【R18】偽物の君に恋をする

第28話「ダークウェブに秘密を知っている人がいる」

　バスタオルを首から下げて椅子に座る。ノートパソコンを開く。

　ベッドで英玲奈と愛佳が寝息を立てる。外泊許可は貰っていて、夕方一度ぼくから寮長に連絡した。同じブループリントのモデルどうしで交流することに、事務所はあまり関心がなく、寮長の受け答えも杓子定規だった。どうせ撮影でもセックスするのだから、それ以上の間違いなんかありえない。

　ぼくはネットスーパーで買い物をする。しばらくこのマンションで生活するつもりだから、保存がきく食べ物、飲み物、消耗品、数日分の食材とお菓子を買う。
　匿名ブラウザを立ち上げる。planet angelsにアクセスする。普通のサイトと違って画像が表示されるまで結構待たされる。なんどかこのサイトを眺めて、少しずつ理解が深まった。

　planet angelsとは別に、garbage angelsという投稿サイトがあって、日本国内では前者がプラジェル、後者がガビエン、あるいは鼻炎と呼ばれている。ガビエンは純粋な投稿サイトで、違法コピーや個人撮影のエロ動画がアップロードされる。そのガビエンに投稿された動画の中で、収益化できそうな動画がプラジェルに移される。プラジェルは月額課金か単品課金によって、登録ユーザーが動画を購入することができて、売上があがれば動画の投稿者に収益として分配される。決済は全部仮想通貨。ぼくがログインしているアカウントはブループリント関係者用だから、全部の動画を閲覧できる。動画の価格はピンキリで、現在のレートで一本十五ドルから数百ドル強。ぼくの出演している動画は三百十四ドルだから一番高い。サブスクだと月額三百ドルでストリーミング見放題、五百ドルでダウンロードし放題。そういうビジネスロジックを紐解いていくと、なんだか恐ろしくなる。ぼくの出演している動画をみるために、数万円をぽいっと支払う人が世界中に大勢いるという事実に怖気立つ。

　フォーラムを開いて、日本語スレッドをフィルタする。

　よくできたフェイク動画…723

　フェイク認定スレッドがやっぱり気になる。クリックする。

『十インチオーバーのペニスと大量の精液、無尽蔵の性欲、フェイクならもう少しうまくやるべき』
　そういうタイトルコメントの下に大量のレスが並ぶ。フェイクと断じているもの、フェイクかどうか疑わしいとするもの、本物と認定するものは僅かで、大半がフェイクかどうかに関心がなく、モデルの少女やぼくのことについて書かれている。書き込みした人のハンドルネームには固有のハッシュがついていて、主にフェイクを主張している人物はごく数人しかいないことがわかる。声のでかいマイノリティがダークウェブでも幅を利かせる。

【医療用インプラントとメスメリアン】
　メスメルの磁気催眠を物理的に常時再現するために、二十世紀初頭、例の黒い菱形のインプラントを前頭葉に埋め込む施術実験が行われてきたんだけど、その術式で役立ったのが前頭葉白質はくしつ切截術せっせじゅつだったわけ。
　検体となる男性患者にその磁性体を施術すると、精神障害に伴う身体的な変化が緩和された。それも劇的に。だけど当時の催眠医療はオカルトの一種と考えられていたから、公にできなかったんだな。ドイツ発症のこの治療法はいつの間にか廃れたんだけど、二十世紀中頃、我らが大日本帝国陸軍石井中将の下で復活を遂げた。防疫給水部付きの殿村博士主導でマルタを使って行われた施術では、磁性体を埋め込まれた捕虜たちは戦時下における精神障害――ＰＴＳＤやシェルショックの類だと思うけど――を改善することに成功したんですよ。
　だけど思いがけない副作用があった。被験者の男性はひどい性欲に悩まされ、立ったり座ったりするだけで射精したんだ。無尽蔵に精液が作られるようになった。文献では巨根になったとは書かれていないけれどね。だけど良いことばかりじゃない。ひどい頭痛に悩まされるようになった。あまりの激痛に、自ら命を断つものもいたくらいだ。これは群発頭痛の一種だと思うが、インプラントが原因とも考えられるから断定はできない。
　これらの文献はＧＨＱが石井中将との取引で持ち去ったんだけど、時を経て米国機密解除文書となった。まあ、解除文書の件数が十数万件もあるから、その中に埋もれて誰にもみつけられない状態だったんだけど、米国解剖学会の権威、World Anatomical Networkが原本のコピーを持ってるんです。私はWAN関係者なので、さくっと原本を入手できました。ざっと目を通しただけですが、動画に出演しているユアくんは磁性体埋没術を施された患者に相当する特徴がいくつもある。証拠の検証動画をあげてもいいけど、鼻炎にこれをアップしても多分許可されないと思うんだ。

　長文の難しい書き込みに目が留まる。フェイクを主張する一派とは無関係に持論を展開する。煽られても乗らない、罵声罵倒を全スルーできる鉄の心の持ち主のよう。ハンドルネームは『ワタナベ』になっている。
　どうして頭痛のことがわかったのだろう。ワタナベ氏は、ぼくの知らない事実を知っているかもしれない。あの地獄のような苦痛から解放される方法を知っているかもしれない。あるいは、ぼくの頭に埋め込まれたものの正体について、何かを掴んでいるのかもしれない。
　ベッドで愛佳が寝返りをうってエロい溜息をつく。裸のまま並んで寝そべる二人の少女を眺める。暗がりでは英玲奈の肌の白さが際立つ。愛佳より大人っぽい顔立ちのハーフ美少女は、ぼくの想像に反してあけすけな変態だった。柔らかで優しそうで知的にみえたのに、ぼくが憧れた妖精の姿はなく、「おちんぽ」を連呼する淫乱な天使が瑞々しく潤んだ粘膜でぼくを貪る姿はまるで別人だ。不幸なことに、ぼくにはその欲望に応えられる性欲が満ちている。その異常性欲が、頭痛の原因になっている頭の中の異物だとしたら。