釣りはじめました

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アジゴ編14

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 まずは、気になっていた。ヨシさんが作っていた、揚げ物が何か聞いてみる事にした。
「ヨシさん。これは何ですか?」
 白い大鉢を指差したずねる。まじまじと見てみると、玉ねぎなんかも入っているようだった。
「ん?これかい?これは、アジゴの南蛮漬けだよ。中身はアジゴ、玉ねぎ、ニンジン…、しんちゃん、後は何が入っているの?」
 ヨシさんは島田社長にたずねる。どうやら、下ごしらえなどは、島田社長がおこなっていたようだ。
「三杯酢に、ニンジン、玉ねぎ、鷹の爪が入っとるばい。他に、パプリカやピーマンも入れても美味しかとばってん、ウチに無かったとよね。とりあえず、瀬高。食べてみらんね。」
 言われるままに、野菜とアジゴを皿に取る。そして、一緒に口に入れる。まだ、完全には染み込んでいない。そのおかげで、外はサクサクとして、程よい甘さと酸味、その中に鷹の爪のピリッとした辛味が良いアクセントになり、アジゴの旨味と野菜のシャキシャキとした歯応えが堪らない。口に残ると思っていた、アジゴの骨も邪魔にならず、頭もいい感じで美味しい。
「うゎ!?うまっ!!」
 思わず、感情が心から吐き出されて、大声で言ってしまった。それを聞いた二人は、少し驚いていた様子だったが、直ぐに笑顔に変わる。
「瀬高、うまかろ?今のはさっき漬けたやつばってん、もう一つの花柄の大鉢のやつば食べてみんね。」
 またも、島田社長に言われるままに、花柄の大鉢に手を伸ばす。すると、さっきのアジゴとは違い、味が染み込んでおります!と言わんばかりのアジゴがお目見えした。早速、皿に取り、口へ運ぶ。
「ん!?」
 これまた、声が漏れてしまった。明らかに、甘味、酸味、辛味がアジゴに染み込んで、噛む度にジュワっと旨味が溢れだしてくる。そして、冷蔵庫に入っていたのもあって、身も引き締まっている感じがした。
「うまかろ?帰って直ぐに、調理して漬け込んどったけんね。」としたり顔の島田社長。
 僕はうんうんと首を縦に振って答え。飲み込んだ後に言った。
「凄く美味しいです。あんまり、魚を美味しいって思った事は、正直、無かったんですけど、このアジゴは凄く美味しいです。何匹でも、食べられそうな気がします。」
 本当に正直な感想だった。元々、魚はあまり好きではなかった。寿司や鰻は別として、家でもよく食卓に並ぶが、肉料理を食べる時と魚料理を食べる時のご飯の量の減り方が違った。どこか魚臭い?そんな気がして、食が進まなかった。しかし、このアジゴは違っていた。鮮度が違うからなのだろうか?魚臭さも無く、凄く美味しく食べれた。
 僕の応えに満足だったのか、島田社長はアジゴの唐揚げもすすめてきた。
「ほら、瀬高。このアジゴの唐揚げも食べなっせよ。」
 そんなに早く食べて欲しいのか、島田社長、自ら取り分けてくれた。
「ありがとうございます。いただきます。」
 アジゴの入った皿を受け取り、口に運ぶ。まだ、揚げ立てだけあって、熱い。ハフハフと空気を口の中へ送り込み、熱を冷ましながら、噛み締めて食べる。うまい!南蛮漬けより、更にサクサクとして、アジゴの味がしっかりと伝わってくる。骨や頭は言うまでもなく、香ばしい。風味としていきている。骨や頭は、こんなにもカラッと揚がるものなのだろうか?アジゴが小さいからなのか?疑問に思えた。
 それを見て感じていたのだろう、島田社長が、
「骨や頭まで美味しく食べれるやろ?これには揚げる時にコツがいるとよ。」
「コツですか?」
 料理をやらない僕には、何もピンとこない。
「そう。二度揚げたい。」
「二度揚げですか?ただ、二回揚げればいいんですか??」
 僕は首を傾げる。二回揚げれば何か変わるのだろうか?
「ただ二回揚げれば良いってもんじゃなかよ。まずは、少し低い温度でじっくりと中まで火ば通し、一回油から出して。次に高温にした油でもう一度、カリっと揚げるとたい。そぎゃんすると、骨まで美味しく頂けるとよ。」
 島田社長は、詳しく丁寧に教えてくれる。日頃、仕事中は怒られているイメージが強いのだが、今まで一番、親身に教えてくれたのは島田社長だった。
 ヨシさんが入社してからは、事務所で仕事をしている事が多くなり、指導して貰う事も少なくなったが、注意したりする憎まれ役は決まって、島田社長が引き受けてくれているのだ。その事に、なぜか気がついた。思い当たる節は幾らでもあったのに、入社四年を過ぎた今頃になってだ…。釣りに行ってから、つかえていたもの取れ、心が軽くなったからなのか?つかえていたものさえも、まだ分かっていないのに…。無意識に島田社長を見つめていたのだろう。
「瀬高、なんね。見つめて、気持ち悪かよ~。こん子は~。」
 照れた様に頭を掻く島田社長。僕とヨシさんは顔を見合わせ、大声で笑う。さっきまで、何を考えていたかも忘れる位に、和やかな空気が流れる。
 打ち上げ中に、不思議と仕事の話は出て来ない。忘年会や花見と称した、会社の飲み会では、大抵が仕事の話題になる事が多いのだけれど、これまで釣ってきた魚の話など、趣味や他愛もない話ばかりだった。
 そして、何回目になるだろうか、今日の釣りの話になる。
「今日はよく釣れたばいね。」
「そうだね。今年初のアジゴ釣りだったけど、大満足の釣果だったよね。」
 二人は、グラスを傾けながら満足そうに言う。最初にこの話題が出た時はまだビールだったのに、いつの間にか、ビールから焼酎に変わっていた。
 僕が先程、「トイレに行ってきます」。と席を立った時に、島田社長が自宅から持って来たのだろう。違う銘柄の焼酎が三本テーブルの上に並んでいた。
「酒は自分が飲みたいやつば飲めばよか。酒にのまれん様に飲めばよか。」会社の飲み会の時から島田社長は常々言っている口癖である。しかし、ちゃんぽんをして、酔いつぶれるのは何時も島田社長だ。どうやら、今日もそのパターンらしい。
 一方、ヨシさんはマイペースみたいだった。ヨシさんが入社して直ぐの歓迎会と花見を兼ねた飲み会の時、僕はインフルエンザに掛かり、欠席した。だから、昨日の釣りに行く道中のヨシさんの酔い方に少し驚いた。酔うと熊本弁が蘇り、何時もはクールなイメージであったが、かなり陽気になるようだった。しかし、今のところは、至って普通。酔ってはいるけど、平常心を保てる程度だろう。
「瀬高はどうだったね?楽しかったね??」
 車の中でも言ったが、もう何回目だろう、島田社長の質問に応える。
「はい。楽しかったです。」
 そう応えると、満足そうに頷く、島田社長。ただ、今度は少し違っていた。
「少し気分は楽になったね?」
「え?」
 僕は驚いた。帰り道、車の中でヨシさんにも似た様な事を言われたからだ。
「ちょっと仕事の話になるかもやけど、ごめんな。」
「はい。」
 島田社長は酔っているはずだ、顔は赤く、少し目がすわっている。それでも僕の瞳をじっと見つめる真剣な表情だった。
 僕はその目をじっと見つめ返す事は出来ないかもしれない。でも、出来るだけ目を逸らさない様に心がけようと思った。
「瀬高は、素直で真面目たい。それは、たいぎゃ、よかことよ。ウチの会社に入って四年も過ぎたし、仕事もよ~覚えとる。でも、真面目過ぎたい。何でも一人で抱え込もうとしとる。分からん事があるなら聞いてよか。辛い事があるなら、辛いって言ってよかとよ。これは、プライベートでも同じ事ば言えると。お前が何に悩んで苦しんどるとかは言わんと分からん。言わんなら言わんで、苦しくなるだけたい。ストレスの溜まっていくばかりとたい。でも、お前は優しいとやろね。誰にも言わんと思うとたいね。それなら、そのストレスの逃げ場所ば作ってやらんといかんとよ。」
「だから、僕を釣りに誘ったんですか?」
「そうよ。ここ最近のお前は、見てられんかったけんね。何か何時も暗い表情で、言った事も頭にはあまり入っとらんようやったけん。前に趣味の話とかした時に、趣味はないとか言いよったけんね。俺らにとって、『楽しい事=釣り』やけん。ストレス発散になるとよ。だけん、少しでもストレス発散、逃げ道が出来ればと思って、タイミングが合えば、誘ってみようって、ヨシと話よったと。」
「そうだったんですね……。心配掛けて、申し訳ありませんでした。」
 自分でも気がつかなかった。そんなに暗い顔をしていたのか……。
 正直、何に悩んでいたのかも、自分でも分からない。仕事も失敗をするにしろ、周りの人達によくして貰ってるし、給料面も毎年ベースアップもしているし、ボーナスも少なからずある。プライベートでも、これと言って思い当たる節がないのだから。ただ、何も変わらない、変われない毎日に、漠然とした不安があったのかもしれない。それに自分自身にも不満があったのかもしれない。
「ヒロは、何か悩み事とか不安になった事とかあったの?」
 ヨシさんは、優しく聞いてくれた。
「自分でも、正直、分からないんです。仕事も皆さんによくしてもらっているし、プライベートでも、これと言って何も…。ただ、何も変わらない、変われない毎日に、将来について漠然とした不安があったのかもしれません。それに、自分自身にも不満があったのかもしれません。」
  僕は正直に思ってる事を伝えた。馬鹿げている事だとは思ったが、ヨシさんの反応は違っていた。
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