亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
38 / 236
第一章 (仮)

第三十八話 信頼

しおりを挟む
「城に報告を」
「早くこいつらをしばれ」
 従者たちが慌ただしく後処理をしている中、仕事は終わったとばかりにリークはあくびをしながらぶらぶら歩きまわっている。
「リーク!」
 アルヴィンが子犬のようにころころとリークのもとに走っていった。
「アルヴィン、おまえなにさぼってんだよ」
 リークはわずらわしそうにアルヴィンの頭をはたくが、その口調には親しみがこもっている。「お城を見にいくんだ」「そんなもん見てどうすんだ」と、なんだか楽しそうに二人でじゃれあいはじめた。
 アルマは「通りすぎるわけにはいかなさそうだな」と、観念したように馬車に近づく。エリッツも仕方なくそれに従った。屋敷を抜けだしたことがばれてしまうがこうなっては仕方がない。
 ちょうどアイザック氏も馬車を降りてくるところだった。近づいてくるアルマを不審そうに見ている。視界にはいっているはずだがやはりエリッツの方はみなかった。
「怪我はないですか」
 アルマは何の前置きもなく唐突にアイザック氏に問いかける。アイザック氏は戸惑ったような表情でアルマを上から下までながめた。
 そういえばアルマはどこのどういう身分の人なのだろう。軍部にいることは確かなのだろうが、今日の行動を見るかぎりかなり暇そうだ。確かおしゃべりがすぎて出世しないとかぼやいていなかったか。
「失礼ですが、あなたは」
 当然のことながらアイザック氏は不審そうな顔のままだ。
「名乗るほどのものではありません」
 きっぱりと告げるアルマの言葉にエリッツは体中の力が抜けそうになった。この場でそれはないだろう。アルマはあきらかにレジス軍部関係者の服装をしている。アイザック氏は現在のところコルトニエスの領主というだけの身分ではあるが第一王子ルーヴィック様の祖父にあたる人物だ。所属や氏名を名乗るのが礼儀ではないのだろうか。
 当然のことながらアイザック氏は表情に怒りをにじませる。
「お名前をうかがいたい」
 アルマは左手を顔の前にかかげ、わずかに目線を落すようなしぐさをした。以前会ったときも気になっていたが、アルマは左手だけに薄手の皮手袋をしている。
 それを見たアイザック氏はあきらかに顔色を変えた。
「これは失礼」
 恥じ入るように顔をそむける。
「この男たちが先に狼藉をはたらいたのを見ていました。証言します」
「痛みいります」
 エリッツがぽかんとしてそのやりとりを見ているとアルヴィンに袖をひかれ、耳打ちされる。
「あの人、軍の術士だ」
「どの人?」
 アルヴィンは憐れむような表情でエリッツをみる。そしてさらに声を落としてささやいた。
「アルマさんのことだよ」
「うえっ」
 エリッツは驚きのあまり変な声を出す。
「なにそれ」
「いや、だって――」
 少しずつアルマとアイザック氏から離れるようにアルヴィンがエリッツの袖をひっぱっていく。
「左手で顔を隠すしぐさはそういう意味があるんだよ。これは一部のレジス上層部の人間と術士しか知らない。あっちにいる従者たちは軽くお辞儀をしたくらいに思ったはずだ。これもおぼえておいた方がいいよ」
 しかしなぜアルヴィンがそんなレジス上層部の秘密の暗号を知っているのだろうか。軍の術士でなくても知っていることなのか。
 とにかくアルマが術士であるならばいくら暇そうでも口が軽くともクビにならないわけだ。希少な能力をもった軍人である。簡単には放りだせない。
「でもアルマさんはおれたちには名乗ったけどよかったのかな」
 ふと疑問に思いアルヴィンに耳打ちをする。するとアルヴィンは律義にエリッツの袖をひっぱって耳打ちをしかえす。
「僕たちはアルマさんが術士であることを本来知るすべがないからね。名簿が見られる身分じゃないし部外者だもん。まぁ、『偶然』知ってしまったわけだけど」
 そうこうしているうちに城からきたと思われる数人の警備兵と役人がアイザック氏や従者たちに事情をききはじめる。被害はなかったものの城の間近で起こった襲撃事件とあり緊張の面持ちである。いつの間にやら野次馬も増えていた。
「とりあえず連れていけ」
「逃げたやつもいるそうだ」
「周辺を探せ」
「先に取り調べだ」
 役人たちのやりとりに野次馬たちも各々何があったのか推測を話し、また自身の見たものを他の野次馬に説明する声などでざわめきは徐々に大きくなっていく。
 エリッツは外套のフードをぐっとひっぱる。よりによって目立ちたくないときに目立つ場所に立っている。アイザック氏たちも野次馬に辟易しているようで引き上げるそぶりをみせはじめた。
 リークは不貞腐れたような顔をして馬のたてがみをさわっている。アルヴィンとしゃべっているエリッツのところへは来ようとはしない。もとより歓迎されていないことは感じていたが、これはどうやらさけられているようだ。
「グラッツ工房ではないか」
「こうなる気がしたんだ」
 馬車に戻っていく従者たちの会話が耳にはいる。
「首謀者に心当たりがあるのかな」
 隣のアルヴィンにきくと、「なくはないよ」とこともなげにこたえる。
「ちょっと考えたらわかることだけどね。あまり大きな声ではいえない」
 そうもったいぶったようににやにやと笑う。
 ちょっと考えたらわかる、エリッツはちょっと考えたがわからなかった。
「ねぇ、誰? おれでもわかる人?」
「下賜品、急に変更になったのおぼえてるでしょ」
 アルヴィンがまたも声を落とす。
「もしかして変更する前の下賜品の……」
「下賜品の変更は陛下の指示らしいから滅多なことはいわない方がいいよ」
 アルヴィンが人差し指を自身の鼻先につき立てる。
「でもそんな犯人の予想がすぐつきそうなことをするのかな」
 思わずエリッツは声を一段おとす。
「エリッツはなんでも深く考えすぎだよ。なんにも考えないで動く人も案外いっぱいいるんだから。僕もあまり考えないよ」
 確かにアルヴィンはあまり深く考えていなさそうだ。
「あーあ。この様子じゃ、アルマさんをたよって城にいくのは無理かもな」
 退屈そうに足元の石を蹴っとばす。アイザック氏たちはすでに馬車に乗りこんでおり、いつの間にかリークの姿も見えない。アルマはもうずっと役人たちと話しこんでいる。ちゃんと仕事をするのだなと、エリッツはぼんやりとその光景をながめていた。知らない間に野次馬たちもほとんど引き上げていた。どこにあんなにたくさんの人がいたのだろうかというくらいに今はまばらになっている。
「お城はローズガーデンの日にたくさん見られるからいいんじゃないの」
「それじゃ、遅いよ」
 アルヴィンはそのふっくらとした頰をさらにふくらませた。完全に子供の表情だ。なぜか兄のことを思い出した。兄もよく子供っぽい表情をするが内心何を考えているのかわからないところがある。
 アルヴィンはエリッツの目をじっと見あげた。そのまましばし何かを考えこむような表情をする。
「エリッツはバカみたいに真面目だから信用してるよ」
 いつものような笑顔ではなく真剣な面持ちだ。「え、急になんなの」といいつつ、エリッツは思わず背筋をのばす。
「なんとかして北の王のところにいこうと思ってたんだ。ローズガーデンの前に」
「うえっ」
 またエリッツは変な声をもらす。
「さっきから何、その声」
「ごめん。びっくりして」
 驚くことばかりが続く。本当に深く考えずに行動しているのかそれとも深く考えた結果なのか、エリッツはまじまじとアルヴィンを見た。
「でもそこってすごく厳重に警備がされてるんでしょ」
 アルヴィンの目に彼らしい自信に満ちた輝きがひらめく。
「僕ならいける」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...