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武器と商人と傭兵と

全了戦 1

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 イグトーナが十分に離れたことを見て、獣集団は吠えながら突撃を敢行した。
 
「進めぇーー!!!!」
「ゼイクの首を取れっ!!!」
「【繋ぎ手】の全ては全部俺のもんだーーー!!!」
「お前らのせいで俺達はっ!!」
「この俺の剣でズタズタにしてやるっ!!」
「あの子の前で赤っ恥掻かせやがってっ!!」
「絶対に殺すっ!!!!」
「死に晒せっ!!!」
 
 恨み、妬み、怒り、それらを染み込ませた怒号を響き渡らせながら【繋ぎ手】の方へと獣達が雪崩れ込んでいった。
 その数、獣集団のほぼ全てと言っても良い450程度。その突撃の激しさは軍馬を思わせる地響きを周囲に上げていった。
 
 対する【繋ぎ手】は落ち着いていた。
 11名の大盾をもった者達が等間隔に並んでいた。その中心に居るのは副団長のニグロだ。
 
「壁隊、構えっ!!」
 
 地響きを物ともせず、声を張り上げるニグロの指示で屈強な男達が自身を覆い隠す程の幅の広い盾を構えた。
 
ドン、ドン、ドンと音を立てて、地面に突き刺していった。
 獣集団が眼前に迫ったとき、ニグロが更に声を張り上げた。
 
「『不動不貫』っ!!」
 
 等間隔で突き刺された盾の間にあった隙間が鈍色に光る壁で埋められ、更には高さが大盾の3倍程になった壁が完成した。
 唐突に現れた巨壁に先頭を走っていた傭兵達は戸惑うものの、後ろから迫る味方の気配に足を止めることが出来ずに突っ込んでいく。
 
「構うなっ!!突っ込めっ!!ぶちかませっ!!」
 
 各々、手に持つ武器を巨壁へ加速したまま打ちつけた。
 長剣を、槍を、槌を、大剣を。
 そのどれもが巨壁を壊し貫くことが出来ず、後続の傭兵達に追突され、下敷きにされてしまう。
 
「先走りやがってバカ共が。」
 
 血気に逸る先頭集団とは別に中盤から後方の傭兵達は冷静に機会を窺っていた。その中でも風格のある赤茶色の髪を纏めた細身の男が指示を出した。
 
「お前ら、先頭のアホ共は放っておけっ!!あの壁の向こうに矢と魔法をぶち込んでやれっ!!」
 
 手に持った剣で壁の方を指し示すと最後方に居た100人ほどの傭兵が準備し始めた。そして、最後方より10m程前に歩みを進めた長い杖や短い杖を持った傭兵は聞き慣れない言葉を呟き始め、手に弓を持った者は矢を番えていった。
 
「弓を持った連中、構えろっ!!絶え間なく打ち続けてやれっ!!」
 
 弦を引き、軋む音が幾重にも聞こえてくる。
 
「放てーー!!」
 
 上空を矢が線となって駆けていく。そして、巨壁を超えようと迫った瞬間、突風が悉く矢を打ち落とし、巨壁を討ち崩さんと攻撃を繰り返している傭兵達に突き刺さっていく。
 
 思ってもみない頭上からの不意打ちに反応できず、次々と矢が刺さっていく前線の傭兵達はその痛み呻く者や当たり所が悪く崩折れる者が続出した。
 しかも、矢は止まることなく降り続いている。最後方からでは前線の状況が分からないためだ。起伏のない平原が【繋ぎ手】に味方した。
 
 
「阿呆供め。同士討ちを始めやがった。これは楽できていいな。」
 
巨壁の上に向けて手をかざしていたカルセルアが軽口を叩いていた。
 
「だなぁ。まぁ、ニグロ達のスキルにカルセルア達の魔法でここまで楽できて俺達は良いけどな。正直、拍子抜けだな。」
 
 ゼイクは肩を竦めて、両手を上にすると、周りにいた【繋ぎ手】の傭兵達は声を上げて笑った。それを見たカルセルアは苦笑して答える。
 
「それはニグロも同じだろうな。表情こそ分からないが、がっかりしているように見えるぞ。」
 
 ニグロを始め壁隊の面々は一向に破られる気配を感じれず、肩を落としていた。先頭で武器を一心不乱に振り下ろしている傭兵達は破れない壁に苛立ち、突き刺さった矢の痛み共にも怒りを滲ませて更に激しく打ちまくった。
 
「おっと、怠けてはいかんな。仕事をしないと。」
 
 カルセルアは目を瞑った。
 
「空に舞う風よ
 汝らを斬り裂く悪意
 その悉くを全て大地に返せ
 
 『振り打つ風』」
 
 カルセルアの声が響くと彼女の周りが光り始め、緑色の粒子が上へと舞い上がっていった。
 その粒子達が消えると同時に巨壁の上から再び突風が地面へと向かって吹き降ろされる。
 射掛けられた矢の全てが弾き飛ばされ、先頭やその付近に居た傭兵達に降り注ぐ。
 
 最後方で射掛けていた傭兵の中で背の高い男が状況を確認しようと目を凝らして前線を見やった。
 その男が見たのは煌めく線が傭兵達に降り注いでいる光景だった。その男は慌てて声を張り上げる。
 
「打つなっ!!止めろっ!!矢が撃ち落とされて、前線の奴らに当たってるぞっ!!」
 
「なんだとっ!!」
「俺の矢がこれぐらいの距離で撃ち落とされる訳がねぇ!!」
「バカな・・・。」
「そうだぞ、そんな事があるわけがねぇっ!!」
 
 次々に射掛けた傭兵達が叫ぶが時、既に遅し。
 全了戦が開始されて僅かな時間しか流れていないにも関わらず、巨壁の前には無数の屍が転がっていた。
 
「クソがっ!!魔法を使える奴は放てっ!!前線は全滅だかまうことはねぇ!!」
 
 今度は薄汚れた薄い緑色の髪の男が声を荒げた。
 最後方の騒ぎが気にかかり、しきりに前方を指している光景が見えた。男が前方を注視すると前線が崩壊していた。
 荒げた声が呼び水となったのか、次々と小さな粒が舞い上がる。
 しかし、そのどれもがカルセルアが放った光よりも弱かった。
 様々な色をした粒子が消え、その直後、火の塊や水の塊、岩の塊や風の塊が巨壁へと直進した。
 30以上もの塊が繰り出され、激しい音と爆発が土煙を舞い上がらせた。無数の屍がその衝撃で吹き飛んでいく。
 
「良しっ!!」
 
 薄緑の髪の男は手応えを感じ、拳を握り締めた。
 しかし、土煙が晴れていくとそこには傷一つない巨壁が存在していた。陽の光を受け、照らし出された壁に魔法を打った者達は絶望を感じ始めた。
 
「嘘だろ。あんなに魔法を打ち込んだのに・・・。」
「どうやったら、壊せるんだよ・・・。」
「矢は超えられない、武器や魔法でもダメだなんて・・・。」
「アイツらには勝てないのかよ・・・。」
 
 弱音を吐く傭兵達を余所に薄緑の男は檄を飛ばした。
 
「俺がやる!!もう1回、合わせろっ!!」
 
 魔法を打った傭兵達はもう一度、杖を握り締めて言葉を紡ぎ始めた。そして、檄を飛ばした男は他の傭兵と一線を画す量の粒子を生み出した。
 
「火よ
 炎よ
 遮る物をその爆発をもって
 その悉くを破壊せしめろ
 
 『爆散の炎玉』」
 
 1m程の紅く熱い大玉が薄緑の男の頭上に現れた。
 それを見た他の傭兵達が息を飲み、先程よりも多量の粒子を生み出し始めた。薄緑の男もその光景を汗を流しながら確認すると口角を上げて薄ら笑いを浮かべる。
 
「行くぞっ!放てーー!!」
 
 その大玉に寄り添うように様々な球体や槍や礫が勇んで飛んでいく。そして、巨壁にぶち当たると先程は比べものにならない轟音が木霊した。
 先程の土煙よりも濃いものが辺りに拡がっていく。僅かに生き残った者達の止めにもなった。
 
 
「そろそろ、打ち止めか?じゃあ、お前ら準備しろ。お待ちかねの時間だっ!!」
 
 巨壁は何事も起きてはいないと言わんばかりに無事だった。その内側に居る者達も当然のように傷一つなかった。
 そして、その土煙を見たゼイクは団員達に戦闘準備を促した。
 
「ニグロ、お疲れさん!カルセルアもな!でも、本番はこれからだからな!」
 
『不動不貫』を使っていたニグロが他の壁隊に維持を任せて戻ってきた。その顔には少し汗が浮かんでいるが、息は切れていなかった。
 
「分かっている。心配は要らない。多少、疲弊はしたがな。」
 
「こちらもだ、団長。まだ余力はあるし、魔法も使える。」
 
「了解だ!それじゃあ、この土煙に乗じて突っ込むぞ。」
 
 カルセルアは矢を防ぐために何度か魔法を使ったが、その顔には余裕があった。そして、ゼイクは後ろの団員達を確認すると団員達は既に戦闘準備を終えており、ゼイクに向かって頷いた。
 
「後方部隊はケガ人が出たときに備えてその場で待機な。エルドも後方部隊に付いててくれ。まぁ、お前の従魔が居るから心配要らないと思うがな。」
 
「分かりました。いってらっしゃい。」
 
 エルドは後方部隊に配置された。その側にはサイファが座っているが欠伸をして暢気な様子だ。
 エルドに任されたのは後方部隊の警護兼負傷者が追撃されていた場合の迎撃。最初は思う所もあったエルドだが、今回の主役は【繋ぎ手】の面々だと考え直し、了承した。その時にサイファの顔見せは終わっていた。
 サイファを見て一悶着あったのだが、それは割愛する。
 
「ヴァーチは最初に言った通りに頼む。」
 
「あいよ。任せときな、ゼイク。ミロチ、初の全了戦だからって緊張するこたぁねぇ。今回は危ない奴を助けりゃいいだけだ。」
 
 ヴァーチとミロチの仕事は死人が出ないように遊撃を行いつつ、後方部隊まで連れて行くこと。ミロチの実戦経験を積ませることを主目的にしたヴァーチは作戦決定時にこれを二つ返事で承諾した。
 ミロチは若干、力が入っていながらもヴァーチの言葉にしっかりと頷いた。
 
 作戦の確認を終えたゼイクは静かに力のある声で団員達に告げる。
 
「さぁ、始めようか。『大掃除』だ。ゴミ共を全て始末するぞ。作戦開始。」
 
 壁隊がスキルを解除すると土煙が【繋ぎ手】を覆い隠した。そして、反撃が開始される。
 
 『爆散の炎玉』を放った男は膝に手をつき、息を切らしていた。その顔にはいくつもの汗が浮かび上がっていたが、己の魔法に手応えを感じ、土煙の奥を睨みつけていた。
 
(俺の・・・、俺の奥の手だ。これでダメだったら・・・。)
 
 顔を左右に振り、頭の中に浮かび上がった最悪の予想を振り切った。他の魔法を放った傭兵達も肩で息をしながら土煙が早く晴れろと視線を向けている。
 
 不意に叫び声が聞こえた。
 弓の指示をしていた赤茶色の男だ。
 
「気をつけろ!!突っ込んでくるぞっ!!」
 
 赤茶色の男は土煙の異様な動きを敏感に察知したのだった。その声と同時に土煙の一部が前に出てきかと思えば、屍の上と土煙の中を疾走したゼイク達が現れた。
 
「チッ!」
 
 赤茶色の男は今の状況に舌打ちをした。
 赤茶色の男の前には魔法打った傭兵達が陣取っており、ゼイクに直接射掛けることができない。その傭兵達を超えるように山なりに矢を射っても時間が掛かってしまい、素通りされてしまう。
 
「相手は10とちょっとぐらいだ!魔法を打った奴らと一緒に押しつぶすぞ!!ゼイクは早い者勝ちだっ!!」
 
  矢を打っていた傭兵達は弓と弦の間に身体を差し込んで仕舞い、各々が武器を持ち我先にと駆けていく。その先頭には赤茶色の男が疾走していた。
 
 その間にゼイク達は敵の目前まで来ていた。覚束ない足で傭兵達はどうにか踏ん張ろうと試みる。だが、【繋ぎ手】の気迫に飲まれたのか、それとも殺気か恐怖か。足を踏ん張るどころか震わせる者が大半を占めた。
 最後方から味方が、味方が着くまで耐えきれればという思考に支配され、どうにか目の前の敵に抗うこと、そのことに集中することができた。
 
「かかってこいやーっ!!!」
 
 しかし、人数を遙かに上回るはずの中盤にいる傭兵達は猛獣のごとく牙を向けたゼイクに足だけでなく武器を持った手すら震えてしまった。
 そして、ゼイクの気迫は付き従う【繋ぎ手】の団員達にも伝播し、ゼイク達は1つの塊となって蹂躙を開始する。
 打ち合うことすらままならない敵傭兵は1撃で屠られていく。そして、最後方の傭兵達が着いた頃には中盤の傭兵達は半壊していた。
 
「相手は少数、取り囲んでゼイクの首を取る好機だっ!!」
 
 赤茶色の号令で駆けつけた150名程の傭兵達、それを見て息を吹き返そうとしている残りの50名がたかだか十数名のゼイク達を取り囲もうとしていた。
 左右に拡がろうとしている敵傭兵に笑いがこみ上げるゼイク。
 そして、土煙が消えかかろうとした、その時。約40名ずつに分かれた【繋ぎ手】の面々が現れ、拡がろうとしていた敵傭兵に挟撃を仕掛けた。
 中央にゼイク隊、左はニグロ隊、右はカルセルア隊からなる3面同時攻撃だった。
 
「マズイ、奴ら全員で攻めて来やがったっ!!」
 
「クソがっ!!だが、まだ数はこっちの方が上だっ!!!怯むんじゃねぇっ!!」
 
 赤茶色の男はそう唾を飛ばしながら叫ぶが、突然の伏兵に敵の全てが浮き足立っていた。
 【繋ぎ手】がその隙を見逃すはずもなく致命の一撃を加えるべく、敵を殲滅し始めた。
 その間に中央のゼイク隊は横に拡がった敵の包囲を突き抜けていた。
 
「ゼイク、俺はカルセルアの方に向かっていく。負傷した奴は誰かに拾わせてくれ。行くぞ、ミロチ。」
 
「分かった、父ちゃ。」
 
 少数だったゼイク隊と供に行動していたヴァーチとミロチは中盤の殲滅にも一役買っていた。そして、包囲網を突き抜けた所で右側に逆包囲をかけんとゼイク隊から抜けた。
 
「誰か、ヴァーチに付いて行け。」
 
 普段はさん付けして呼んでいるゼイクも戦闘中は呼び捨てにしていた。団を預かる者として、メリハリを付けるためだろうか。ヴァーチも元々、さん付けしなくてもいいと言っていたのだが、ゼイクが戦闘中に限定したため、ヴァーチが折れた形だ。
 
 ゼイク隊は少数ということもあり、参加している団員はベテラン揃いで腕に覚えもある者ばかりだった。その中でもヴァーチと何度か狩りに出たことがある団員等がゼイクの指示に従った。
 
「さぁて、ゴミ掃除の始まりだぞっ!!お前らっ!!」
 
 自慢の愛槍を掲げて、団員達を鼓舞し、ゼイク等はニグロが戦闘している左側へと突き進んでいった。
 
【繋ぎ手】の後方部隊に居たエルドとサイファはことの成り行きを見守っていた。カルセルアの作戦が功を奏したのか、敵が浮き足立ち、隙を晒していたのが遠くからでも感じたエルドとサイファ。
 そして、サイファが魔導具を使ってエルドに話しかけた。
 
『相棒よ、どうすんだ?戦闘している所からそこそこ離れてんぞ?』
 
「そうなんですよね、ここに到着するまでに追撃を食らうかもしれませんし。かと言って、近すぎても回復させることも出来ずこちらが攻撃されかねないですからね。悩み所ですね。」
 
 エルドがいる後方部隊は主戦場から100m近く離れていた。
 開始直後こそ、主戦場とそれほど離れていなかったが、ゼイク等が中盤の傭兵達に突撃を加えた所で離れていき、3面攻撃から4部隊による左右挟撃に変化した今では、主戦場は相手側の方に寄っていた。
 
「それでも、回復させるなら近い方がいいですね。私も迎撃に向かうなら近い方がいいでしょう。」
 
『んだな、それは間違いねぇ。』
 
 方針を決めたエルドは善は急げと後方を任されている団員に移動することを提案した。最初こそ、渋っていたが、エルドの言うことも一理あるので無碍に出来ず、仲間を死なせたくない気持ちが勝ったのか初期の配置から近付くことを決定した。
 この決定に他の団員達も了承して、回復薬や包帯などの手当を行う物資を整理して移動を開始した。
 移動中、サイファはエルドにこれからの予想を聞いてみた。が、返ってきた返答は
 
「まだ分かりませんね。」
 
の一言だけだった。
 全了戦の最中でもサイファはエルドにちょくちょく話しかけていた。表面はいつも通りの表情と言葉遣いをしていても、サイファには分かっていた。
 自分の相棒の怒りがイムニト夫妻を治療してから一切衰えてないことを。
 そして、その怒りがいつ爆発してもおかしくないことを。
 その爆発の兆候を探るべく、サイファはサイファなりにエルドに気を遣っていた。
 先程のサイファの問いかけへの続きだろうか、エルドは話し始めた。
 
「敵の主戦力がまだ動いてないように見受けられます。なので、まだまだこれからどうなるか正直言って予想が付かないのですよ。【繋ぎ手】の皆さんと長い付き合いではありませんから。でも、塵の掃除に時間はかからないと思いますよ。」
 
 明白《あからさま》にトゲのある言葉を使うエルドにため息を付きながらサイファはエルド供に主戦場の近くへと歩を進めた。

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