釣りはじめました

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メバリング編

メバリング編2

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 日曜日の午前十一時、ヨシさんを会社の近くの自動販売機まで迎えに行った。
 トークショーが始まるのが午後一時。ここからだと二時間もあれば余裕で着いて席も取れるだろう?と思っていたけれど、見積もりが甘かった。
 昨今の釣りブーム。老若男女、かなりの大盛況でもちろん、椅子に座る事など出来る筈もなく、会場はパンパンだった。
 凄い人気だ!と思いながら、会場を見渡す。最前列の椅子に座っている人達はいったい何時から待っているのだろう?そう考えていると、ふと見慣れた後頭部を見つけてしまった。
 ……いや。ただのそら似だろう。
 ツルンツルンの頭の人なんて星の数のように多く居るんだし、それにメガネをかけていらっしゃるから、僕の知っているツルンツルン頭の人とは違うはず……。
 ……見なかった事にしよう。
 うん!それがいい。見なかった事にしよう。
 見なかった事にして、ステージを見ていると「おい。ヒロ。……あれ、しんちゃんだよね?」僕の肩を叩きながら、ヨシさんは僕が見なかった事にしたツルンツルン頭の人を指差して言った。
 「いや、違う人ですよ。メガネかけていらっしゃるじゃないですか?似た人ですよ。似た人。」
 「そ、そうかな?そ、そうだよね。」
 僕がそう言うとヨシさんも自分を納得させるようにステージに目をやった。
 そして、いよいよトークショーの始まりだ。
 マイコさんとでんたつさんが司会の人の紹介でステージに上がる。
 大きな拍手の中「マイコ~!!」とどこかで聞いた事のある声がこだまする。
 ……。
 聞こえなかった事にしよう。
 何かと面倒くさいから。聞こえなかった事にしよう。
 ステージに上がったマイコさんは想像より小さく、でんたつさんは想像よりゴツかった。
 渋いでんたつさんの声と可愛いマイコさんの声が周りに響き、会場の笑い声も重なり、大盛り上がりだった。新作エギの説明、春イカの攻略法など、勉強になる話も多く、凄く楽しかった。
 トークショーも終わり、握手&サイン会の始まりだ。
 僕はトークショーで言っていたエギを四本買い、ヨシさんもエギを五本買った。そして、サイン用の色紙を買って列に並ぼうとしたら、あのツルンツルン頭のおっさんと遭遇した。手にはダイミョウのポロシャツに上下のジャージ。色紙を大事そうに抱えている。
 おっさんと目が合った。
 あっ、やっぱり島田社長だ。
 おっさんは目を逸らし、気まずそうに会釈をして、ささっと列に並んだ。
 僕らも会釈をして、その少し後ろに並ぶ。 
 何とも気まずい空気。
 そして、おっさんの握手とサインの順番になる。おっさんは買ったポロシャツ、ジャージの上下、色紙にサインをして握手をして貰おうとする。しかし、おっさんはあるまじき行為にでる。
 おっさんはマイコさんと握手をしようとするが、寸前でかわす。それを何回も繰り返す。普通なら次の人!となる所なのだろうけど、何回も繰り返す。
 なんだ?この異様な場の雰囲気は……。
 周りは何かを期待していた。
 それをしばらく繰り返していると、とうとうマイコさんがキレてあの名言が飛び出した。
 「あんた、いい加減にしよし!おいどにエギ刺してフッキングさせますえ!!」
 会場は一気に割れんばかりの歓声で埋め尽くされる。横に居るヨシさんでさえ、拳を突き上げて喜んでいた。
 おっさん……いや、島田社長は感無量という表情でマイコさんとがっちり握手をし、でんたつさんに至っては、島田社長と熱い抱擁をかわしている。
 こりゃ、マイコさんも大変だわ。
 後のみんなは「ありがとうございます。」と頬を赤く染め、至福の表情で握手とサインをしていく。
 そして、いよいよ僕の番がやってきた。
 僕はサインをしてもらい、握手をした時に「大変ですね。大丈夫ですか?」と声を掛けた。
 すると、マイコさんの瞳はみるみる大きくなり、握手をしてくれた両手には力が入った。
 「ありがとうございます。何時もの事なんですけど……。」
 「え?あのおじさん、何時も握手会とかに来るんですか?」
 僕は無意識に会話をしてしまった。
 「はい。ありがたい事なんですけど、九州内なら殆どお見えになります。」
 マイコさんは何時もの京都弁とは違い標準語のような、イントネーションは京都弁な感じで話してくれた。
 「ああなると皆さん凄く喜んで頂けるのですけれど、あなたみたいに心配してくれた人は初めてでした。ありがとうございます。」
 僕とマイコさんの会話を見ていたのであろう、スタッフの方がなぜか写真を撮ってくれる事になった。
 「あっ、私のスマホでも撮ってもらっていいですか?」
 マイコさんはスタッフの方に自分のスマートフォンを渡し、僕と一緒の記念撮影を撮った。
 「……あの~。お願いしたい事があるのですが、よろしいですか?」
 「はい。なんでしょうか?」
 「顔には分からないようにモザイクを掛けるので、私のSNSにアップしてよろしいでしょうか?」
 マイコさんは上目遣いで僕に聞いてくる。
 可愛い。反則的に可愛い。
 僕は二つ返事でOKをだした。
 「ありがとうございます!」
 凄くマイコさんは喜んでくれた。もっと、お話しをしたいと思ったけれど、周りの視線が痛いように僕に突き刺さってきたので、「ありがとうございます。」と最後に伝え、でんたつさんの元へ向かった。
 でんたつさんの手はマイコさんと違って、凄く固かった。
 
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