たちの責任逃れのために我が国が汚名を着せられるいわれはない。ロイの王弟を殺したのはラインデル第四師団だな。はっきりと言え」
フィクタールはしばらく何かを考えるように視線をそらして黙っていたが、やがてふつふつと不気味に笑い始める。
「参りましたね。おっしゃる通りです。ロイの王弟のガルフィリオ殿を始末したのはラインデル第四師団ですよ」
ラヴォート殿下は視線をテントの入り口に向ける。
「聞いたな?」
そこにはちょうど戻って来たダフィットが立っていた。
「最初から帝国からもたらされた噂など信じておりませんでしたが」
ダフィットはやや困惑したようにテーブルに戻ってくる。
「おい、デブ。お前も聞いたな」
「デブはやめてよ。僕も噂なんて信じちゃいなかったけど。レジス軍に騙されて、いいように使われている可能性を一度たりとも考えたことがないというと嘘になるね」
アルヴィンは嫌そうな顔をしてラヴォート殿下を横目で見た。やはり「デブ」呼ばわりは失礼だろう。実際、ふっくらしていることは事実だが。
「聞こえたな?」
最後にラヴォート殿下はシェイルの方に向きなおる。シェイルがじっとうつむいているので、殿下はそれを下からのぞきこむようにして「聞こえたな?」としつこく問うた。
「この至近距離で聞こえないと思いますか」
「埋められて置き去りにされたと思い込んで半べそかいて、とりあえず生き残るため適当なことをいってもぐりこんだ師団であれこれ憂さ晴らしの果てに壊滅させてきたようだが」
驚くほど大きな音をたててシェイルが立ち上がった。
「コルトニエスへ急いだ方がいいですよ」
シェイルは憮然と深いため息をつく。
「疑ってなどいない。お前の証言は全部裏が取れているし、体も隅々まで調べさせてもらっている。だからここにいるんだろう。ただ面白そうだから聞くだけだ。ずいぶんと恨みをかっているようじゃないか」
体を隅々まで――。
さらりとすごいことを言っている。その場の全員が聞き流しているようだが、聞き流せない。エリッツも調べたい。いや、どちらかというと調べられたい。隅々まで。
また会話に気を取られている間にアルヴィンが茶器をテーブルに並べている。しまったと思ったものの、自分がやってもテーブルにお茶をこぼしてラヴォート殿下の不興をかうのが目に見えている。
「私は恨んでなどいませんよ」
フィクタールは殿下よりも先に出されたお茶に手をつける。これくらい度胸があれば何があっても動揺せずにすみそうでうらやましい。
「気の毒だったのはグランディアス様ですね。一介の奴隷に翻弄されて十年は出世が遅れてるんじゃないでしょうか」
「そうなんですか」
シェイルは他人事のようにそういうと、茶器を手にとった。湯をかけただけだが、口に合うだろうかと一瞬緊張する。
「虫、入れましたよね」
フィクタールは突然ぽつりとこぼす。シェイルの動きがぴたりと止まったように見えた。
「グランディアス様の食事に、虫入れましたよね。親指大の伸縮するタイプの太いやつを」
「興味深い話だな。お前、雇い主にそんなことをしたのか」
ラヴォート殿下は頬杖をついてシェイルの方に身をのりだす。そんな仕草すら妙に優雅だ。
「子供のやることじゃないですか。子供は虫が好きでしょう」
シェイルはやはり憮然としたままだ。子供のころの話を蒸し返されるのはエリッツも好きじゃない。
「虫だけじゃなく、たびたび瀉下薬も入れましたね」
フィクタールの言葉にシェイルはもはや開き直ったような表情で息をはく。
「グランディアス様は食い意地が張っているわりに食事に対する感謝が足らないからです。説明してもご理解いただけないようだったので、口に入れるものがいかに重要か身をもって感じていただこうとしたんです。わたしも子供だったんですよ。子供はやるでしょう、そういう直情的なことを」
フィクタールはあきれたように小さくため息をつくとシェイルに向きなおる。
「いや普通、奴隷の子供はそんな大それたことはしませんよ。折檻されますからね。そもそも奴隷の子供ごときが師団トップのグランディアス様へ直訴すること自体があり得ないことです。そういえばそうとう殴られてましたけど、ちっともこたえた様子がなかったですね」
フィクタールは化け物でも見るような目をして大袈裟に身を引いた。
「こいつは折檻くらいでいいなりにはならんぞ」
なぜかラヴォート殿下は胸をはって得意げに言う。シェイルへの折檻には持論がありそうだ。
「承知しています。会話したことはなかったですが当時私は新人兵で似たような雑用をやっていましたから。虫はともかくとして子供のいたずらのレベルじゃなかったですよ。上の言うことを聞きやしないんです。下働きは大人から子供まで多くいましたけど群を抜いて目立っていたので忘れられません。最終的には第四師団はほぼ壊滅しましたからね。グランディアス様はとんだ疫病神を拾ったものです」
子供のいたずらから一個師団壊滅という大事までの差が大きすぎてよくわからない。何が起こればそうなるのだろう。
コトンと音がして、見るとラヴォート殿下が手にしていた騎馬の駒をテーブルに置いた。
「今、『拾った』と言ったな。この疫病神をどこで拾った?」
ラヴォート殿下は先ほどまでの余裕の笑みを消し、真顔でフィクタールを見る。対してフィクタールは一瞬だけその顔に動揺の色を浮かべたが、すぐに何ごともなかったかのように茶器を口につけた。
「殿下、その話はもう――」
シェイルがやや倦んだように口をはさむ。
「お前は黙っていろ。レジスの名誉にかかわる問題だ」
ラヴォート殿下は居丈高に言い放つとフィクタールの返答を待つように腕を組む。
「私は詳しく知りませんけど、よくあることじゃないんですか。通りすがりの町や村で労働力として口減らしの子供を雇い入れるようなことは」
ラヴォート殿下は手のひらでフィクタールの発言を遮るような仕草をする。
「悪いがこちらはある程度調べがついている」
フィクタールがちらりとシェイルを見るがシェイルは小さく首をふる。
「何をしでかしたか知らないがこいつは元の雇い主に殴られて気絶しているところを泥の中に埋められていたらしくて何も知らない。したがってこの件に関しては何一つ証言していない」
殴られて埋められるって、本当に何をしたらそこまでの仕打ちを受けるのだろう。
ラヴォート殿下はさらにたたみかけるような口調でフィクタールにつめ寄る。
「本来であれば生け捕る予定だったこの疫病神の元の雇い主、つまりロイの王弟を殺したのはグランディアスというやつか、それともお前か」
フィクタールは探るような視線をラヴォート殿下に向ける。
エリッツは一瞬その情報が解釈できず固まった。殿下のいう通りならシェイルはもともとロイの王弟の使用人だったということになる。そうなるとみんなが噂するような帝国の人間ではなかったということか。
「なぜ二択なんです。当時新兵だった私というのはありえないでしょう。しかしグランディアス様でもないと思いますよ。トップは指示を出すのが仕事です。誰がやったかなんて下っ端の私にはわかりません」
ここでようやくラヴォート殿下は不敵な笑みを浮かべた。
「ロイ王弟の殺害はラインデル第四師団の仕業だな」
フィクタールは目を細めてラヴォート殿下をじっと見つめる。焦れるような長い沈黙が流れた。
「なるほど。うちの王子様とはえらい違いです。噂にたがわぬ切れ者ですね。確かに上からは生き残っているフィル・ロイットの情報を得るために生け捕りにしろという指示があったようです。それにも関わらず激しい抵抗を受け失敗に終わったため、レジスに逃れたと嘘の報告をしていたと聞きましたが、今さらそんなことを明らかにしてどうなりますか」
ラヴォート殿下は一度深くうなずくと、ゆっくりと間をとって茶器に口をつける。
「我が国に多くのロイの難民が暮らしているのは知っているかと思うが、ロイの王弟がレジスまで逃れたものの、厄介払いのためにレジス軍に殺されたという噂を信じている者がいる。お前たちの責任逃れのために我が国が汚名を着せられるいわれはない。ロイの王弟を殺したのはラインデル第四師団だな。はっきりと言え」
フィクタールはしばらく何かを考えるように視線をそらして黙っていたが、やがてふつふつと不気味に笑い始める。
「参りましたね。おっしゃる通りです。ロイの王弟のガルフィリオ殿を始末したのはラインデル第四師団ですよ」
ラヴォート殿下は視線をテントの入り口に向ける。
「聞いたな?」
そこにはちょうど戻って来たダフィットが立っていた。
「最初から帝国からもたらされた噂など信じておりませんでしたが」
ダフィットはやや困惑したようにテーブルに戻ってくる。
「おい、デブ。お前も聞いたな」
「デブはやめてよ。僕も噂なんて信じちゃいなかったけど。レジス軍に騙されて、いいように使われている可能性を一度たりとも考えたことがないというと嘘になるね」
アルヴィンは嫌そうな顔をしてラヴォート殿下を横目で見た。やはり「デブ」呼ばわりは失礼だろう。実際、ふっくらしていることは事実だが。
「聞こえたな?」
最後にラヴォート殿下はシェイルの方に向きなおる。シェイルがじっとうつむいているので、殿下はそれを下からのぞきこむようにして「聞こえたな?」としつこく問うた。
「この至近距離で聞こえないと思いますか」
「埋められて置き去りにされたと思い込んで半べそかいて、とりあえず生き残るため適当なことをいってもぐりこんだ師団であれこれ憂さ晴らしの果てに壊滅させてきたようだが」
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