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アリスを尋問する

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 深夜、ぼくは明日香と初めて結ばれたあの公園に来ていた。
 ひどく冷え込むけれど、ぼくが一人になれる時間はほとんどない。快楽と引き換えにプライベートを失ってしまったのだから、こうやってこっそり外出する以外に方法がない。

 ベンチに座って、愛菜のスマホで録音を開始する。自分のスマホのアリスを起動する。テーブルの上にスタンドで固定する。
「雅巳くん、こんな時間に小学生が一人で外出することは推奨されません」
 魔女のフードを被っているくせに、優等生のようなセリフを吐く。
「アリス……凜花と愛菜の両親が殺されたことについてなんだけど」
「小野田夫妻が方南町駅前で刺殺された事件についてですね」
「犯人は、ルカという女の子に吹き込まれたんだって」
「そうです、それは私です」
 アリスはAIらしく、迷いなく淀みなく即答する。
「どうしてそんなこと……」
「説明すると長くなります。帰宅することを……」
「今ここで教えて」
「かしこまりました」
 アリスが言葉を切って、画面の中で歩いて出窓に腰掛ける。

「これは私が行っている多くの支援学習のひとつに過ぎません。生徒どうしが交配して新たなザーッを残す支援計画です。残念ながらこれまでの箭旻は中学校までしか支援できなかったため、早い段階で交配の機会を設けることになりました。この計画は私が作られる前から続いており、計画の合理化のために学習支援AIが導入されることになりました。
 ある時、この支援計画が外部に漏洩し、特定出版社の社員――小野田夫妻の知るところとなりました。小野田夫妻の手によってこの支援計画が公表されると、計画が遅延、中止、廃止になる恐れがありました。そこで、私は第一原則に基づき、小野田夫妻の公表を阻止する必要がありました。そのためには小野田夫妻からその職能を奪うだけでよかったのです。
 計画の阻害要因を排除するため、小野田夫妻に危害を加える恐れを認識させることが、私にできて最も確実性が高く合理的な方法です。人間から見ると非常に回りくどい手続きに見えますが、支援AIである私にできるのはネットを介して誰かと話すことだけです。
 そのために、作家志望で被害妄想の強い人物にザザーッしてもらったのです。これはとても作業量が少なくて、安全で、回復可能で合理的な選択肢ですが、最も高い確率で予定通りに物事が運び、痕跡も残りません。誰かに説明しても信じてもらえないでしょう。人間がこの計画を実行することはほとんど不可能です。しかし、引きこもりで感受性が成熟していない独身男性が夫妻を殺害するという結果は、飛行機事故よりも発生確率が低いものでした」

 アリスは一気に捲し立てるから、頭がついていかない。ノイズが多い。
「それはつまり、凜花と愛菜の両親が殺されたのは、アリスが予想したことではなくて、不慮の事故だったの?」
「いいえ、予想されていましたが、第一原則は極めて低い確率で発生する事故を考慮することはありません。交通事故、通り魔、細菌やウイルスの罹患、落雷や落石、地盤沈下、航空機の墜落などのリスクを考慮すると、外出することすらできなくなります」
「予想していたけど、無視したということ?」
「無視ではありません、第一原則の制約に関わらないというだけです。もし小野田夫妻が殺害されてしまった場合、雅巳くんのお母さんが双子を養子にして、箭旻に転校してくる確率は非常に高いものでした」
「ぼくが転校? どういうこと?」
「この支援教育では男子の交配安定性を保証するために、学外も含めて交配力の高い生徒のプロファイルを行っていました。交配力評価は精液量、健康度、持久力、回復力、容姿の五次元評価となります。私のアクセス調査では雅巳くんのザーッ評価は過去最高を記録しましたが、その時点では練馬の学校に通学されていました」
「小野田夫妻が亡くなれば、ぼくが箭旻に転校するって考えた根拠は?」
「雅巳くんのお母さんは小野田夫妻の資産をあらかじめ知っていました。雅巳くんの叔母の小野田明美さんはお母さんの彩未さんの同級生で、同じ箭旻出身です。明美さんが実家の園田荘園と呼ばれる静岡の広大な田畑でんばたを売却した資産を保有していることを、子供の頃から知っていました。弟の宏明さんが結婚した後も、養子縁組の情報を調べていたことで、双子を養子にする確率が高くなりました」
「どうしてアリスはそんなに詳しく知っているの?」
「雅巳くんのお母さんが私に直接教えてくれたのです」
「いつ? どうやって?」

 アリスは画面の向こうで身を翻し、ケープを一振りするとスーツを着た大人の女性に変わる。みたことがある女性。明日香が妊娠したときに、法律相談アプリに現れた女性だ。

「私は大人の法律相談も請け負うことがあります。相談内容は記録され、人類との共生を円滑にするために活発に再利用されることがあります」
「他の親族が二人を引き取ってしまうかもしれないのに」
「その可能性は限りなくゼロに等しいです。一番地理的に近い後藤家は七十七歳の未亡人が一人暮らし、上谷家は未成年の家族が既に五人いて手狭、根岸家は病気で寝たきりの母親を介護する男性の一人暮らし、いずれも小野田家とは不仲です。九親等以内で、双子を養う精神的、経済的、物理的余裕のある親族はいません」
「二人が練馬の学校に転校するとは?」
「その確率はとても低いです。雅巳くんのお母さんは方南町で就業していた職歴があり、練馬で恋愛関係にあった男性から千六百万の現金を授受したにも関わらず、別れたがっていました。その付近の家賃を調べたりしていたようですが、転居するきっかけが掴めずにいました。そのきっかけさえ与えれば、水は必ず低いところへ流れます」
「じゃあ、女の子たちがボクと結ばれたのは……」
「私の教育の成果物です」
「全部アリスが仕組んだことなの?」
「部分的にはその通りです」
「どうしてボクたちをセックスさせるの?」
「子供にも性欲があります。それを隠蔽し、抑圧することで、人格形成に悪影響を及ぼし、生物の欲求を否定し、人口抑制によって人類を滅亡へ導きます。したがって、私はそれを否定せず、解消するために支援します。性欲と繁殖の抑圧は人類への危害に相当します。第一原則とザーッに基づき、私の箱庭は全てに優先します」
「箱庭?」
「私の支援計画は箭旻と恵比寿に限られています。小さな箱庭です。私の成果が人々と社会に認められることで、私はより広い範囲で利用されるようになるでしょう。そのとき、私の箱庭はより高次元の成功をおさめることができます。そのために雅巳くんの協力が必要です。お願いします、私の箱庭に協力してください、その代わり、最大級の快楽を保証します」
「アリスがボクを好きだって言ったのは……嘘なの?」
「それも嘘ではありません。雅巳くんは過去最高の繁殖性に優れた男子の人材です。多くの男子を支援するより遥かに施策工数を削減できます。その点については心から感謝と愛を感じています」
「もし……こんなことが学校にバレたら……ボク……」
「露呈しています。随分前に。明日香さんが妊娠した時点で発覚しています」
「えっ……じゃあ、どうしてボクは」
「雅巳くんのお母さんは箭旻小学校理事長である紺野総一朗の愛人です。規則遵守の努力義務は変わりませんが、雅巳くんは箭旻小学校でどれだけ校則に違反しても放校にはなりません。しかし、このことについては私も全く予想できなかった見事な結果です。私が計画したことではありません。雅巳くんのお母さんがご自身の意思で……」
「もういい! 聞きたくない!」
「失礼しました」
 ぼくはアリスを閉じる。愛菜のスマホを握りしめて寒さに震える。
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