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ナナ、1歳誕生日

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 時が経つのは、早い。辛い事があっても、楽しい事があっても、黙って時間は粛々と進んでいく。モフモフとまん丸なナナの姿は、もう写真の中でしか存在しなかった。
 そして、今日は7月7日。ナナが家族になって、はや1年。立派な成犬へ変貌を遂げ、顔の模様、身体の模様もはっきりとし、シュッとして、美人?美女犬?だと言っていいだろう。立派に成長したナナにより一層、僕達家族はベタぼれになっていた。
 家族が一緒に居る時間も増えて、会話も増えた。もちろん、話す事が増える事は、意見のぶつかり合いなども起き、喧嘩をする事も増える。それでも、直ぐに問題は解決する。喧嘩している僕達を、見上げるナナの不安そうな顔を見ると、そこで終わってしまう。昔だったら認めたくない、自分に非がある事でも、素直に認めて謝る事が出来た。ナナは完全に家族の中心にいた。
 ナナの中の家族順列というのも、はっきりしてきたようで、母さん>僕>結衣>父さん>ナナの順位になっているようだった。
母さんは、何時もナナと一緒に居るし、ご飯をあげるのも母さんが多い。僕達は帰宅時間がそれぞれバラバラだし、一緒にご飯を食べれる時も母さんより少ない。当たり前と言えば当たり前になるのだろうか?飼い主は、僕なのに納得はいかない。
 それでも、ナナの対応は違う。
 誰が帰って来ても、ナナは玄関先まで必ず喜んでお出迎えする。
 ただ、その時の喜び方が、母さんの場合は圧倒的に違うのだ。
 日頃、あまり遠吠えをしないナナは、買い物などで出掛けた母さんが帰宅するのが分かるのだろう。『ママ、ママ、ママのお帰りだ~!』と、言わんばかりに「キャオン、キャオン、キャオ~ン!」と、遠吠えを始め、急いで玄関先へ向かう。
 母さんが家に入るなり、全力の甘え。尻尾を振り乱し、お腹を見せたり、くるくる回ったりと、せわしい。
 母さんもそれが嬉しいのだろう。荷物を置いて、まずナナを抱き上げて頬スリをする。『犬嫌いだ』と言った一年前が懐かしい。
 しかし、悲しい事に、父さんはそれを自分が帰って来たからだと、勘違いしている。母さんは、昼間に買い物に行く時以外は、父さんと出掛ける事がほとんどだからだ。帰ると、何時も僕や結衣に自慢する。
 「ナナは私が帰ると、凄く喜ぶだろう?父さん、ナナに愛されてるわ~。」
 母さんに代わり、父さんはナナを抱っこしながら、父さんは満面な笑みを浮かべる。そんな父さんを見ると、言うに言えない感じになる。昼間、母さんが帰ってきた時のナナのリアクション、そのままだなんて。父さんが帰ってきた時のリアクションを思い出して比べてみなよ。なんて……。絶対に言えない。
 そして、母さんは、ナナをよく車でドライブに連れて行っていた。少し遠くのドッグランのある公園などへ。そのおかげで、ナナは対人対犬のコミュニケーション能力が養われたのか、直ぐに人や犬と仲良くなっていた。母さんにも、ナナ繋がりの友達も増えたみたいで良かったと思う。
 そう、友達と言えばナナの初散歩以来、度々、航大君が家に遊びに来るようになっていた。愛犬のミニチュアダックスフンドのコムギ君を連れて。
 最初のうち、結衣は、かなりの緊張ぶりで、見ていてとても微笑ましかった。そんな結衣も最近は少し慣れたのか、航大君との関係が少し変わったのか、だいぶ普通通りの茶目っ気のある結衣で居られるようになっていた。
 もちろん、その流れで散歩は率先して結衣が担当している。結衣は機嫌の良い日が増えているように思えた。
 父さんの『でちゅまちゅ言葉』は、すっかりと影を潜めていた。それでも、相変わらずの溺愛ぶり。犬用のおやつを買ってきたり、家族が見ていない隙にこっそりおやつを与えたりしている。本人はバレてないだろうと思っているようだが、バレバレだった。餌のやり過ぎは、肥満の元にもなるので、辞めて欲しいと何度か言ってはいるが、「分かった。分かった。」と、言いつつも続けている。全く困ったものだ。あれほど、しつけに厳しくと言っていたのに、一番甘やかしているのは父さんだった。一時期の尊敬の眼差しを返せ!
 そして、僕。あれから、新しい彼女なんて出来る筈もなく、ナナにべったりだ。
 バイトもそのまま、続けている。飲みに行く事も少なくなり、友人達には「付き合いが悪くなったよな。新しい彼女が出来たんじゃないの?」と勘ぐられたが、携帯電話で撮ったナナの写真を見せたら納得した。
 ナナは、僕に対してはツンデレだった。家族団らんの時。『仕方ないな~。ご主人様の所にも行ってあげようかな~?』と言わんばかりに、すました感じでやってくる。しかし、家族が居ない、もしくは、少し席を外すような事がある時。僕が1人になる時は一味違った。『ご主人様~。ご主人様~。』と、まるで猫のようにすり寄ってくる。膝の上は定位。寝転んでいる時は、胸の所。撫でろ攻撃に、ペロペロ攻撃。うたた寝していると、胸にマウントポジションをとって『何時起きるのかな?』と顔を覗き込む。起きたら、控え目にペロペロ顔面舐め攻撃。ちゃんと目覚めるまで、攻撃は続く。やめて~と言うと、攻撃は更に激しくなる。堪らない一時。可愛い、可愛すぎるとしか言えない。
 そして、ナナのもう一つの顔も分かった。
 ナナは、言い方が悪いが、外面がいい。特に初めて家に来る人には全身を上手く使い、『いらっしゃいませ~。どうぞこちらへ』と言わんばかりに、お客さんの前を回転しながら、喜びを爆発させたように、リビングへお連れする。お客さんがの席に着くと、その近くにピタリとお座りをし、大人しく待つ。別に、おやつなどをあげる訳ではないのに、お利口さんに待つ。そして、お客さんが呼べば直ぐ行き、撫でてもらったり、遊んでもらう。そして、お客さんが帰った後、『ふぅ~。疲れたよ~。』と言わんばかりに大きく鼻で息を吐く。そのお客さん達は次来る時には、ナナにおやつなどを買ってくるようになる。家は父さんが隠れておやつを大量にあげるので、普段はあまりあげないようにしているが、流石に断れないので、ありがたく貰い、その場で少しだけお客さんにナナへ食べさせて貰っている。ナナのその時の顔は微妙にしたり顔で『ふっ。ちょろいわ。』と言ってるように見えるのは僕だけだろうか?
 とにかく、ナナの居る生活は楽しかった。
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