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第四章 あなたと友達になれない

のんきにパスタとか食べている(1)

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 小春は柊と友達をやめてから一週間が経過しその間、憂鬱なことが多くあった。

 だが前日あまり眠れなかったのは、別の理由だ。

「あ、あの、こ……こんにちは……戸塚さんで合ってますよね?」

 その日、小春は戸塚明音と会う予定があったのだ。小春は緊張のあまり、蚊の鳴くような声になる。
 無理もない話だ。明音は元芸能人で、小春と同じ大学に通っていた女性だった。今まで話したことはなく、ただホワスタでいいねをもらうだけの仲だ。

 小春は明音を遠くから見たことしかなかったが、近くで見ると顔が小さい。記憶にある明音よりも、人相が変わったような気がするのは隈のせいだろうか。黒色のベレー帽を被り、服はゼブラ柄のシャツにデニムパンツ。格好いいスタイルだった。

 それに比べ、小春はアイボリー色のブラウスにチェック柄のコルセットフレアスカートだ。明音と並ぶと幼く見えてしまいそうで、小春は恐縮する。もっと別の服を着ればよかった。手首には柊からもらったブレスレットを身につけているが、これで大人っぽくなるわけでもない。厚底のサンダルを履いても、明音の方が身長は高かった。

「古川さんだ。こんにちは」

 明音は小春を見ると嬉しそうに表情を崩し、スマホをショルダーバッグにしまった。

 それだけで小春は「ひぇ」と声が出そうになる。

 小さい頃、テレビで見た人物が自分の名字を呼んで挨拶を返してくれたのだ。反射的に小春はもう一度「こんにちは」と言いそうになるのを堪えた。また言ってどうする。

「ごめんね。突然、呼び出して」
「いいえ。同じ大学に通っていたことを覚えてくれたことに驚きましたけど、えっとお話って何ですか」

 両肩がガチガチに堅くなった状態で小春は明音に話しかける。その分かりやすい反応に、明音は小さく笑った。

「それより、お腹空いてない? ここで話していても仕方ないし」
「あ、そうですよね。すみません」

 待ち合わせをしていた場所は駅前だった。今も人が多く、喋る場所には不向きだろう。

「謝らなくてもいいのに。そうだ、近くにカフェがあるからそこに行こうか。古川さんほど詳しくはないけど、新しいところだから行ったことはないかも」
「はい……!」

 返事以外の言葉が出なくて、小春はすでに帰りたくなっていた。「はい」って何だ。もっと言葉はなかったのか。体育会系の部活の後輩みたいな返事になった。

 いつまで経っても変わらない自分に、小春は悲しくなる。

 仕事の時は何を喋るのか決まっており、基本的には年上と会話をすることが多い。その場合、相手からそれとなく会話がしやすいように話題を振ってくれるので、困ることはなかった。

 だが同い年で、あまり接点がない状態での会話となると、小春はどうしても空回りしてしまう。さらに相手は憧れていた人と言ってもいい。失敗しないようにしなければ、と余計に気負ってしまうのだ。

 ……ちなみに柊に対してはそういう感情になったことはない。親しくなる前に、柊からちょっかいをかけられたり意地悪をされたりしたからだろう。最初は仲良くなりたいなんて思わなかったせいか、変に気負うこともなかったのだ。

 明音に案内されて訪れた店はまるで温室のようなカフェだった。コーヒーの香りと焼きたてのパンの匂い、そして草木の香りがする。

「綺麗……」

 そこにいるだけで、心が安らぐ空間だった。

「ここね、パンとパスタのお店なんだけど、コーヒーも美味しいみたい」
「そうなんですね」

 半個室の席に案内され、小春はメニューを確認する。

 外食は一週間ぶりだった。いつもは精神的につらいことがあれば気晴らしにカフェでご飯を食べていたのに、今週は一度も行っていない。カフェに行く気分にすらなれなかったからだ。

 パスタを頼めば焼きたてのパンが二個選べるらしく、小春は濃厚チーズのカルボナーラを注文する。明音は季節の野菜を使ったペペロンチーノを注文していた。

「それにしても、古川さんが私のことを知っていたなんて驚いたわ」
「そうですか? 私、小さい頃はよくテレビを見ていて……戸塚さんが出ていたドラマもCMも好きでした」
「へ、え……」

 明音の頬がピクリと動く。けれど小春は緊張し、俯いてしまっていたせいで気づかなかった。

「それに比べて私は目立っていなかったと思うんですけど……」
「そう? 私は入学した時から、覚えていたけど」
「えっ」
「大学の入学式に、どこから入っていいのか分からなかったのか挙動が不審になっていたのを見かけたけど。周りの人が歩く通りに進めばいいのに、ちょっと不安そうにきょろきょろしてた。たぶん、古川さんだと思うんだけど」
「あ……あ……えっと……たぶん、私ですね……」

 小春は顔が真っ赤になり、さらに羞恥のあまり目に涙まで浮かんでしまう。

「わ、私も別に不安にならなくてもいいんじゃないかって思ったんです。でも……その日、大学の入学式に遅れないようにって早めに電車に乗ったんです。駅を出てから方角が分からなくて迷っている時に、同じようにスーツ姿の集団が歩いていたので、きっとこの人たちも大学生だって思ったんですよ。それでついて行ったら、大学じゃなくて知らない会社の前に来てしまって……その後どうにか大学にたどり着けたんですけど、また同じことが起こるんじゃないかって怖くて」

 言い訳を口にしていると、小春はさらに恥ずかしくなった。憧れている人物に、自ら恥をさらしていないだろうか。

 小春は話すべきではないことに限って、どうしてぺらぺらと喋ってしまうのだろうと遠い目になる。それでも明音は馬鹿にするでもなく、楽しそうに笑ってくれるのできっとこれでよかったのだろうと自身に言い聞かせた。

 そうして雑談をしているうちに、テーブルには料理が運ばれた。店員はパンをいくつも載せたバスケットトレーを持ち、どれがいいか聞いてくる。種類はいくつもあった。その中から小春はクロワッサンと丸パンを選ぶ。明音も同じものを選び、「そうだ」と言ってショルダーバッグからスマホを取り出した。

「ねえ、写真を撮ってもいい?」
「は、はい、どうぞ」

 小春は私もパスタとパンの写真を撮ろうかな、と鞄の中を探る。

「じゃあ古川さんもポーズ取って」
「え」

 顔を上げると、明音は小春を背に向けてスマホを構えていた。画面には小春も映っているらしい。

 ――そ、そっち!?

 まさかのツーショットである。恐れ多い。あまりに、恐れ多い。というより、小春は撮られる側に回ることはほとんどなかった。写真なんて、学校行事の集合写真くらいだ。プライベートでの写真はどうすればいいのだろう。明音と同じようにピースサインでも作っておくのが無難だろうか。

 けれど心のどこかでは自分なんかが同じ写真に写るなどおこがましいと思っていた。

 よって小春は両手をあげてピースなのか降参なのかよく分からないポーズとなり、表情もうまく作れないまま、無慈悲にもシャッター音が切られたのだった。
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