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第3部
第13話「警察に保護される顛末」
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ラザレフカの警察署は、ネオスポラの煙が立ち上る薄暗い空間に机を並べただけの簡易事務所になっていた。
ぼくは椅子の一つに座り込んで、紙コップに注がれた薄い紅茶を飲む。ぼんやりと天井からぶら下がるクラシックなランプをみつめる。
パーテションの向こうを制服警官たちが歩く。頭から血を流して、破けたシャツにも返り血を浴びた男が拘束され、どこかへ連れて行かれる。隣の席で、ブロンドの髪に花かんざしを差した派手な娼婦が椅子の背もたれを抱いて、火のついていないネオスポラを咥えてぼくをみる。
「アンタ、脱走かい?」
「あ、いえ……」
「まだ子供だろ?」
「こうみえて、十八なんです」
「ふうん……童貞?」
「もし童貞だったら、タダでセックスしてくれますか?」
「……女慣れしてるね。名前は?」
「リオです」
「あたしはサーシャ」
「サーシャはどうしてここに?」
「ギリアンの店で客と寝てたら、銃持ったキチガイ共に襲われたんだ」
「奇遇ですね、ぼくも同じビルにいました」
ギリアンの店の娼婦なんか大勢いるから、顔も知らない人はたくさんいる。サーシャがネオスポラに火を点ける。手錠をかけられ、椅子に繋がれている。甘い香りを燻らせる。警官が二人近づいてくる。一人がサーシャを立たせて、どこかへ連れて行く。ぼくは呼び止める。
「サーシャ、ギリアンは?」
「知らないよ。撃たれたって聞いたけど」
サーシャは警官に連行される。ぼくの前にスーツ姿の警官が座る。タブレットを机に置く。サングラスのような黒いバイザーをかけて足を組む。ロマンスグレーの口髭をはやした初老の男。
「袴田梨央くんやね。十八歳?」
「そうです」
「通報したのは君?」
「はい」
「君、市民だよね?」
「そうです」
関西のイントネーションで質問する警官がタブレットの資料をスワイプする。ぼくは市民のままだったから、イスカリオテと銃撃戦になる前に、店が武装集団に襲われたことを量子通信で通報した。自由民の通報は無視されても、市民の通報を警察は無視できない。
「君に関する情報が、なんもないんやけど……」
「それはおかしいです」
「学習施設はどこやった?」
「大政高校です」
「あ?」
「都内の大政高校です。偏差値七十五の男子校」
「タイセーコーコー? セクター4だよね?」
「はい」
「以前はどこ住んどったか覚えてる?」
「五十年前は渋谷です、今のニムノゴ・ドリナ」
「……クスリやってんの?」
「事実しか言ってません」
「シブヤか……あーこれ、大戦前の地名やな」
「ぼくの出自は、ゲラルディーニ記念病院の人が証明してくれるかもしれません」
「なんで?」
「ゲラルディーニ記念病院で目覚めました」
「目覚めた、てなんや……」
「ハイバネートしていたそうです」
「電脳ハイバネのことかいな?」
「いえ、五十年前は電脳技術無いですよ」
関西弁の警官は腕組みして唸る。バイザーをタップして誰かと通話する。
「おい、昔バンダースナッチの女拘束したら、ハイバネートがどうこうって事件なかったか? ああそう、調べて」
「梨央くんは軍隊におったことある? ないか……」
「ないです」
「そっか、ほんならゲラルディーニ記念病院からはどうやって退院したんか覚えてる?」
「ぼくがゲラルディーニ記念病院から救出されたとき、病院はゲリラの襲撃を受けていました」
「いつ?」
「一年前です。ぼくを目覚めさせたハゲの医者が、色々知っていると思うんですが……」
警官はタブレットを叩く。
「謎の襲撃事件やな」
「ハゲの医者のことを知りたいです」
「事件になっとるから教えられへんのよ。病院の関係者、ほとんど死んどるしな」
「そうですか……」
「元院長が襲撃を生き延びとるね」
「院長ですか?」
「モーリス・ゲラルディーニ元院長、知らんのかいな」
「……どこに住んでますか?」
「警察からはなんも教えられへん」
ぼくは警官に調書を取られる。
病院で目覚めたあと、ぼくは合法的な生活を営んでいないのだから、クルグリー・プルドで男娼をやっていて、武装蜂起事件からラザレフカに移住したと話をでっち上げる。下手な男娼以上に女たちとヤりまくっていたことは事実だから、警官もあまり突っ込んで聞かない。
ラックレスの銃撃戦や、その後の指名手配の情報は残っていないのか、まったく触れてこない。ギリアンの店の屋上で撃ち合いした相手について、警察はイスカリオテとしか把握していない。
調書を取り終えるとぼくは解放されるのだけど、警官にお願いして独房に一晩泊めてもらう。もう夜だし、雨も止まないし、このまま警察署を出たら、エントランスで撃たれそうな嫌な予感がしていた。
ゲロを固めたようなサイボーグ食を貰って食べる。酔っぱらいが真夜中に大声で歌っている。独房には高い位置に二インチくらいの高さの窓がある以外はなにもなくて、リアルタイム通信は遮断されているから、ベッドに仰向けになってネットにダイブするしかない。
ぼくは椅子の一つに座り込んで、紙コップに注がれた薄い紅茶を飲む。ぼんやりと天井からぶら下がるクラシックなランプをみつめる。
パーテションの向こうを制服警官たちが歩く。頭から血を流して、破けたシャツにも返り血を浴びた男が拘束され、どこかへ連れて行かれる。隣の席で、ブロンドの髪に花かんざしを差した派手な娼婦が椅子の背もたれを抱いて、火のついていないネオスポラを咥えてぼくをみる。
「アンタ、脱走かい?」
「あ、いえ……」
「まだ子供だろ?」
「こうみえて、十八なんです」
「ふうん……童貞?」
「もし童貞だったら、タダでセックスしてくれますか?」
「……女慣れしてるね。名前は?」
「リオです」
「あたしはサーシャ」
「サーシャはどうしてここに?」
「ギリアンの店で客と寝てたら、銃持ったキチガイ共に襲われたんだ」
「奇遇ですね、ぼくも同じビルにいました」
ギリアンの店の娼婦なんか大勢いるから、顔も知らない人はたくさんいる。サーシャがネオスポラに火を点ける。手錠をかけられ、椅子に繋がれている。甘い香りを燻らせる。警官が二人近づいてくる。一人がサーシャを立たせて、どこかへ連れて行く。ぼくは呼び止める。
「サーシャ、ギリアンは?」
「知らないよ。撃たれたって聞いたけど」
サーシャは警官に連行される。ぼくの前にスーツ姿の警官が座る。タブレットを机に置く。サングラスのような黒いバイザーをかけて足を組む。ロマンスグレーの口髭をはやした初老の男。
「袴田梨央くんやね。十八歳?」
「そうです」
「通報したのは君?」
「はい」
「君、市民だよね?」
「そうです」
関西のイントネーションで質問する警官がタブレットの資料をスワイプする。ぼくは市民のままだったから、イスカリオテと銃撃戦になる前に、店が武装集団に襲われたことを量子通信で通報した。自由民の通報は無視されても、市民の通報を警察は無視できない。
「君に関する情報が、なんもないんやけど……」
「それはおかしいです」
「学習施設はどこやった?」
「大政高校です」
「あ?」
「都内の大政高校です。偏差値七十五の男子校」
「タイセーコーコー? セクター4だよね?」
「はい」
「以前はどこ住んどったか覚えてる?」
「五十年前は渋谷です、今のニムノゴ・ドリナ」
「……クスリやってんの?」
「事実しか言ってません」
「シブヤか……あーこれ、大戦前の地名やな」
「ぼくの出自は、ゲラルディーニ記念病院の人が証明してくれるかもしれません」
「なんで?」
「ゲラルディーニ記念病院で目覚めました」
「目覚めた、てなんや……」
「ハイバネートしていたそうです」
「電脳ハイバネのことかいな?」
「いえ、五十年前は電脳技術無いですよ」
関西弁の警官は腕組みして唸る。バイザーをタップして誰かと通話する。
「おい、昔バンダースナッチの女拘束したら、ハイバネートがどうこうって事件なかったか? ああそう、調べて」
「梨央くんは軍隊におったことある? ないか……」
「ないです」
「そっか、ほんならゲラルディーニ記念病院からはどうやって退院したんか覚えてる?」
「ぼくがゲラルディーニ記念病院から救出されたとき、病院はゲリラの襲撃を受けていました」
「いつ?」
「一年前です。ぼくを目覚めさせたハゲの医者が、色々知っていると思うんですが……」
警官はタブレットを叩く。
「謎の襲撃事件やな」
「ハゲの医者のことを知りたいです」
「事件になっとるから教えられへんのよ。病院の関係者、ほとんど死んどるしな」
「そうですか……」
「元院長が襲撃を生き延びとるね」
「院長ですか?」
「モーリス・ゲラルディーニ元院長、知らんのかいな」
「……どこに住んでますか?」
「警察からはなんも教えられへん」
ぼくは警官に調書を取られる。
病院で目覚めたあと、ぼくは合法的な生活を営んでいないのだから、クルグリー・プルドで男娼をやっていて、武装蜂起事件からラザレフカに移住したと話をでっち上げる。下手な男娼以上に女たちとヤりまくっていたことは事実だから、警官もあまり突っ込んで聞かない。
ラックレスの銃撃戦や、その後の指名手配の情報は残っていないのか、まったく触れてこない。ギリアンの店の屋上で撃ち合いした相手について、警察はイスカリオテとしか把握していない。
調書を取り終えるとぼくは解放されるのだけど、警官にお願いして独房に一晩泊めてもらう。もう夜だし、雨も止まないし、このまま警察署を出たら、エントランスで撃たれそうな嫌な予感がしていた。
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