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スプリンティア

スプリンティア9

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 ヤマトの腕から離れたアリシアは、メズを見据えながら、脳裏に残っていたイリアの手紙をもう一度、思い返していた。
 そう、あの手紙にはヤマトとアリシア宛てだけではなく、アリシア宛てだけに、もう一枚、手紙があったのだ。
 『アリシアへ。アリシア、あなたはあなたを信じなさい。それが出来ないのなら、私達や愛した人くらいは信じなさい。それが出来ないようなら、あなたには私達の隣に立つ資格なんてありませんよ。』
 ただ、それだけだった。たったそれだけだった。
 それだけなのに、上から目線。いったい何様よ!多少の腹立たしさを覚えたが、アリシアはイリアの手紙を読んで、イリアらしいと思った。昔のままなんだ……。そう思った。
 イリアは素直で、嘘をつくのが得意ではない。
 思った事を言い、思った通りに行動する。一見で判断し、それを一言で言ってしまえば『わがまま』それで終わりだろう。
 しかし、それは誤解だ。
 本当のところ、イリアは周りをよく見ている。いや、人をちゃんと見ていると言うべきだろうか。言葉とは裏腹に自分より他人を優先し、その場しのぎの言葉や建て前だけの言葉ではなく、真をつく言葉で相手を救ってくれる。まあ、そんなイリアだからこそ、王宮魔術師長も務まったのかもしれない。
 昔と変わらない言いようのイリアの手紙を思い返し、アリシアは、自分が窮地にいることを忘れるくらいに落ち着いていられた。そして、昔の事、少し前の事を断片的にだが、思い出す余裕さえも出来ていた。

 永遠に続くモノなんて、この世界には存在しない。
 それは形のあるモノだけに言える事ではない。
 ……分かりきった事である。
 ずっと続いて行くと思っていた関係は、時間というモノが変えてしまう。それは、岩が雨や風によって浸食、風化され、形が変えられ、いずれはその姿が無くなるのと、なんら変わらない。友情だってそうだ。自分自身がそう感じたから。
 魔動学校高等部を出ても、同級生で友人だったイリアやエリ、ターニャとは、一生、ずっと変わらないままの友人で居られると思っていた。
 エリは、自分とよく話が合い。イリアをよく一緒にからかい。そして、三大貴族の令嬢なのにイリア専属メイドのターニャも、そんな自分達に怒りを覚えるでもなく、時にはこちら側に参戦していた始末。
 よく四人でバカみたいな事もやった。
 先生にも怒られた。女王様にも怒られた事だってある。それも、一度や二度ではない。
 今思ってもバカだったな~。と笑いが込み上げてくる。そんな学校生活は一言で言えば、楽しかった。辛いことも沢山あったが、それを含めて、楽しかったのだ。
 自分が、とある事件以来、完全に塞ぎ込まなかったのは、彼女達のおかげだった。と、今でも思っている。
 しかし、卒業して、離れ離れになって、距離が出来た。
 イリア達は、より専門知識を得られる大学へ進学し、戦闘の出来なくなった自分は、商業系の大学へ進学し、ギルドへ就職した。
 別々の進路に進めば、一緒に居られる時間が減るのは当たり前の事だ。ましてや、役立たずになった自分は『取り残される』これは、確定事項。
 それに、大人になれば、学生の時のようには一緒に居られない。これも、確定事項。
 時間が出来ない……。
 時間が合わない……。
 仕方のない事……。
 自分だけ取り残されていく……。
 そんな事を……思いを、何度も繰り返せば、精神というモノは磨耗していく。
 風の噂で、イリア達がそれぞれの国防部隊に入り、活躍し、どんどん昇進している事を知ると、誇らしく、嬉しくもあったが、同時に取り残された気分は更に強くなった。
 あんなに仲の良かった、イリア達とは……もう『住む世界』が違う。勝手にそう……知らず知らずのうちに思い込んでいた。ヤマトとギルドへやってくる。その時までは……。
 
 あの日の事は今でも鮮明に覚えている。
 ギルド内が一瞬でざわついた。何時もは冒険者のバカ話や自慢話、笑い声が響くギルドが一瞬でだ。
 王宮魔術師長であるイリアがギルドへやって来た。それだけでもニュースなのに、今までに見たことのないようなイケメンと一緒に。
 それはざわつくに決まっている。あの『魔力バカ』が男と一緒に居る。任務以外で。
 しかも、イリアに近付こうとする男を蹴散らしてきた、イリアラブで知られる専属メイドのターニャまで一緒に。
 ターニャが承認?それだけで大問題なのに、しかも、誰が見ても、男を見る、イリアの目が……イリアの目がハートマークなのだ。好き好き光線を目から……全身から放ちまくっているのだ。
 信じられなかった。あの……イリアが?
 しかも、話を聞けば、王宮魔術師長を辞め、その男と一緒に暮らすと言う、それだけじゃない。その男は、エルフではなく人間だという。
 おとぎ話や童話で耳にした事はあるが、見るのは初めてだった。
 これが……人間??耳が丸い?それだけで、自分達とは大差ない??人間はみんなイケメンなのだろうか?
 頭は混乱した……色々と言いたい事、聞きたい事があった。が、二人でコソコソ話をした際に、イリアはある一言を言って私を黙らせた。
 「私達、エルフは好きな事にたいしては、猪突猛進ではありませんか?」
 イリアは、不適な笑みを浮かべそう言ったのだ。
 その時の笑みは、学生時代に悪巧みをする時のそれと同じだった……。
 あれ?……昔と変わらない??
 いやいやいや、その微笑み、今は合ってないよ?悪巧みだったの??仕事、辞めてやったぜ!みたいな顔して。ツッコミたいくらいに変わらない、イリアの微笑み。
 自分の頭に疑問符が浮かぶ。やっぱり、変わってない??
 いやいやいや……。そんなはずはない。もう、昔のイリアはもう居ない。それはターニャ達にも言える事だ。自分とは住む世界が違うのだ。
 これは、自分の錯覚だ。そう、錯覚だ。そう言い聞かせた。
 男の方には、興味はわいたが……。魔力のない、魔法の使えない人間など、冒険者としてやってはいけないだろう。そう思った。その程度。
 イリアもいずれは愛想を尽かして、男からもギルドからも……私の前からも、消えるだろう。そう思った。
 しかし、男は……ヤマトはとんでもないスキルの持ち主だった。冒険者のスキルではなく、生きていくために必要なスキル。『料理』がとてつもなく上手かったのだ。
 あの『からあげ』は衝撃的だった。まさに、青天の霹靂。
 この『からあげ』が世に出たら、世界が変わるだろう。そんな事が容易に想像出来た。いや、世界だけじゃない。自分自身にも変化をもたらした。
 幼少期から見る悪夢。実際に体験した事なのだが、その悪夢を見ることが少なくなった。魔動学校時の事件の悪夢を見ることが少なくなった。
 それがなぜだか分からなかった。でも、『からあげ』を食べた時は絶対にその悪夢は見なかった。熟睡したのは、生まれて初めてだった。
 寝れる。という事がこんなにありがたい事だと思わなかった。頭にかかったモヤが少しずつ晴れ。思考はよりクリアになっていく。
 自分は何を悩んでいたのだろう?
 自分は何をしているのだろう?
 自分は何をしたかったのだろう?
 そして、結局、変わっていたのはイリア達ではなく、自分だった事に気付く。エリやターニャも昔と変わってはいなかった。元々、信念の強い子達だった。変わる訳なかったんだ……。
 自分が塞ぎ込んで、自分が傷付かないような道を選んで、言い訳をしていただけなのだ。
 距離をとったのは自分だったんだ。
 戦えないなら、戦えないなりの戦い方があった。一緒に居られる道なんて幾らでもあったのだ。別々の道を選んでしまったが、例え、違う道へと進んでも想いを違える事はなかった。
 まあ、それも一人の男によって変えられてしまったが……。
 アリシアは『想い』と、それを変えた『一人の男』の事を思い、小さく笑った。
 
 幼少期の自分の夢は、漠然としたモノだった。
 『瞳の色で差別されない世界をつくる。』
 それは、イリア達に与えて貰った想いであり夢だった。いや、共に成し遂げよう。そんな誓いを立てた尊い夢だった。
 その夢を目指したきっかけを、アリシアは覚えている。
 魔動学校初等部へ入学して直ぐ、イリアと出会い、一目見て言われた言葉。そこから始まった。その言葉をアリシアは、いまだに一言一句忘れず覚えていた。
 「あなた。あなたは凄い力を持っているのに、なんで隠すの?嫌な事があったの??私には分からないけれど……あなたの力は決して悪い力じゃない。みんなを守れる力だよ。だから、胸を張って良いんだよ?誇っていいんだよ?……ねえ。あなたも私と同じ夢をみない?いいえ!みましょうよ!!」
 突然言われた言葉に、アリシアは意味が分からなかった。
 初対面で気付かれるとも思っていなかったし、幼少期からこの力のせいで、忌み嫌われ、疎まれ、蔑まれ、虐められて、家族からは捨てられた。その事を拾ってくれた女王様達以外は知らないはず。
 それなのに、宝石のルビーのように赤く輝く瞳の少女は、その瞳の色を隠す事なく……見破った。そして、今まで言って欲しかった一言を……誰も言ってくれなかった一言を言ってくれたのだ。
 アリシアは自然と流れる涙が止まらなかった。そんなイリアと友人になるのに時間も要らなかった。そして、同じく魔眼を持つエリ。ダイクンゴールドという血筋に縛られた瞳を持つターニャとも直ぐに仲良くなった。まさか、こうして同じ人を好きになるとは思わなかったが……。
 そして、アリシア達は誓いを立てた。
 「瞳の色で差別されない世界を。」
 「誇りを持てる世界を。」
 「自由に生きられる世界を。」
 「みんなが笑って幸せに暮らせる世界を。」
 「「「「共につくろう。」」」」
 お互いの手を重ね、みんな、頷く。
 「ボクの想いを。」
 「私の想いを。」
 「わたくしの想いを。」
 「オレの想いを。」
 「「「「捧げます。」」」」
 凄くシンプルな誓いだった。
 あの頃は、ターニャはお嬢様らしく『わたくし』と言っていたっけ……。今では『わたし』に変わっているし、ヤマト君の前では、エリが『わたくし』なんて言っているし。
 あっ!そうか!!もしかしたら、エリはターニャのマネをしているのでは?!『わたくし』なんて言えば、上品に聞こえると思って!!
 そう思うと笑いが込み上げてくる。
 イリアが帰ってきたら、教えてあげよう。フフフ。
 それにしても、懐かしいな……。こんな事を思い出すとは思わなかった。
 自分達エルフは『好きな事に猪突猛進』なのだ。その事を改めて思い知った。
 それは仕方ない事だ。猪突猛進なんだし。好きになったら一直線。形は変わっちゃったけど、自分達は『料理』でみんなを幸せにすればいいんだから。自分達の想いの根幹、『みんなを幸せにする』。それは同じなのだから。まあ、ヤマト君には変わってしまった事に対しての責任を取ってもらわないとね。
 そう思い、アリシアはもう一度微笑み、改めてメズに集中する。
 イリアが、自分達を信じろ。と言う。イリア達を……愛した人を信じろ。と言う。
 正直、ヤマトを好きになった理由は分からない。『からあげ』を食べた時から、特に気になり始めたのは覚えているが……。気がついたら、イリア達に嫉妬するようになっていた。人を好きになるという感覚は初めてではないが、理由なんてものは、そもそもはない。まあ、そんなものなのかも知れない。
 「(正直、イリアの言うとおり、自分を信じる事は出来ないかもしれない。でも、友人のイリア達の事、好きになったヤマト君の事なら信じる事が出来る。そうだ。自分が信じたモノを信じればいいんだ。)」
 アリシアは、何かを吹っ切ったように清々しい微笑みを浮かべ、そして、自分の両目に指をやる。
 左手の人差し指と中指には光る何かが一つずつ。それと同時に呪文の詠唱を始める。
 「『黒は闇に万物を呑み込み 白は光に万物を打ち消す 生は混沌を生み 死は秩序に安寧をもたらす 死は汝を救うだろう 死は汝を許すだろう 』」
 そう言い終え、アリシアは右手をメズへ向かい突き出す。そして、指を開いて静かに言う。
 「『デスホーリーフェザー』」
 
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