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第二章 占術士のカード
占術士のカード(5)
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ロズウェルは頭を整理するために一度目をつぶった。さっきの一連の会話からの情報が多すぎる。
「俺は全然信心深い方じゃないんだが、神様が邪なものというのはどういうことだ?」
シハルは半円の道具を指にかけたまま、歩みをとめることなくロズウェルを振り返る。あのうつくしい音が絶えず通路に響いていた。どういう素材であんな音が出るのだろうか。
「『神』という言葉、私の村では二つの意味がありました。古来より存在する真正の神と、人間が祀り上げることによって作られた神です。祀り上げるものは人間と利害が一致すれば悪霊でもなんでもいいんですよ。この町の神様は後者ですね。作られた神がすべてよくないものとはいえませんが、この町の神は少し――」
めずらしくシハルは言葉をにごした。
言っていることがよく理解できない。要するにこの町の神ファールティはどこの何とも知れない悪霊級に怪しげなモノだといっているのだろう。町の住民として怒るべきなのかもしれないが、怒りがわくほど信心深くないので反応に困る。
「やっぱり占いが当たったのはお前のせいか」
どう考えてもあんな初歩的なミスをするわけがないのだ。シハルが妙な力を使ったに違いない。だが当人はきょとんとした顔でロズウェルを見ている。
「なぜ私のせいでロズウェルさんの占いが当たるんですか?」
「いや、何かあるんだろ。そういうことができるような――」
「あるなら自分で占いますよ。どうしてロズウェルさんの占いを当てるみたいなまわりくどいことをしないといけないんです?」
もっともだ。
だがロズウェルは腑に落ちない。やはりただの偶然と自身のミスによるものなのだろうか。
「占いが当たることに自覚がないんですか。当たるからお仕事にされているのかと思っていました。変な人ですね」
能天気にクスクスと笑っているのがしゃくに触る。こいつに変な人呼ばわりされたら人として終わりだ。
「当たらなくてもこの業界じゃ仕事になるんだ。むしろ占い以外の技術を習得するのに膨大な時間と努力、工夫が――」
そこでロズウェルは口をつぐんだ。今度は聞こえた。大量の水が一気に流れ落ちる音と地響きのような音だ。
ロズウェルの顔色を見て察したのか、シハルも口を開く。
「さっきから頻繁にこの音がしています」
ロズウェルには今の一回しか聞こえていなかった。
「それに床の溝もたくさんありましたね」
確かに、入口の方で見かけたような用途不明な溝が、頻繁に通路に掘られている。下をきちんと確認しながら歩かないと危険なくらいだ。
「この程度の溝に水を流すとは思えないしな。ん? どうした」
シハルが足をとめたので、ロズウェルはその視線の先を見る。シハルの指にかかっている半円はすべて前方を指しているが、その先にあるのは壁だ。
「行き止まりか」
「いえ、右左に通路がわかれています」
暗くてよくわからなかったが、確かに左右に道がある。どちらかの道から正面の壁の裏に回りこむことができれば目的地には着くだろう。
「ところで、それが指す場所に行って何をするつもりなんだ。神様にお参りか」
「そうですね。まずはお参りからということになります」
含みのある言い方をする。
だがどのみちロズウェルには見えも聞こえもしない領域の話をしているのだろうから関係ない。神様とやらにお参りをしてすぐ引き返せばいいことだ。
「こっちでいいな」
ロズウェルは早いところ片づけたくて適当に右に進んだ。シハルも後をついてくる。
ところがそんな甘いものではなかったのだ。
「同じところを何度も歩いているような気がします」
それはロズウェルも思っていたことだ。地下とはいえ町の中から出てしまうくらいの距離を歩いた気がするが、ずっと景色は変わらず、シハルの道具はまるで二人をもてあそぶかのようにまた壁を指している。
「お腹がすきました」
力なく言うので変に哀れになりロズウェルは「引き返すか?」と提案した。
しかし直後にハッとする。戻り方がわからない。まさかこんな迷路のような状態になっているとは知らなかったので本当に適当につき進んでしまった。
こんなことなら目印をつけながら進むべきだった。いや、それ以前に町の施設であれば水路の整備士たちが迷子にならないように標識のひとつも出しておくのが普通だと思うが。
「とりあえず確認してみましょう」
そういうとシハルは指にかけていたあの道具から一つだけ棒を取り外すと地面に置いた。それは不思議なことに弧を下にしてゆらりと揺れながら自立した。そしてシハルの指に残った残りの半円はまるで仲間との別れを惜しむよう乱れた揺れ方をしている。正直気味が悪い。
「置いて行っていいのか」
やや身をひきながらシハルの手元を見る。
「いくつでもありますから」
またしばらく歩き続ける。相変わらず景色は同じでうんざりしかけた頃、シハルの道具の音が大きく揺らいだ。
「どうした? 近いのか?」
だがシハルは困ったような顔で燭台を前に突き出し通路の先を指差す。
そこにはあの金属の半円が、ろうそくの光を反射しながらたった一本ゆらゆらと揺れていた。
「変ですよ」
シハルはさらに前方を指差している。ロズウェルが目を向けると、前方にはずっと通路が続いている。さっきあの棒を置いた場所は確か正面が壁だった気がしたが記憶違いか。
だがシハルの方もそう記憶していたようで「さっきここ壁でしたよね」と、ロズウェルを振り返る。
ロズウェルは左右を確かめると、さっきは左右に分かれていた通路がなくなって一本道になっている。
「それは移動したりしないのか」
あの道具の方が怪しい。
「こんなものが勝手に移動なんてしませんよ」
またクスクス笑っている。そもそもその道具が妙な動きをしているのが不審なのだが、歩き疲れていたのでただ黙っていた。
「もしかして壁が動くんでしょうか」
「壁が勝手に移動する方がおかしいだろ」
ロズウェルの意見を聞いているのかいないのか、シハルは燭台を床に置いて、さっきは壁があったとおぼしき場所を確認している。
「溝があります」
「なんだと」
ロズウェルもしゃがみ込んで確認する。確かに何度も見た溝がある。
浮かんだイメージは引き戸だ。この溝にそって壁が現れたり消えたりするのか。いや、そんな緻密な設計ができるだろうか。そもそも動力は何なのか。
何気なくシハルの方を見ると燭台は床に置いたまま、両手を広げて目をつぶっている。おそらくロズウェルの想像も及ばないような奇妙な手段で現状を打開するつもりなのだろうから、黙って見守った。
「無口ですね」
「誰が?」
「緘口令というやつですか。何も教えてくれません」
「だから誰がだ?」
ロズウェルの問いには一言も返事をせず、急に黙って振り返る。
「占ってください」
ロズウェルはしばし黙った。当たるわけのない占いでさらに歩き回るはめになるのは面倒だが、もしかしてシハルがいれば当たるのかもしれないという気もする。
さっきと違って、どこにあるかわからないものを探すわけではない、どの道を選ぶのかという二択、せいぜい三択だ。明確に当たり外れが出る。
黙ったままロズウェルはその場にあぐらをかいた。すぐにシハルが正面にちょこんと座りこむ。占いというよりはカードを見に来ているようだ。
こじつけが入りこむ余地をなくすため、ロズウェルはカードを三枚だけピックした。「王」「右大臣」「左大臣」のカードだ。
王は真っ赤なヴィロードのローブに青い大きな宝玉のついた王笏、刺繍がたっぷりとほどこされた衣装と見どころ満点のカードだ。もちろん象徴となる王冠の描き込み具合は何度見てもため息が出るほどの見事さである。
「右大臣」「左大臣」はよく似たカードだが、「右大臣」は壮年の男性で「左大臣」は初老の男性である。
この三枚だけを使う方法は今までやったことがないが、もし本当に当たるのであればこれほど明確な方法はない。
しかしたった三枚だと、ロズウェルにはどれほどカードを切ってもあける前からわかってしまう。都合よくこじつけるためにその手の手法を使うことはあるが、今はそれでは意味がない。
「あんたが行くべき道を占う。選べ」
先ほどのように地面にヴィロードの布をひいて、三枚のカードを伏せる。ロズウェルの意思が入り込む余地のない、しかも誤魔化しの効かない完全な占いだ。
シハルはカードに触れるのがうれしくて仕方ないという顔でカードに手を伸ばした。
「俺は全然信心深い方じゃないんだが、神様が邪なものというのはどういうことだ?」
シハルは半円の道具を指にかけたまま、歩みをとめることなくロズウェルを振り返る。あのうつくしい音が絶えず通路に響いていた。どういう素材であんな音が出るのだろうか。
「『神』という言葉、私の村では二つの意味がありました。古来より存在する真正の神と、人間が祀り上げることによって作られた神です。祀り上げるものは人間と利害が一致すれば悪霊でもなんでもいいんですよ。この町の神様は後者ですね。作られた神がすべてよくないものとはいえませんが、この町の神は少し――」
めずらしくシハルは言葉をにごした。
言っていることがよく理解できない。要するにこの町の神ファールティはどこの何とも知れない悪霊級に怪しげなモノだといっているのだろう。町の住民として怒るべきなのかもしれないが、怒りがわくほど信心深くないので反応に困る。
「やっぱり占いが当たったのはお前のせいか」
どう考えてもあんな初歩的なミスをするわけがないのだ。シハルが妙な力を使ったに違いない。だが当人はきょとんとした顔でロズウェルを見ている。
「なぜ私のせいでロズウェルさんの占いが当たるんですか?」
「いや、何かあるんだろ。そういうことができるような――」
「あるなら自分で占いますよ。どうしてロズウェルさんの占いを当てるみたいなまわりくどいことをしないといけないんです?」
もっともだ。
だがロズウェルは腑に落ちない。やはりただの偶然と自身のミスによるものなのだろうか。
「占いが当たることに自覚がないんですか。当たるからお仕事にされているのかと思っていました。変な人ですね」
能天気にクスクスと笑っているのがしゃくに触る。こいつに変な人呼ばわりされたら人として終わりだ。
「当たらなくてもこの業界じゃ仕事になるんだ。むしろ占い以外の技術を習得するのに膨大な時間と努力、工夫が――」
そこでロズウェルは口をつぐんだ。今度は聞こえた。大量の水が一気に流れ落ちる音と地響きのような音だ。
ロズウェルの顔色を見て察したのか、シハルも口を開く。
「さっきから頻繁にこの音がしています」
ロズウェルには今の一回しか聞こえていなかった。
「それに床の溝もたくさんありましたね」
確かに、入口の方で見かけたような用途不明な溝が、頻繁に通路に掘られている。下をきちんと確認しながら歩かないと危険なくらいだ。
「この程度の溝に水を流すとは思えないしな。ん? どうした」
シハルが足をとめたので、ロズウェルはその視線の先を見る。シハルの指にかかっている半円はすべて前方を指しているが、その先にあるのは壁だ。
「行き止まりか」
「いえ、右左に通路がわかれています」
暗くてよくわからなかったが、確かに左右に道がある。どちらかの道から正面の壁の裏に回りこむことができれば目的地には着くだろう。
「ところで、それが指す場所に行って何をするつもりなんだ。神様にお参りか」
「そうですね。まずはお参りからということになります」
含みのある言い方をする。
だがどのみちロズウェルには見えも聞こえもしない領域の話をしているのだろうから関係ない。神様とやらにお参りをしてすぐ引き返せばいいことだ。
「こっちでいいな」
ロズウェルは早いところ片づけたくて適当に右に進んだ。シハルも後をついてくる。
ところがそんな甘いものではなかったのだ。
「同じところを何度も歩いているような気がします」
それはロズウェルも思っていたことだ。地下とはいえ町の中から出てしまうくらいの距離を歩いた気がするが、ずっと景色は変わらず、シハルの道具はまるで二人をもてあそぶかのようにまた壁を指している。
「お腹がすきました」
力なく言うので変に哀れになりロズウェルは「引き返すか?」と提案した。
しかし直後にハッとする。戻り方がわからない。まさかこんな迷路のような状態になっているとは知らなかったので本当に適当につき進んでしまった。
こんなことなら目印をつけながら進むべきだった。いや、それ以前に町の施設であれば水路の整備士たちが迷子にならないように標識のひとつも出しておくのが普通だと思うが。
「とりあえず確認してみましょう」
そういうとシハルは指にかけていたあの道具から一つだけ棒を取り外すと地面に置いた。それは不思議なことに弧を下にしてゆらりと揺れながら自立した。そしてシハルの指に残った残りの半円はまるで仲間との別れを惜しむよう乱れた揺れ方をしている。正直気味が悪い。
「置いて行っていいのか」
やや身をひきながらシハルの手元を見る。
「いくつでもありますから」
またしばらく歩き続ける。相変わらず景色は同じでうんざりしかけた頃、シハルの道具の音が大きく揺らいだ。
「どうした? 近いのか?」
だがシハルは困ったような顔で燭台を前に突き出し通路の先を指差す。
そこにはあの金属の半円が、ろうそくの光を反射しながらたった一本ゆらゆらと揺れていた。
「変ですよ」
シハルはさらに前方を指差している。ロズウェルが目を向けると、前方にはずっと通路が続いている。さっきあの棒を置いた場所は確か正面が壁だった気がしたが記憶違いか。
だがシハルの方もそう記憶していたようで「さっきここ壁でしたよね」と、ロズウェルを振り返る。
ロズウェルは左右を確かめると、さっきは左右に分かれていた通路がなくなって一本道になっている。
「それは移動したりしないのか」
あの道具の方が怪しい。
「こんなものが勝手に移動なんてしませんよ」
またクスクス笑っている。そもそもその道具が妙な動きをしているのが不審なのだが、歩き疲れていたのでただ黙っていた。
「もしかして壁が動くんでしょうか」
「壁が勝手に移動する方がおかしいだろ」
ロズウェルの意見を聞いているのかいないのか、シハルは燭台を床に置いて、さっきは壁があったとおぼしき場所を確認している。
「溝があります」
「なんだと」
ロズウェルもしゃがみ込んで確認する。確かに何度も見た溝がある。
浮かんだイメージは引き戸だ。この溝にそって壁が現れたり消えたりするのか。いや、そんな緻密な設計ができるだろうか。そもそも動力は何なのか。
何気なくシハルの方を見ると燭台は床に置いたまま、両手を広げて目をつぶっている。おそらくロズウェルの想像も及ばないような奇妙な手段で現状を打開するつもりなのだろうから、黙って見守った。
「無口ですね」
「誰が?」
「緘口令というやつですか。何も教えてくれません」
「だから誰がだ?」
ロズウェルの問いには一言も返事をせず、急に黙って振り返る。
「占ってください」
ロズウェルはしばし黙った。当たるわけのない占いでさらに歩き回るはめになるのは面倒だが、もしかしてシハルがいれば当たるのかもしれないという気もする。
さっきと違って、どこにあるかわからないものを探すわけではない、どの道を選ぶのかという二択、せいぜい三択だ。明確に当たり外れが出る。
黙ったままロズウェルはその場にあぐらをかいた。すぐにシハルが正面にちょこんと座りこむ。占いというよりはカードを見に来ているようだ。
こじつけが入りこむ余地をなくすため、ロズウェルはカードを三枚だけピックした。「王」「右大臣」「左大臣」のカードだ。
王は真っ赤なヴィロードのローブに青い大きな宝玉のついた王笏、刺繍がたっぷりとほどこされた衣装と見どころ満点のカードだ。もちろん象徴となる王冠の描き込み具合は何度見てもため息が出るほどの見事さである。
「右大臣」「左大臣」はよく似たカードだが、「右大臣」は壮年の男性で「左大臣」は初老の男性である。
この三枚だけを使う方法は今までやったことがないが、もし本当に当たるのであればこれほど明確な方法はない。
しかしたった三枚だと、ロズウェルにはどれほどカードを切ってもあける前からわかってしまう。都合よくこじつけるためにその手の手法を使うことはあるが、今はそれでは意味がない。
「あんたが行くべき道を占う。選べ」
先ほどのように地面にヴィロードの布をひいて、三枚のカードを伏せる。ロズウェルの意思が入り込む余地のない、しかも誤魔化しの効かない完全な占いだ。
シハルはカードに触れるのがうれしくて仕方ないという顔でカードに手を伸ばした。
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