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第1部

第10話「仮想人格を尋問する顛末」

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 ぼくたちはひたすら無言で走った。

 入ったところではなく、別の通路を通って、ハシゴを何度も上り下りし、錆びた螺旋階段を下り、広い通風孔から建物の外に出たとき、そこは発電施設で、非常階段を駆け下りたところにアキラが待っていた。
 車に乗り込むと、すぐに空中のバイパスへ上昇する。車の流れに乗ると、ぼくはようやくバイザーを脱いで、天井を仰いで深くため息をつく。

「おつかれ、リオ、あんた結構肝座ってンじゃん」
 サチがぼくを労う。
「みつかっちゃいましたね」
「いいんだよ、筐体きょうたいゲットできたんだし」

 そう言って、サチは真ん中のシートに固定したレピタのツルツルの頭を撫でる。頭にキスをする。口紅の痕がつく。

「この子、髪がないね。ウィッグ被せなきゃ」
「これって、どうするんですか?」
「セクサロイドだよ、決まってるじゃん」
「……セックスするんですか?」

 ハルトが振り返って言う。

「尋問するの」

 * * *

 ラウンジの柱に裸のままロープで緊縛されたレピタがぶら下がり、サチがプラチナのウィッグを被せる。
 首筋から伸びたケーブルの先に黒いコンソールが繋がり、ドレッドヘアのヴィクトールがキーを叩く。コンソールの画面に浮かぶ青白い文字列が、ヴィクトールのゴーグルに反射する。

「ハルト、デプロイ終わったけど、起動する?」とヴィクトール。
「オフラインでね」

 ヴィクトールが起動コマンドを打ち込む。
 すべてが電脳で片付く異世界で、キーを打つ行為はなんだかとても古風に見える。ふと、自分のノートパソコンのことを思い出す。ヴィクトールの端末のキー配列はぼくの覚えているパソコンのキー配列に似ているけど、少し違う。

 レピタが瞼を開いて顔をあげる。吐息が聞こえそう。CGみたいな滑らかな動きのアンドロイドを想像していたのに、レピタはまるで生きた人間のように不確かでブレた動きで周囲を見渡す。
 ぼくたちをみつけて、表情に不安が滲む。呼吸が乱れる。

「お金も、クスリも持ってないわ」

 レピタが喋る。幼い声。サチが金属の電極でレピタの左右の乳首を挟む。
 スイッチを入れると、レピタは絶叫してガクガク震える。エレナとユリアの絶頂を思い出す。スイッチを切るとレピタは項垂れる。

「名前」とハルトが聞く。
「カワウチ……」とレピタが答える。
「部署は?」
「電脳薬剤部」
「職位は?」
「品質保証官」

 ぼくはヴィクトールの隣に座る。コンソールを覗き込む。
 救急箱みたいな無骨なボックスの蓋の裏側にモニタがついていて、ぼくの世界で流行っていたダークモードみたいなコンソール画面に、ジラジラしたひじきのような文字が流れていく。

「ねえ、ヴィクトール、これって……なに?」

 ぼくはハルトの尋問を指差す。ヴィクトールはモニタを見つめたまま答える。

「カワウチ・レイリって研究者の電脳バックアップを、セクサロイドの人工脳で再生してんの。データは半年前のだけど、睡眠薬のこと、知ってるはずだぜ」
「拷問みたいだよ」
「電脳データってのは、再生すると生きてる人間と変わんねーから、苦痛や恐怖を与えて喋らせるんだよ」

 サチが再び電極のスイッチを入れる。レピタが関節の可動限界まで仰け反って、うめき声をあげる。
 電気が走るブツブツ、という不吉な音が響き、腹部の人工皮膚が伝線したストッキングのようにパリパリと割れて口を開く。被せたウィッグが溶けてチリチリになる。
 あまりの残酷さに目を逸らす。ヴィクトールがぼくを覗き込む。

「なに? こういうの初めて? もしかしてヤワなハートが痛むの?」
「うん……なんだか、かわいそう」
「ハハッ、これ、バイナリーデータだぜ。あの人形もカーボンでできたブルジョワのお人形」
「わかってるけど……」
「あんまりお人形に同情すると、ロボット人権派みたいな救済テロリストになっちゃうぜ」

 サチがスイッチを切る。レピタはがっくり項垂れて動かなくなる。ハルトがホースで水をかける。レピタは頭を起こして放水に顔を背ける、もがく、咳き込む。水を止める。

「工場から、薬品を持ち出すことがあります」
「睡眠薬?」
「はい。毎月月初に……、棚卸しで発生した不足分を充当するために、工場から、コクーンに……ケースを運搬します」
「それ、何時頃?」
「早朝、定時前」
「九時ぐらい?」
「八時」
「車は?」
「知らない」
「サチ、通電」
「待って! やめて!」
「じゃあ、車は?」
「ボルツァの白のボックスカー、会社のロゴが入ってる」
「警備は?」
「みたことない」
「オーケー、ヴィクトール、落として」

 ヴィクトールがキーを叩くとレピタは力を失って動かなくなる。物体に戻る。
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