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忍び寄る足音

忍び寄る足音1

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 俺がこの世界に来て、約一年が経った。
 見慣れたモンスターにダンジョン。そして、耳が人間より長く、容姿端麗、美男美女だけのエルフ。
 もう、驚きはなかった。ぶっちゃけ、見慣れてしまえば、それが普通になる。
 それでも、好みなんだろう……その、容姿端麗、美男美女だけの中でも、やはり個人的にタイプがあるのだ。
 久しぶりにやってきた、銭湯で男エルフ達は口々に、あの子はこうだ。その子はあ~だ。と会話に華を咲かせている。
 そして、たまに俺に話が飛んでくる。
 「ヤマトさんは、奥さん達の中で、誰がタイプなんですか?」
 最早、友人と言っていいだろう。最近はイリヤの家の風呂に入る事が多いが、約一年、この銭湯に通ったんだ。顔も身元もバレバレだ。もちろん、相手の家族構成から職業なんかも知っている。たまに、飲みにも行くしな。
 「ん~。全員。」
 俺は無難な答えを出す。
 はっきり言って、誰が好みだと言ってしまったら、即バレする。その後の展開も想像に難くない。正直、いまだに家族だと言われてもピンとこない時があるし。
 「お~。流石、ヤマトさん。半端ないッスね。やっぱ!オールラウンダーってやつッスか?」
 そう。もちろん、容姿端麗でも、性格はバラバラなのだ。こんな、チャラそうな性格のヤツもエルフの中には居る。
 それになんだ?オールラウンダーって??
 
 銭湯を出て、目の前にある噴水。そこに併設してあるベンチに腰掛け、イリアを待つ……って?
 ……あれ?誰を待つんだったけ??あれ???
 不意に、頭の中から記憶が抜ける。
 ん?あれ??何で俺、こんな所に居るんだっけ??しかも、ここどこよ??何?このファンタジー感!?
 「お待たせしました。ヤマト様。」
 ヤマト……様?突然、誰かに名前を呼ばれた。
 え?あ、あれ?!……あっ!ああっっ!!イリア。そう!イリアを待っていたんだ。
 目の前のイリアを見て思い出した。そう言えば、俺、エルフ達が住む世界で暮らす事になったんだ。一年前から。何で、そんな事も忘れていたんだ??
 「どうかなさいましたか?ヤマト様??ここ最近、ボーっとしてらしゃる事が多いように思いますけど?今日のダンジョンでも、様子がおかしかったですし……。動きもおかしかったですよ?いきなり、疾風の靴で加速したかと思ったら、急停止して、足元を滑らせるなんて……。」
 それは、自分では気がつかなかったんだ。
 早く、ダンジョンから出ないとミノタンとミノテールが消えてしまうから、焦ったのはある。
 湿気、多めのダンジョンに行ったから、足元には気をつけないといけない。それは分かっていた。でも気がついたら、滑っていたんだ。もう、俺に回避する余裕は無かったんだ。だから、ダンジョンの水場に落ちた。
 ダンジョンを出て、ギルドでアリシアに生活魔法をかけて貰い、服や鎧なんかは綺麗になったが、流石に、夏場とは違い水に濡れて冷えた体温は回復せず、とりあえず、銭湯に俺だけ行く事にしたんだ。
 その間、イリアには城へ行ってもらい、ターニャさんに、ミノタンとミノテールを預けて来てもらった。
 正直、自分でもおかしいと思っているし、おかしいって言われても……どう説明すればいいのか、分からないというのが本音。
 元の世界の事と今の世界の事の記憶が錯綜しているのだろうか?判断が出来ないというか、記憶が抜ける……が、自分ではしっくりくるのだが、こんな曖昧な事をイリアに話せる訳がない。
 仮に話したとしたら、凄く心配された挙げ句、女王様にも連絡が行くかもしれないし。そうしたら、事が益々大きくなるのは間違いない。
 やれ、診察だ。やれ、入院だ。とかになったら、面倒だ。
 まあ、この世界の病院がどんなものか知らないけれど……。
 「いや。大丈夫だ。ただ、料理の事を考えていただけだから。」
 俺は、嘘をついた。これが、今は一番いいだろう。そう思って。
 「……そうですか?それならば、いいのです。あっ、ほらサクラが咲いていますよ。鳥達も楽しそうですし、春麗らか。その言葉がしっくりとピッタリとくる昼下がりですね。ヤマト様。」
 イリアは納得してはいないだろうが、とりあえず、嘘を信じてくれたようで、すっかり春模様になった街を見て、喜んでいた。
 
 
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