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第3部

第30話「ルツと再会する顛末」

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 クログリー・プルドの西に老朽化した高層ビルがあって、ぼくが最初に匿われたキャンプと似たレイアウトのフロアに、二十人ばかりのルツのメンバーが集まって暮らしていた。ヴィクトールの元カレのダリオや、ドラッグ調剤師のジュリエの姿もあった。
 ジュリエはエレナからユリアの死を聞いて、ひどく落胆し、ぼくとライラに再会して泣いて喜んだ。

 いつもバラバラに好き勝手に過ごすメンバーが、その日はロビーに置かれたモニタの前に集まっていた。ANP通信が延々と臨時ニュースを流していて、映像にセクター4議会で演説するフェオドラの姿が映る。

『我々、西部解放軍は政府軍との戦いに勝利した。僻地で抵抗を続ける治安維持軍は、電脳政府の命に従い戦闘を停止、武装を解除せよ』

 一番デカいソファでふんぞり返るボリスがネオスポラの葉巻を咥えて、フェオドラの姿に見入る。ハルトが大あくびをする。ベツが鼻を掻いていて、エレナとジュリエがメアを挟んで座り、ぼくはソファの上でライラと脚を絡ませる。ハルトの隣には退院したルシアが寄り添う。

『重税と規制で我々を苦しめた政府の役人たちは、これより我々の手によって処断される。そしてセクター4は、自由民憲章をここに宣言する。電脳鍵と生殖鍵の両方を、自由民、市民問わず返還することを約束する』

 議会の半分がその演説に湧き、もう半分が揉み合いになる。銃を持ったゲリラの兵士が議場に立ち、乱闘を止めにかかる。物を投げるやつ、罵声をあびせるやつ、人を殴るやつ、議会は大混乱を来す。

「みろよ、西部解放軍はセクター5の第三エデン革命軍と合流してやがる。こりゃあ、マジでデカイ波が来るぞ」とハルトが呟く。
「ハルト、睡眠薬って捌けたっけ?」とベツが訊く。
「ユリアがフェオドラに大半譲渡したけど、ライラに渡したやつ以外は全部売り切った。あー困ったな、睡眠薬ビジネスが終わっちまうじゃねーかフェオドラ」
「フツーの電脳ドラッグで真面目に商売するしかないな」とボリス。

 電脳ドラッグだって違法なのに、真面目な商売と思っている感覚は、今のぼくには理解できる。

 * * *

 ぼくは立ち上がって、ライラと共に電磁シールドされた作業部屋に行く。電脳スキャナにモナリザの首が入ったハイバネータが接続され、ヴィクトールが端末を開いて操作する。
 ライラが増幅器の筐体に座って、ヴィクトールのナチョスを勝手に食べる。ヴィクトールがゴーグルを上げる。

「イスカリオテが三つに分かれて同士討ちを始めたぜ」
「どうやったの?」とライラが訊く。
「モナリザのアンドロイドは残り三体。お互いを偽物だって言わせて、幹部のベルダードたちを早めに殺したら戦争が始まった。エンライが提供する人工人格サービスを初めて使ってみたけど、これなかなかいいなあ、電脳さえあればどんなゾンビも蘇るぜ」
「それはつまり、人工人格でモナリザのコピー人格を三つ作って、モナリザの電脳経由で喧嘩させてるの?」
「そういうこと、わざわざ俺がモナリザの演技をしなくてもいいんだ」

 ヴィクトールがナチョスを食べる。壁際のエアリアルモニタにイスカリオテの隠れ家やガレージ、打ち合わせの風景が映る。麻薬カルテルの内情が丸見えだ。

「内紛が始まって、東部はまた新興勢力が出てきたよ。こういう連中は刈り取ってもすぐ次が生えてくる雑草みたいなもんだから、こっちに関係ない奴らは触れずにほっとくのが一番だね」
「エゼキエルは……」とぼくが呟く。
「消滅してるが、エゼキエルメンバーが新たに小さなグループを作ってるらしい。ルシアは戻る気がないようだけど」

 ヴィクトールが背もたれを倒して、開いたドアの向こうをみる。ソファの肘掛けを跨いだルシアが、親しげにハルトと話す姿がみえる。
 入院していたときから、ハルトがルシアを見舞うことが多かったけれど、知らない間に親しくなったようだ。

「リオ、お前どーすんの?」とヴィクトールが訊く。
「どーすんのって?」
「ルツに戻るの?」
「いや、レダに預けてるものがあるから、お店にもどるよ」
「そっか、お前には天職みたいなもんだからなあ」
「ときどき遊びに来るよ」

 そう言って部屋を出る。ライラが上着を羽織る。いつものボディーケージの上に睡眠薬のアンプルを巻きつけている姿は、いくら睡眠薬が裏取引の材料から外れたとしても目に毒だ。

 幾人かの男たち、女たちが酒瓶を持ち寄ってパーティを始める。自由民が権利を取り戻したという政治的な勝利よりも、何かが変わるという歴史的な変革への期待を祝う。

 ぼくの元へ、ルシアとジュリエが駆け寄る。ルシアは黒いショートパンツとグレーのタンクトップというこの界隈じゃわりと地味な格好。

「リオ、今夜パーティなんだ、泊まっていかない?」とルシアがぼくを見上げて訊く。
「今夜は予約あるから帰るよ」
「そっか、次はいつ来る?」
「来月の頭に、ベツに頼まれたフォカッチャを焼いて持ってくる」
「リオ……知ってるかもしれないけど、あたしね、ハルトと……」
「うん、知ってる」
「そっか、責めないでよ」
「どうして責めるの、よかったじゃん」

 ルシアは微笑んでぼくに抱きつく。ライラにも抱きついてキスをする。ジュリエがぼくにキスをして「今度来たときはファックしてよ」と囁く。
 アキラさんが車のなかでよくかけていたマリアッチが流れる。ぼくがエレナに手招きすると、メアを連れてついてくる。エレベータに向かうぼくをハルトが呼び止める。

「そのアンプル、邪魔だから持って行ってくれよ」と壁際に積まれたクセノフィオフィラのケースを指差す。
「あっ! これどこで?」
「ヒバリーヒルに置きっぱなしになってた。ICSはドラッグをお目溢しするんだな」
「貰っていいの?」
「いいよ、餞別だ」
「ありがとう」

 ぼくは台車にケースを積んで運び出す。積み残した一ケースを、酔っ払ったボリスが駐車場まで運んでくれる。ハルトに貰った赤い車に積み込む。

「ボリス、前のバギーは?」
「警察が持っていっちまった。今はあれだ」

 指差した先に、フロントバンパーが牙になって鎖が巻き付き、後部座席のスペースに二本の増槽を備えた左ハンドルのバギーが駐まっていた。暴力という概念を車にしたらこういうフォルムに行き着くのかもしれない。

「またツーシーターじゃん」
「人は乗せねーからいいんだよ」
「来月また来るから」
「おう、酒買ってこいよ」

 ぼくたちは車に乗り込む。助手席にライラ、後部座席にエレナとメアが座る。レダの店を行き先に選ぶ。ボリスに手を振る。雨が降り始めたバイパスに車が滑り出す。
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