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初めての別れ
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奈々さんと付き合い始めて、はや、三年が過ぎ。ペットを飼えるアパートに引っ越し、同棲を始めて二年目のある日、この日がとうとうやってきてしまった。
今日、マロンちゃんが亡くなったのである。
付き合い始めて数ヶ月後、同棲をしようと計画し始めた当初、ナナとマロンちゃんも一緒に暮らす予定になったのだが、ナナとマロンちゃんの相性は、出会った日だけ良かったように見えた。でも、実際は、日を追うごとに最悪になっていた。出会う度にケンカをする。こんな状態では、二匹を一緒に生活させる訳にはいかず、僕はナナを実家に預け、奈々さんとマロンちゃんと暮らす事にした。
元々、マロンちゃんはナナより年上だっただけに、僕にも、日に日に体力が低下していくのが分かった。
僕が奈々さんと付き合いを始めた時に「マロンの事を優先するかもしれないけど、いい?」と言っていたのは、この為だったのだと気が付いた。小さい頃から一緒だった、奈々さんとマロンちゃん。僕と付き合い始めた前から、体力が落ちている事に、奈々さんは気が付いていたのだろう。同棲を始めて一年後くらいには、マロンちゃんは歩く事さえままならなくなっていた。
犬用のオムツをし、動かなくなった体を筋肉が固まってしまわないように、マッサージをする。もちろん、動かないのだからウンチも出にくくなるので、お腹も『のの字』を書くように、マッサージをしたりした。僕も、もちろん手伝った。
外出する事も少なくなり、奈々さんはマロンちゃんに付きっ切りになる事が増えた。マロンちゃんが横たわっている姿を、奈々さんは辛そうに見つめているのだろう。僕はそう思って、奈々さんの横顔を何時も見ていたけれど、奈々さんは思いのほか、優しく笑顔を見せていた。その事が印象的だった。
そして、今日。奈々さんはマロンちゃんを見つめ、撫でながら、一言、言った
「……マロン。今まで本当にありがとう。もう、私の為に……無理しなくていいからね。ゆっくり、お休み。」
僕には、何が何だか分からなかった。でも、奈々さんとマロンちゃんの間には何かあったのだろう。マロンちゃんは安心したように、僕に一度視線をやり、そして眠るように静かに息を引き取った。
奈々さんは、何度も何度も、ありがとう。ありがとう言いながら、マロンちゃんの頭を撫でている。その声は、ずっと震えている。そして、その声は聞こえなくなった。その代わりに体は大きく震えていた。
僕には、掛ける言葉が見つからなかった。ただ、一緒に泣いて、奈々さんを抱きしめる事しか、僕にはその時、出来なかった。
マロンちゃんが亡くなって、1ヶ月が過ぎた。
マロンちゃんの遺体は、ペット霊園で火葬してもらい、アパートには骨壺と火葬して焼け残った歯を入れたペンダントだけが残った。
あの日から、奈々さんの元気はない。実家に帰る事も多くなり、アパートに帰って来ても、何かを探しているようだった。そして、何かを思い出したかのように、納得したかのように、泣き始めるのだった。それが何なのか、何を探しているのかも、僕にも分かった。
それから、時間だけが過ぎて行く。季節が変わっても、奈々さんはどこか上の空だった。食欲も余り無く、日に日に痩せていくのが分かった。本人は、ダイエットだよ。なんて見え透いた嘘をつく始末。僕に出来る事は無いのだろうか?歯がゆさだけが募っていく。
マロンちゃんが亡くなって、3ヶ月が過ぎようとしていたある日。僕はあることに気が付いた。
奈々さんは、マロンちゃんが亡くなったあの日以来、ほとんどマロンちゃんの話をしなくなっていた。亡くなる前は、事あるごとに、マロンちゃんの話をしていたのに。亡くなってからは、名前すらあまり言葉に出す事はなかった。奈々さんは、マロンちゃんの事を思い出すのが嫌なのだろうか?それとも、思い出すから嫌なのだろうか?僕にはわからなかった。でも、亡くなった愛犬をしのぶのは悪い事なのだろうか?僕だって、マロンちゃんが亡くなって悲しい。でも、奈々さんは、僕の比ではないだろう。培った年月が違う。思い出が違い過ぎるのだ。それでも、僕は口に出さないといけないと思った。
その日の夕食時。向かい合いながら、他愛のない話をする。本当に普通の話。でも、マロンちゃんの話が出そうになると、奈々さんは無理やりに、明らかに避けているように、話の舵を違う方向へきろうとする。
なぜ、僕はその事に気が付かなかったのだろう?僕は今まで、何をやっていたんだ?!やっぱり、奈々さんはマロンちゃんの話を避けている。理由はどうあれ、僕は、マロンちゃんの話をするべきだと、そう思った。
今日、マロンちゃんが亡くなったのである。
付き合い始めて数ヶ月後、同棲をしようと計画し始めた当初、ナナとマロンちゃんも一緒に暮らす予定になったのだが、ナナとマロンちゃんの相性は、出会った日だけ良かったように見えた。でも、実際は、日を追うごとに最悪になっていた。出会う度にケンカをする。こんな状態では、二匹を一緒に生活させる訳にはいかず、僕はナナを実家に預け、奈々さんとマロンちゃんと暮らす事にした。
元々、マロンちゃんはナナより年上だっただけに、僕にも、日に日に体力が低下していくのが分かった。
僕が奈々さんと付き合いを始めた時に「マロンの事を優先するかもしれないけど、いい?」と言っていたのは、この為だったのだと気が付いた。小さい頃から一緒だった、奈々さんとマロンちゃん。僕と付き合い始めた前から、体力が落ちている事に、奈々さんは気が付いていたのだろう。同棲を始めて一年後くらいには、マロンちゃんは歩く事さえままならなくなっていた。
犬用のオムツをし、動かなくなった体を筋肉が固まってしまわないように、マッサージをする。もちろん、動かないのだからウンチも出にくくなるので、お腹も『のの字』を書くように、マッサージをしたりした。僕も、もちろん手伝った。
外出する事も少なくなり、奈々さんはマロンちゃんに付きっ切りになる事が増えた。マロンちゃんが横たわっている姿を、奈々さんは辛そうに見つめているのだろう。僕はそう思って、奈々さんの横顔を何時も見ていたけれど、奈々さんは思いのほか、優しく笑顔を見せていた。その事が印象的だった。
そして、今日。奈々さんはマロンちゃんを見つめ、撫でながら、一言、言った
「……マロン。今まで本当にありがとう。もう、私の為に……無理しなくていいからね。ゆっくり、お休み。」
僕には、何が何だか分からなかった。でも、奈々さんとマロンちゃんの間には何かあったのだろう。マロンちゃんは安心したように、僕に一度視線をやり、そして眠るように静かに息を引き取った。
奈々さんは、何度も何度も、ありがとう。ありがとう言いながら、マロンちゃんの頭を撫でている。その声は、ずっと震えている。そして、その声は聞こえなくなった。その代わりに体は大きく震えていた。
僕には、掛ける言葉が見つからなかった。ただ、一緒に泣いて、奈々さんを抱きしめる事しか、僕にはその時、出来なかった。
マロンちゃんが亡くなって、1ヶ月が過ぎた。
マロンちゃんの遺体は、ペット霊園で火葬してもらい、アパートには骨壺と火葬して焼け残った歯を入れたペンダントだけが残った。
あの日から、奈々さんの元気はない。実家に帰る事も多くなり、アパートに帰って来ても、何かを探しているようだった。そして、何かを思い出したかのように、納得したかのように、泣き始めるのだった。それが何なのか、何を探しているのかも、僕にも分かった。
それから、時間だけが過ぎて行く。季節が変わっても、奈々さんはどこか上の空だった。食欲も余り無く、日に日に痩せていくのが分かった。本人は、ダイエットだよ。なんて見え透いた嘘をつく始末。僕に出来る事は無いのだろうか?歯がゆさだけが募っていく。
マロンちゃんが亡くなって、3ヶ月が過ぎようとしていたある日。僕はあることに気が付いた。
奈々さんは、マロンちゃんが亡くなったあの日以来、ほとんどマロンちゃんの話をしなくなっていた。亡くなる前は、事あるごとに、マロンちゃんの話をしていたのに。亡くなってからは、名前すらあまり言葉に出す事はなかった。奈々さんは、マロンちゃんの事を思い出すのが嫌なのだろうか?それとも、思い出すから嫌なのだろうか?僕にはわからなかった。でも、亡くなった愛犬をしのぶのは悪い事なのだろうか?僕だって、マロンちゃんが亡くなって悲しい。でも、奈々さんは、僕の比ではないだろう。培った年月が違う。思い出が違い過ぎるのだ。それでも、僕は口に出さないといけないと思った。
その日の夕食時。向かい合いながら、他愛のない話をする。本当に普通の話。でも、マロンちゃんの話が出そうになると、奈々さんは無理やりに、明らかに避けているように、話の舵を違う方向へきろうとする。
なぜ、僕はその事に気が付かなかったのだろう?僕は今まで、何をやっていたんだ?!やっぱり、奈々さんはマロンちゃんの話を避けている。理由はどうあれ、僕は、マロンちゃんの話をするべきだと、そう思った。
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