上 下
36 / 36
エピローグ

小春

しおりを挟む
 広いコンサートホールに入り、小春は胸に手を当てて一呼吸する。

 柊から教えてもらった席に座って俯いた。これで大丈夫だろうか。小春は桜色のフォーマルなドレスに白色のパンプスを着ていた。

 しばらくするとバイオリンの演奏会が始まった。最初は緊張していた小春だったが、元々クラシック音楽は勉強中によく聴いていたので好きなので、気づけば夢中で聴いていた。昔、ホールの後ろで聴いていたのがもったいないくらいだ。それに前の席にいると、小春の視界はほとんどがステージで占められていて集中できる。

 開演してから一時間ほど経つと、知った顔がステージに立ち、客席に頭を下げた。

 ――あ。

 柊はバイオリンを構えると、一瞬だけ小春を見て目元を緩めた。表情はすぐに戻り、とうとう演奏が始まった。明るく華やかなのに繊細な音が響く。歌うように滑らかな音色に小春は耳を傾けた。もう胸がざわつくことはない。ステージで輝く柊を見ても、心細さや切なさは訪れなかった。

 元々、柊はもう演奏会に参加するつもりはなかった。小さい頃に習ってはいたが、高校に入ってからは趣味で弾く程度だと言う。なので知り合いから数合わせで出て欲しいと言われても、柊は断るはずだった。小春がポツリと、誘ってもらった演奏会に遠慮しないでちゃんと席に座って聴いたらよかったと言うまでは――。

 曲は徐々に力強さを増していく。胸に火花が散ったような熱が込み上げた。その音色に小春は心をとらわれ、聴きほうけた。




 ホールを出ると、ロビーは様々な人がいた。小春は受付で預かってもらっていた花束を受け取り、柊の姿を探す。女性のドレスと違って、男性は黒い服装ばかりなので見つけるのが難しい。

 小春は花束を抱えて、人波をかき分けて歩く。

 そうしてようやく、柊の姿が見えた。

 柊は燕尾服を着た男性と話している。小春はこのまま近づいていいのか躊躇いそうになったが、構わず進む。

 すると、何故か柊が顔を上げた。

 どうして気づいたのだろう。

 すぐに柊と目が合い、小春は頬が赤くなった。できることなら、もうすこし近くに来てから気づいて欲しかったのだ。こんな風に、人波に翻弄されながら進む姿を見られたくはなかったのに。

 ――格好がつかないなぁ。

 突然、何でも無駄なく行動できるわけもなかった。

 これはこれで小春らしいのかもしれない。

 小春は照れたように笑いながら、柊の元まで歩いた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】望まれて鬼の辺境伯に嫁いだはずなのですが、愛されていないようなので別れたい

大森 樹
恋愛
伯爵家令嬢のクリスティンは王命で、ある男に嫁ぐことになった。その相手は十歳も年上でまともに話したこともない『鬼』と恐れられている辺境伯エルベルトだった。 向こうが私を望んだと聞いたけれど、怖い顔で睨まれるし無視される。夫婦生活もなく……愛されているとは思えないので別れたい。 しかし、彼は私に伝えたいことがあるようで!? 二人がすれ違いながらも、少しずつ本物の夫婦になっていくお話です。 ハッピーエンド、完結は確約します。 ※念のためR-18設定にしています。物語後半のみですので、ご了承ください。 ★恋愛小説大賞に応募しております。応援していただけると嬉しいです。

家族から虐げられるよくある令嬢転生だと思ったら

甘糖むい
恋愛
目覚めた時、ヒロインをめぐってエルヴィン王子とソレイユ辺境伯が織りなす三角関係が話題の新作小説『私だけが知っている物語』の世界に、エルシャールとして転生してしまっていた紘子。 読破した世界に転生した―ーそう思っていたのに原作にはなかった4年前から話しは始まってしまい…… ※8/2 内容を改変いたしました。変更内容並びに詳細は近状ボードをご覧ください。

ある雪の日の別れ

由香
恋愛
短編なので話は短めです。 BL要素ありなので苦手な方はご注意下さい。 ※もし文章におかしなところがあれば教えて下さい。

貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

皇 翼
恋愛
愛している。彼が私に贈るその言葉は、いつでも私に向いていなかった。 その瞳は私の中の誰を追っているの?縋るようなその腕は、その優しい声は本当は誰に向けられるはずだったものなの?彼の行動に疑問を持てば持つほどに、心は鉛のように重くなっていく――。 だから今日、私は彼に別れを告げる。 私も彼も、前を向いて歩くために。これが正しい事だと思っている……思っていた。 *** ・R18は保険です。必ずその展開に行きつくとは限りませんので、ご了承ください。 ・またR18部分がある場合、タイトルに★をつけておくので、18歳以下の方は閲覧しないでください。よろしくお願いいたします。 ・以前書いていたものを3人称から1人称に変更したものです。

リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ
恋愛
──意地っ張りで不器用な私の想いに気づいて。 私には動物たちの声が聞こえる。 今日も救いを求めてやってきた動物たちの怪我や病気におまじないを掛けて治してあげる。 「痛いの痛いの飛んでゆけ」 おまじない1つで皆元気になるんだ。 ドキドキしながら入学した魔法魔術学校で、私は彼と出会った。 動物たちは素直に心を伝えてくれるのに、あなたは何を考えてるかまるで分からない。 ──ねぇ、私の心に気づいているの? ◇◆◇ 拙作、太陽のデイジーの数年後の話。 前作と今作の登場人物たちはあまり関係ありません。 前作を読まなくても楽しめるように描いておりますが、太陽のデイジーをお読みくださったほうが世界観がわかりやすいかと思います。 無断転載転用禁止。 Do not repost.

処理中です...