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第二章 占術士のカード

占術士のカード(7)

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 土人形の言うとおりにすると決めたものの、ロズウェルには指示の意味がよくわかってはいなかった。ただ一刻を争う状況である。何も考えずに実行するしかない。
 シハルの荷物から土人形の指定する道具を探す。時間がないので気にしないようにつとめたが、箱の中はまさに混沌だった。何のための何なのか、まったく見当がつかないものしか入っていない。だが運よくというべきか、探していたものはすぐに見つかった。
 次はいよいよあの蛇と接近戦だ。
「大丈夫なんだろうな」
「占いに……よれば、問題、ない」
 それを根拠にされると不安しかない。
 ロズウェルは腹をくくって、土人形を抱えあげると祭壇に向かって、一気に走る。そのまま祭壇の崩れていないところに土人形を安置し、すぐさまシハルの元に駆け寄った。
 蛇はシハルを締め上げることに集中しているようで、ロズウェルを攻撃する様子はない。ただ気がついてはいるようで透明なうろこが波立つように揺れて燭台の光を照り返す。それにずるずると出てくる体のスピードがあがったような気がした。
「シハル、すぐに助ける」
 ロズウェルはシハルの長衣の裾をつかんで引き寄せる。首にまで尾が巻きついているので苦しげなうめきが聞こえた。
 蛇の尾が異変を感じたのか威嚇するように、うろこを逆立たせる。
 ロズウェルは腕を伸ばすと、一応「失礼」と断ってからシハルの懐をさぐった。土人形が言っていた通りすぐに指先がかたい棒状のものをさぐりあてる。
 それを手に、一度シハルから身を離した。
 自らの手に握られているのは美しい装飾がほどこされた立派な守り刀である。ためらっている暇はない。ロズウェルはすぐさま鞘を払うと、太い蛇の尾を切りつけた。土人形がこの守り刀ならダメージを与えられると言っていた。
 何が起こったのかわからない。切りつけた直後一瞬の間があり、すぐに風呂桶をひっくり返したかのような音がしたので、ロズウェルは大きく飛びすさった。
 水?
 ロズウェルの切りつけた場所から先が水になって飛び散ったのだ。当然しめ上げられていたシハルはびっしょりと濡れて地面に落ちる。
 ひどく咳き込んでいるが、とりあえず無事のようだ。
「大丈夫か」
 すぐに駆け寄ろうとするが、切り落としたはずの蛇の尾が驚くほどのスピードでロズウェルを阻むように伸びてきた。あわてて避けるが、どうやら標的はシハルのようで、執拗に尾の先をさまよわせている。
「シハル、逃げろ!」
 ロズウェルはシハルがとらえられないように、また守り刀を振りおろすが、結果さっきと同じ現象が起こったに過ぎなかった。蛇の尾はいくらでも祭壇の方から伸びてくるのだ。
 なんとかしてシハルの近くに行けないだろうか。
 当人はまだ先ほどのダメージから抜けられないのか、うずくまって咳き込んでいる。
 どうしたらいいのか。ロズウェルは土人形を振り返るが、ぼうと中空を見ていて動こうともしない。まるでただの置物のようになっている。
 やっぱり土人形がしゃべったのは気のせいだったのか。いやいや、そんなあやふやなことでこんな危険を冒しはしない。
 ぐうとシハルの方から音がした。
 見るとシハルがうずくまったまま切なげな目でロズウェルを見ている。
「すみません。何か食べ物をいただけませんか」
「それどころじゃないだろ」
「お腹がすきました」
「そんなもの、我慢しろ」
 子供じゃあるまいし、こんなときに何を言い出すのか。それに食べ物なんて持ち歩いているわけがない。
 ロズウェルは守り刀をふるいながら、じりじりとシハルの元へと移動を試みる。どういうわけかシハルはその場にうずくまったまま動かなくなってしまった。まさか空腹になりすぎて動けないというのか。それとも地面に落ちたときに打ち所が悪かったのか。
「おい、しっかりしろ」
 祭壇を振り返るがやはり土人形は完全に黙したまま置物になっている。それに蛇の体はどんどん伸び続け、ロズウェルひとりでは埒が明かない。
「世話が焼けすぎるだろ」
 それにしても蛇の頭はいつ出てくるのか。相変わらずずるずると引きずるような音が祭壇からしつづけており、それをロズウェルが何度も切りつけているので、あたりはすでに水浸しである。
 まさかこの地下水路をめぐっている水すべてが蛇の尾となってこちらを狙ってくるということなのか。体力が尽きたところでどうにもならなくなる。ロズウェルは守り刀を握る手に力をこめた。
「ロズウェルさんはさっきから何をしているんですか」
 シハルがうずくまった姿勢のまま顔だけをこちらに向けて不思議そうにしている。どうにも具合が悪いようには見えない。
「何をのんきに。お前の方こそ何をしているんだ」
「体力が回復するのを待っています」
 ふと気がつくと、シハルの周りには例の半円の金属がきれいに並べられている。まるで柵をつくるように自立しきらきらと光る様子はやはり怪しい。
 そういえば本来は結界に使用するものだと言っていた気がする。自分だけ安全なところに……。ロズウェルは苦々しい気持ちで口を開く。
「さっきそこの土人形に言われて占いをした」
 言いながら向かってきた蛇の尾を守り刀で切り落とす。
 シハルはこちらを見て、ひとつまばたきをした。相変わらず丸くうずくまったままだ。
「結果、『金の雪』、『壁塗り職人』、『馬蹄』の三枚のカードが出た。それで土人形が――」
 すべてを言い切る前にシハルが「その発想はありませんでした」と、土人形と同じことを言う。
「ロズウェルさん、そこに持っているのは金雪香ですか」
 ロズウェルはまた蛇の尾を切りつけながら、手にしていた道具を見る。丸い木製の容器のようなものである。何が入っているのかは知らないが、漆なのか濡れたような輝きがあり、しっとりと手になじむ。容器にはきちんときれいな紐がつけられていてしっかりととめられていた。これだけでいい値段になりそうだ。土人形に探せと言われた道具である。
 見るとシハルは両手を広げてにこにことしている。こっちに渡せという意味か。
 ロズウェルは蛇の尾をさけて、それをシハルに投げ渡した。半円の棒のひとつを跳び越す瞬間、例の澄んだ音が一度だけ鳴った。
 危なげなくその容器を受けとったシハルはすぐさま紐を解く。その際もうずくまったままで、まるでおやつでも食べはじめそうな感じである。
 ふっと不思議な香りが漂ってきた。これは香か。
 シハルの指先からきらきらと粉が舞っていた。まさかあれが「金の雪」か。
 続けてシハルは指先をその辺りにたまっていた水に軽くひたすと、容器の中の金の粉をつける。何をするのかと見守っていると、それで自らの額に文字のようなものを書きはじめた。
「ロズウェルさんの占いは本当にすごいですね」
 すっと姿勢よく立つシハルは先ほどまでの朝寝を楽しむ猫のような様子が消えていた。
「おかげで服を脱がずにすみそうです」
「服?」
 シハルはさっと指で地面の半円を回収すると、確固とした足取りで祭壇に向かってゆく。子供のように空腹だと訴えていた姿からは別人のようだ。
 気づくと蛇の尾の動きがにぶっている。明らかにシハルを警戒しているようだ。ロズウェルはそっと守り刀の鞘をひろいあげた。
 何をはじめるのかと、固唾をのんで見守っていると先ほどの金色の粉を指に取り、祭壇にむけてふっと息を吹きかけた。
 本当に金色の雪のように輝きながら舞っている。同時に先ほどの香りが広がっていくのを感じた。その香りを嫌がるように蛇の尾がずるずると後退してゆく。このまま退散してくれるのかと期待したが、蛇の尾は祭壇の前でぴたりと動きをとめる。うろこがびっしりとはえた表面がさざめくように揺れている。
 突然、すさまじい音とともに祭壇が内側から崩れはじめた。
 ロズウェルはあわてて土人形の方を見たが、置いた場所からはなくなっている。危険を察知して動いたのだろうか。
 派手に崩れ落ちた祭壇の奥から現れたのは、巨大な蛇の頭であった。人間くらいなら丸のみできそうな大きさだ。
「この町の神、ファールティ様でいらっしゃいますね」
 蛇の頭はただ感情のない目でシハルを見下ろしているだけだ。巨大だが、いかにも蛇といった様子で話が通じるような気がしない。絶えず先の割れた透明な舌をちらつかせている。
「失せもの探しに参りました。探させていただけるなら、酒と香を供えましょう。舞を納めておなぐさめいたします」
 シハルがその場で膝をつき叩頭する。洗練されたうつくしい所作にロズウェルは思わず見入っていた。
 そのとき聞き覚えのある音が聞こえる。
 見るとシハルの服の腰のあたりに、あの半円の棒がぶら下げられており、澄んだ音色をたてていた。
 シハルが顔をあげるのと、ファールティだという蛇の頭がシハルを飲みこもうと大口を開けたのがほぼ同時であった。
「シハル!」
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