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31 不穏当な展開
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状況開始から九時間、特に抵抗する住民が存在しないことを確かめて、ビューレンは、次の命令を下した。
いよいよ作戦が最終段階に突入したのだ。
バルブが再度閉められ、巨大なピュアリティの運転がポジティブ・モードに変更された。いや、変更されるはずだった。
ドーム全体のためのピュアリティを管理するコントロール・センターの担当として任命されたのは、特に戦闘能力の高いスタッフたちだった。それは早い段階で絶対に制圧しなければならない場所だったからだ。
この現場の責任者であるトラウゴット・ニーデルマイヤーは、ビューレンの命令を無線で聞くと、すぐに行動した。
行動と言っても、小さなレバーを一つ、ほんの少しの距離引き下げるだけだった。実際、レバーは引き下げたのだ。
ところが、ポジティブ・モードを示すランプが点かない。ユージュアル・モードのままだ。ポジティブ・モードなら、理論値で約三十分、現実にも一時間以内にはVGは完全に除去されるはずだ。ところが、ユージュアル・モードでは、空気の浄化に何日かかるか分からない。あくまでも現状を維持するための運転でしかないのだ。
「ニーデルマイヤーです。ビューレンさん、聞こえますか?」
「ああ、聞こえている」
「ピュアリティが作動しません!」
それは悲鳴に近い声だった。
無理もない。ピュアリティが正常に作動しないのでは、計画が意味をなさないことはもちろん、全員の命さえ危険だ。
「作動しないとはどういうことだ。もう少し正確に報告してくれ」
ビューレンは、この肉体派をそれほど信用していなかった。
「ユージュアル・モードからポジティブ・モードにレバーを切り替えたのですが、作動を知らせるランプが点きません」
「ランプが壊れているだけ、ということはないのか」
「ランプが壊れているか否かについては不明ですが、ポジティブ・モードに変更できたのであれば、より大きな作動音になるはずです。その音の変化がまったく感じられません」
「そうか……」
「どうしましょうか?」
そう尋ねる声は、少し震えていた。
「技術系のスタッフをそちらに向かわせる。それまでそこを確保しておくように」
「了解しました」
ほかの業務でどうしても手が離せない者を除き、技術系のスタッフ全員をコントロール・センターに集めるように、ビューレンはコルノーに命じた。
状況開始から十時間、急遽、集められた技術系スタッフの中で、ビューレンが責任者に任命したのは、ジェイラス・ランズウィックだった。彼はまだ若かったが、ピュアリティについての権威だった。見かけは軽快な印象だが、沈着冷静で、およそ慌てるとか焦るということのない男との評判だった。
ランズウィックが最初に行ったのは、ニーデルマイヤーから、どのように操作を行ったかを細大漏らさず聞き取ることだった。その結果、特別に問題が起こりそうな操作はなされていないことが分かった。
「ビューレンさん、ランズウィックです」
「どうだ?」
「操作上の問題ではありません」
「と言うと?」
「我々が操作を間違えたわけではない、ということです」
「なるほど。それで、どうにかなるのか」
「もちろん、時間があれば、解決できるでしょう」
「それほど時間はないのだが……」
「はい、分かっています。まずは、何が原因かを調べます。その後、それがどれくらいで解決できるかを割り出そうと考えています」
ランズウィックの声音は、まるで他人事のように思えるほどの冷静さだった。
「すでに状況終了予定時間を過ぎている。猶予はあっても四時間というところだ」
「分かりました。一時間後に連絡します」
「了解した。よろしく頼む」
本部では、誰も口を開こうとしなかった。コルノーの靴音だけが響いていた。
「コルノーさん、少しは落ち着いてください。こちらまでイライラしてくる」
マレットが、いよいよ我慢できずにそう注意した。
「こんな時に、よく落ち着いていられるわね」
「歩き回っても、何も解決しないでしょ?」
「あなたは、そこで座っているだけでピュアリティを動かせるって言うの?」
「そんなことは、もちろんできません」
「できもしないのに威張らないでよ」
「無事に修理ができた場合のことは考えなくていいでしょう。我々が考えておくべきは、ピュアリティがそのままの状態だった場合のことです」
「何を考えるって言うの?」
「どのタイミングで逃げ出すのか、です」
「えっ」
「驚くようなことじゃないだろう。考えておくべきだ」
「ビューレンさんまで、何を言うんですか」
「コルノーくん、撤退の適切な時機も、指揮官に求められる重要な判断の一つだよ」
「撤退、ですか……」
「そうだ」
「ビューレンさん」
「何だ、マレット」
「全員での撤退を考えているんですか?」
「マレット、嫌なことを聞くんだな」
「そこをはっきりさせないと、撤退の計画を立てることはできませんから」
「そうだな。とりあえずは、全員で撤退できるように考えてもらおうか」
とりあえず、か、とマレットは思ったが、口には出さなかった。
ここにいる全員、もしかするとビューレン自身も、この指揮官の判断力の乏しさを感じているのだ。この男は、いざとなっても、自分の身一つさえ守ることができないかも知れない。
いよいよ作戦が最終段階に突入したのだ。
バルブが再度閉められ、巨大なピュアリティの運転がポジティブ・モードに変更された。いや、変更されるはずだった。
ドーム全体のためのピュアリティを管理するコントロール・センターの担当として任命されたのは、特に戦闘能力の高いスタッフたちだった。それは早い段階で絶対に制圧しなければならない場所だったからだ。
この現場の責任者であるトラウゴット・ニーデルマイヤーは、ビューレンの命令を無線で聞くと、すぐに行動した。
行動と言っても、小さなレバーを一つ、ほんの少しの距離引き下げるだけだった。実際、レバーは引き下げたのだ。
ところが、ポジティブ・モードを示すランプが点かない。ユージュアル・モードのままだ。ポジティブ・モードなら、理論値で約三十分、現実にも一時間以内にはVGは完全に除去されるはずだ。ところが、ユージュアル・モードでは、空気の浄化に何日かかるか分からない。あくまでも現状を維持するための運転でしかないのだ。
「ニーデルマイヤーです。ビューレンさん、聞こえますか?」
「ああ、聞こえている」
「ピュアリティが作動しません!」
それは悲鳴に近い声だった。
無理もない。ピュアリティが正常に作動しないのでは、計画が意味をなさないことはもちろん、全員の命さえ危険だ。
「作動しないとはどういうことだ。もう少し正確に報告してくれ」
ビューレンは、この肉体派をそれほど信用していなかった。
「ユージュアル・モードからポジティブ・モードにレバーを切り替えたのですが、作動を知らせるランプが点きません」
「ランプが壊れているだけ、ということはないのか」
「ランプが壊れているか否かについては不明ですが、ポジティブ・モードに変更できたのであれば、より大きな作動音になるはずです。その音の変化がまったく感じられません」
「そうか……」
「どうしましょうか?」
そう尋ねる声は、少し震えていた。
「技術系のスタッフをそちらに向かわせる。それまでそこを確保しておくように」
「了解しました」
ほかの業務でどうしても手が離せない者を除き、技術系のスタッフ全員をコントロール・センターに集めるように、ビューレンはコルノーに命じた。
状況開始から十時間、急遽、集められた技術系スタッフの中で、ビューレンが責任者に任命したのは、ジェイラス・ランズウィックだった。彼はまだ若かったが、ピュアリティについての権威だった。見かけは軽快な印象だが、沈着冷静で、およそ慌てるとか焦るということのない男との評判だった。
ランズウィックが最初に行ったのは、ニーデルマイヤーから、どのように操作を行ったかを細大漏らさず聞き取ることだった。その結果、特別に問題が起こりそうな操作はなされていないことが分かった。
「ビューレンさん、ランズウィックです」
「どうだ?」
「操作上の問題ではありません」
「と言うと?」
「我々が操作を間違えたわけではない、ということです」
「なるほど。それで、どうにかなるのか」
「もちろん、時間があれば、解決できるでしょう」
「それほど時間はないのだが……」
「はい、分かっています。まずは、何が原因かを調べます。その後、それがどれくらいで解決できるかを割り出そうと考えています」
ランズウィックの声音は、まるで他人事のように思えるほどの冷静さだった。
「すでに状況終了予定時間を過ぎている。猶予はあっても四時間というところだ」
「分かりました。一時間後に連絡します」
「了解した。よろしく頼む」
本部では、誰も口を開こうとしなかった。コルノーの靴音だけが響いていた。
「コルノーさん、少しは落ち着いてください。こちらまでイライラしてくる」
マレットが、いよいよ我慢できずにそう注意した。
「こんな時に、よく落ち着いていられるわね」
「歩き回っても、何も解決しないでしょ?」
「あなたは、そこで座っているだけでピュアリティを動かせるって言うの?」
「そんなことは、もちろんできません」
「できもしないのに威張らないでよ」
「無事に修理ができた場合のことは考えなくていいでしょう。我々が考えておくべきは、ピュアリティがそのままの状態だった場合のことです」
「何を考えるって言うの?」
「どのタイミングで逃げ出すのか、です」
「えっ」
「驚くようなことじゃないだろう。考えておくべきだ」
「ビューレンさんまで、何を言うんですか」
「コルノーくん、撤退の適切な時機も、指揮官に求められる重要な判断の一つだよ」
「撤退、ですか……」
「そうだ」
「ビューレンさん」
「何だ、マレット」
「全員での撤退を考えているんですか?」
「マレット、嫌なことを聞くんだな」
「そこをはっきりさせないと、撤退の計画を立てることはできませんから」
「そうだな。とりあえずは、全員で撤退できるように考えてもらおうか」
とりあえず、か、とマレットは思ったが、口には出さなかった。
ここにいる全員、もしかするとビューレン自身も、この指揮官の判断力の乏しさを感じているのだ。この男は、いざとなっても、自分の身一つさえ守ることができないかも知れない。
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