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第2部
第4話「ユタニとダミー取引を交わす顛末」
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アキハバラの北端、『ラックレス』というクラブの前で、ぼくとサチはセキュリティからボディチェックを受ける。ベツと同じくらいの大男からハンドセンサーをかざされて、靴底までスキャンされる。
十一月だというのに、サチは服装が変わらない。乳房をやっと隠すくらいのスポーツブラにローライズのビキニパンツ。ぼくはコートを羽織っているから、寒さはそれほど感じない。
ディストーションバスドラムの割れた爆音に縦に揺れるダンスホールの脇を通って、純白のシャツに黒い蝶ネクタイを締めて髪をバッキバキに固めた中東系の給仕に奥へ案内される。
銃を持ったセキュリティが立つ扉を三つ通過すると、赤いソファに座って、葉巻を吹かしながら女を侍らせた初老の男が、モニタに映るフットボールを観戦していた。
「こちらへ」
給仕がソファを勧める。給仕の手の甲に盾を貫通する鉾のタトゥーがみえる。カルテルとしてのユタニのロゴマークだ。
ぼくはサチと並んで座る。サチは足を組んで、ネオスポラを咥える。給仕に目配せすると、給仕はサチの煙草に火をつける。煙を吹く。赤いユニフォームのチームが反則を取られると、男は「えーくそ」とつぶやいてモニタにマドラーを投げつける。
「今年もバーバランドは決勝に出られないな」
「東部なのにバーバランドファンなの?」
「今日までな」
「睡眠薬、ケース売りしてるって聞いたけど」
「売人には卸してるが、自分で使うならバラで買ってくれ。返品はきかないぞ」
「大丈夫、西部で売るから」
「取引経験はあるか?」
「何度も」
「なら細かい説明はいらないな。ケースなら一アンプル七千、キャッシュで一括払い、ローンは無し」
「みせてくれる?」
男が給仕に手を挙げると、部屋を出ていく。しばらくして、乳房を露出してニットマスクを被った女が白いアンプルケースを抱えて現れる。
乳首に吸い付く魚のアクセサリを震わせ、ジュエリーが光る股間のカップを揺らして歩き、ケースをテーブルにのせる。開く。ぼくはアンプルを一本手にとって、教わったとおりに検査器に射し込む。メーターが閾値をクリアして緑色に光る。アンプルを戻す。
「良い品ね、買うわ」
サチが有線ケーブルをニットマスクの女に差し出す。ニットマスクの女はケーブルを中継機に接続し、男と決済する。七十万クレジットが一瞬で動く。ケーブルを切る。男が立ち上がってサチと握手する。ぼくとも握手する。
「私がユタニ・シュウレイだ」と男が言う。
「アタシはサチ、この子は助手のリオよ。よろしく」
「グループかね?」
「個人商よ」
「西部の販売網が開拓できるなら、バルクのアンプルはもっと用意できる。自信あるか?」
「実績はあるわ。アタシたち、西部ゲリラに顔が利くの」
「あのへんは東部と違って複雑だ、ヨブやルツみたいな連中もいるだろう」
「西部はあんまり喧嘩しないの、仲良く商売しないとね」
「いいところだな、東部はどいつもこいつも喧嘩腰だ」
「それに、ヨブって電脳ドラッグ専門よ」
「そうだったかな」
「抗争で片付いちゃったみたいだけど」
「ルツは? ラザレフカのハルトが頭をやってるチンピラどもだったかな」
「知らないわ、絡んだことないから」
「西部の良い情報があれば金を払っても良い。色々教えてくれないか」
「金はいいわ、お酒奢ってくれる?」
シュウレイがニットマスクの女に耳打ちする。女が頷く。
「VIPルームの用意がある。薄めてない酒が出せるが、楽しんでいくかね?」
「ありがとう、案内して」
サチがどうしてここまで高慢ちきに振る舞えるのかわからないけど、ただの売人なのにとても頼もしくみえる。ニットマスクの女がぼくたちを案内する。
十一月だというのに、サチは服装が変わらない。乳房をやっと隠すくらいのスポーツブラにローライズのビキニパンツ。ぼくはコートを羽織っているから、寒さはそれほど感じない。
ディストーションバスドラムの割れた爆音に縦に揺れるダンスホールの脇を通って、純白のシャツに黒い蝶ネクタイを締めて髪をバッキバキに固めた中東系の給仕に奥へ案内される。
銃を持ったセキュリティが立つ扉を三つ通過すると、赤いソファに座って、葉巻を吹かしながら女を侍らせた初老の男が、モニタに映るフットボールを観戦していた。
「こちらへ」
給仕がソファを勧める。給仕の手の甲に盾を貫通する鉾のタトゥーがみえる。カルテルとしてのユタニのロゴマークだ。
ぼくはサチと並んで座る。サチは足を組んで、ネオスポラを咥える。給仕に目配せすると、給仕はサチの煙草に火をつける。煙を吹く。赤いユニフォームのチームが反則を取られると、男は「えーくそ」とつぶやいてモニタにマドラーを投げつける。
「今年もバーバランドは決勝に出られないな」
「東部なのにバーバランドファンなの?」
「今日までな」
「睡眠薬、ケース売りしてるって聞いたけど」
「売人には卸してるが、自分で使うならバラで買ってくれ。返品はきかないぞ」
「大丈夫、西部で売るから」
「取引経験はあるか?」
「何度も」
「なら細かい説明はいらないな。ケースなら一アンプル七千、キャッシュで一括払い、ローンは無し」
「みせてくれる?」
男が給仕に手を挙げると、部屋を出ていく。しばらくして、乳房を露出してニットマスクを被った女が白いアンプルケースを抱えて現れる。
乳首に吸い付く魚のアクセサリを震わせ、ジュエリーが光る股間のカップを揺らして歩き、ケースをテーブルにのせる。開く。ぼくはアンプルを一本手にとって、教わったとおりに検査器に射し込む。メーターが閾値をクリアして緑色に光る。アンプルを戻す。
「良い品ね、買うわ」
サチが有線ケーブルをニットマスクの女に差し出す。ニットマスクの女はケーブルを中継機に接続し、男と決済する。七十万クレジットが一瞬で動く。ケーブルを切る。男が立ち上がってサチと握手する。ぼくとも握手する。
「私がユタニ・シュウレイだ」と男が言う。
「アタシはサチ、この子は助手のリオよ。よろしく」
「グループかね?」
「個人商よ」
「西部の販売網が開拓できるなら、バルクのアンプルはもっと用意できる。自信あるか?」
「実績はあるわ。アタシたち、西部ゲリラに顔が利くの」
「あのへんは東部と違って複雑だ、ヨブやルツみたいな連中もいるだろう」
「西部はあんまり喧嘩しないの、仲良く商売しないとね」
「いいところだな、東部はどいつもこいつも喧嘩腰だ」
「それに、ヨブって電脳ドラッグ専門よ」
「そうだったかな」
「抗争で片付いちゃったみたいだけど」
「ルツは? ラザレフカのハルトが頭をやってるチンピラどもだったかな」
「知らないわ、絡んだことないから」
「西部の良い情報があれば金を払っても良い。色々教えてくれないか」
「金はいいわ、お酒奢ってくれる?」
シュウレイがニットマスクの女に耳打ちする。女が頷く。
「VIPルームの用意がある。薄めてない酒が出せるが、楽しんでいくかね?」
「ありがとう、案内して」
サチがどうしてここまで高慢ちきに振る舞えるのかわからないけど、ただの売人なのにとても頼もしくみえる。ニットマスクの女がぼくたちを案内する。
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