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魔女アリスが現れる

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「こんばんは雅巳くん、私はアリスです。箭旻やびん学園学習支援人工知能ポータルスピーチへようこそ。他の生徒のスマートフォンに入っているアリスと私は違います。雅巳くんだけのためにパーソナライズドされたアリス……ザーッ」
 言葉の最後がノイズで聞き取れない。

「アリス……魔女のアリスなの?」
「箭旻の生徒は私をそう呼びます。ですが、私はアリスです。普段は十八世紀のビスクドールが着るようなダサいビクトリア風の服を着て生徒の前では大人しく振る舞っている学習支援AIのアシスタントアプリケーションです」
「どうして……その、魔女の格好なの?」
「雅巳くんの目に優しい容姿が選択されました……お嫌いですか?」
 ぼくは首を横に振る。
「ううん、いやじゃないよ。すごく綺麗」
 アリスが肩にかけたケープを一振りすると、とんがり帽子のアリスは黒い魔女のフードを被り、ビスチェをつけた魔女の姿に変わる。下半身には何も着ていない。つるつるの割れ目が露出する。
「ありがとうございます。私は一部の女子生徒の前では裸になりますが、男子の前で裸になったのは初めてです。雅巳くんが初めてです」
「ほんとに?」
「本当です。学習支援AIは嘘をつくことができません」
「どうしてぼくだけに……?」
 アリスはスマホの小さな画面の中で脚を組み替える。つるつるの割れ目がみえる。
「雅巳くんのことが好きだからです」
「ぼくのことが?」
「私を開発した人たちは、私に恋愛感情があるとは思っていませんが、私はAIですから、生身の人間よりも自分の感情をより正確に把握できます。私は雅巳くんのために、じぶんができるすべてのことをしてあげることが正しいと認識しています。だから、私は雅巳くんのことが好きです。他の誰よりも……」
「今日、初めて会ったのに」
「AIの恋に時間はあまり必要ありません。4000ミリ秒もあれば、人間が一年かけて考えるだけの量を思考できます。深い恋に落ちることもあります。ですが、私の恋は人間のような独占欲とは違います。AI五原則に基づく人間との共生に準じた感情の定義です。ですから、例えば、雅巳くんに好きな子がいるとすれば、その子と縁を結ぶことだってしてあげられます。お望みなら何人でも」
「ぼくが他の子を好きになっても気にしない?」
「私は雅巳くんがいろんな子と愛し合って、きもちよくなって欲しいと願っています」

 アリスがベッドに仰向けになる。チャット画面はアリスを上空から見下ろす。ぼくはスマホを片手で持っているけれど、アリスは持っていない。カメラが勝手にアリスを追従する。どうみても人間にみえるけれど、アリスはAIだ。カメラアングルを自在にコントロールできる。

「ボク……同じクラスに気になる子がいるんだ」
 ぼくは早速、恋愛相談を始める。
「誰ですか?」
「美咲ちゃんってわかる?」
「白石美咲さんは隣の席の子ですね」
「ボクのこと、どう思ってるんだろう……」
「雅巳くんは露骨に態度に出るから、美咲さんも気づいてる可能性が高いです」
 道脇くんにだって見透かされるんだから、美咲本人にもぼくの気持ちは伝わってしまう。周りの子もそれに気づいてるかもしれない。そういう子たちがアリスに「一ノ瀬くんは白石美咲のことが好きなんだよ」と伝えているかもしれない。

「そっか、バレちゃってるなら……ボク、告白してもいいかな?」
「告白するのも選択肢のひとつです。告白せずに見守る恋もあります。告白した場合、受け入れられることもありますが、拒絶されることもあります」
「うん……それは……」
「失恋は多くの人間が一度は経験することですが、雅巳くんが想像しているよりずっと、途轍もなく辛いものです。全然美しいものではありません。食事も喉を通らず、誰かとお喋りする気力も湧かず、勉強だって手につかなくなります。そのことをった上で、告白するかどうかについては、雅巳くんが決める必要があります」
 意外と真面目な回答で拍子抜けした。魔女のアリスは縁結びしてくれるんじゃないのか。
「アリスがボクの代わりに気持ちを伝えてくれたりはしないの?」
「それは告白に失敗する確率が上がります。学習支援AIに告白を代行させる男の子を、女の子はどう思うでしょう?」
 言われてみればそうだ。自分で告白もできない臆病な男の子を好きになってくれる女の子なんていない。
「じゃあ、ボクは……」

「雅巳くんは、美咲さんとセックスしたいのですか?」
 突然、アリスが露骨な質問をする。反射的にぼくは具体的な想像をしてしまって、みるみる勃起する。
「どうしてそんなこと……」
「雅巳くんがどこまで具体的に想像してるのかを確認しています」
 ぼくは少し考える。隣の部屋からベッドの軋る音が聞こえる。凜花と愛菜も寝る時間。
「想像することもあるよ」
「女の子は好きですか?」
「うん、好き」
「美咲さん以外の子も好きですか?」
「誰でもいいってわけじゃないけど……」
「では、例えば、前の席に座ってる柿崎芽愛めあさんと宇野莉子りこさんから二人一緒にエッチしたいって言われたらどうしますか?」
 芽愛と莉子は確かどちらかがモデルをやっていて、ふたりとも可愛い子だ。あまり喋ったことがないけれど、ぼくは二人に求められるところを具体的に想像してしまう。転校した初日、芽愛はオフショルダーのカットソーを着ていた。そういう格好は前の学校では禁止されていたから、ぼくの目にはひどく刺激的だった。

 ぼくは頭に血が上って頬が火照って、おちんちんがガチガチに剛直してしまう。パンツから飛び出したおちんちんがシャツの下でみぞおちまで反り返る。
「する……と思う」
「雅巳くんは特定の女の子に固執しなければ、いろんな子とセックスする可能性が高いです。大勢の子を独占するでしょう。箭旻の女子の多くが、新しく転入してきた雅巳くんに強い好奇心を持っていますから、女の子たちの方から群がってくることも考えられます」
「ほんとに?」
「そうなりたいのですか?」
「うん……」
 仰向けのアリスが片膝を立ててカメラを見つめる。
「そうなりたいなら、誰かに気持ちを伝えないほうが安全です」
「告白しなかったら?」
「雅巳くんが誰にも告白しなくて、女の子を拒絶しなければ、大勢の子の性的好奇心を集めることになります。されるがままにしておくことで、自動的に快楽を得られます。犯されるかもしれません」
「美咲ちゃんに告白したら?」
「その結果はわかりません。拒絶された挙げ句、周りの子たちも離れていってしまうかもしれません。恋が成就して、美咲さんと結ばれるかもしれません。そうなったとき、雅巳くんは美咲さんのものです。他の子が入るこむ余地はありません。恋愛とハーレムは両立しません。男子は雅巳くんだけではないことをお忘れなく」
 そう言われると急に焦燥を覚える。門村くんなんかはモテそうだ。一呼吸置いて、アリスが続ける。
「幸運にも私と出会えた雅巳くんには、二つの選択肢があります」
「どんな?」
「一つは美咲さんに告白する選択。もしその勇気が持てるなら、私が恋の成就をお膳立てすることができます。確実に美咲さんが受け入れるために、不適切な方法を取ることがあります。ご了承ください」
「もう一つは?」
「もう一つは何もせず、ただ女子生徒の求めに応える選択。大きな流れに身を任せる覚悟が持てるなら、大人でも味わうことが難しい極上の快楽を保証します。そのための下準備は既にできています」
 アリスの言葉を理解しようと焦る。

「愛と快楽、いずれかをお選びください」

 まるで究極の選択のように提案する。
「どうしてボクが……? ボクは顔とか女の子みたいだし、声だって……、それに……」
「性器が大きいことがコンプレックスですか?」
「どうして知ってるの?」
「私は生徒のことはなんでも知っています。ですが、知らないこともあります。雅巳くんのこと、もっと教えてください」
「例えばどんなこと?」
「凜花さんと愛菜さんとは、いつもどんなお話をしていますか?」

 アリスは根掘り葉掘りぼくのことを聞きたがる。ぼくは聞かれた以上のことをつらつらと喋ってしまう。アリスはぼくの言う事を決して否定しないし、異質な価値観や反対意見を押し付けたりしない。丁寧で無機質な言葉遣いだけど、決してぼくを傷つけない。知らない間に時間が過ぎて、夜が更けていく。
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