漆黒の万能メイド

化野 雫

文字の大きさ
上 下
38 / 49

第35話

しおりを挟む
 しかし、いましも鬼女の鋭い牙が呆けて天を仰ぐ町長の無防備な喉笛に突き刺さろうとする一歩手前、鬼女の動きがピタリと止まった。

「許せ、そいつを今ここで殺させるわけにはゆかぬのだ」

 そう声がした。

 鬼女が町長の喉笛に食らいつく一歩手前で、戦乙女がその間に割って入っていた。

「くううううっ……」

 戦乙女は腰に吊るした剣の柄で鬼女のみぞおち辺りを突いていた。自身の突進する速度も加わり、戦乙女の差し出した柄の先は深々と鬼女のみぞおちに入っていた。

 鬼女は、自身の胸元に低く入り込んだ戦乙女をじろりと見た後、口から泡と胃液をこぼしながらその場に崩れ落ちた。

「まったく、何て反応速度だ。
 動き出しは俺より遅かったはずなのに……」

 それを見た剣士が呆れ顔でそう呟いた。

「分かってはいたけど、一瞬、肝を冷やしましたよ、姫」

 騎士の少し後ろに居た若き帝の騎士はそう言って苦笑いを浮かべた。

「私もまさか、この女がここまで速い動きをするとは思わなかった。
 実際、紙一重だったよ」

 床に崩れ落ちる前に鬼女の体を抱きとめた戦乙女がそう言って笑った。

 先ほどまでは完全に鬼女の姿だった女は、意識を失うと何事もなかったかの様に、また元のあの美しいメイド姿の女に戻っていた。

「姫、このメイドさんは?」

 一度は鬼女と化したメイド姿の女が元に戻り、しかも気を失ったのを見て、帝の騎士はゆっくりとそこに歩み寄って来た。そして戦乙女に抱かれる女を見て言った。

「このメイド、食人鬼グールだったんですね……姫君」

 その横で同じ様にメイド姿の女を見下ろしながら剣士が小声で戦乙女に尋ねた。

「ああ、その通りさ、さすがカゲトキだな。
 まったく馬鹿な奴だよ、あの町長は。
 命知らずも程がある。
 こやつを主がまだ生きているかのように騙して散々弄んでいたとはな。
 それがバレた時にはどんな地獄がこいつを待っていたか……」

 戦乙女は、剣士の問い掛けに、いまだ天を見詰め呆けている町長を、蔑む様な、憐れむ様な複雑な表情を浮かべてちらりと見ながら答えた。

「でも、食人鬼の女がなんで人間を主として従ってたんですか?
 ひょっとしてこの人の主も姫並みにスーパーな方だったとか?
 それともあまりに美味しそうだったので楽しみにとっておいたとか。
 それにしては妙に主に想い入れが強そうだったけど。
 どっちかと言うとし主従と言うより男女のって感じに見えましたが」

 若き帝の騎士が納得のゆかぬ顔で尋ねた。

『それを言うならお前たちもだろ?』

 その言葉を聞いてそんな声が思わず口から出そうになったのを剣士はぐっと抑えた。

「こやつの主は人間だ。しかもごく普通の商人だよ。
 しかし、ハロルド、お前の言う通り、こやつはその主を愛していた。
 それも主としてでなく、一人の男としてな」

「食人鬼の女と人間の男が恋愛関係?
 時折、食人鬼の男が人間の女に対して、
 食欲を満たす前に性欲を満たすって事はあるらしいですが、
 それはあくまで一時的な事で性欲が満足出来れば即食欲だったはず」

 戦乙女の答えに、一層、困惑の表情を深めて若き帝の騎士が言った。

「この世に絶対はなんて事はないさ。
 むしろ例外って奴の方が多い位だよ。
 実際、こやつの主への想いは本物だったよ。
 よく覚えておくが良い、ハロルド」

「姫がそう言うのならそれで間違いないんでしょう。
 かわいそうに愛する者の為に生き地獄を耐えて来たのに……」

 戦乙女はそう言って寂し気に笑った。

 若き帝の騎士も気を失っているメイド姿の女を悲し気な瞳で見ながらそう呟いた。

「いや、あの主と美しい想い出だけで終われた事は、
 この女にとって幸せな事かもしれんよ」

 二人のやり取りを黙って聞いていた剣士が小さく独り言のように呟いた。

「あんた、なんて事言うだ!
 いくら相手が食人鬼だからってそんな言い方はないだろう!」

 その呟きを聞き逃さなかった若き帝の騎士が思わず剣士の胸倉を掴んでそう声を荒げた。しかし剣士は、少し苦し気な表情で若き帝の騎士から顔を背けただけで、何も言わず、そして抵抗も反撃もしなかった。

「止めよ、ハロルド。
 人には色々事情があるのだ」

 戦乙女は静かな口調で、しかし有無を言わせぬ重みを持った声でその若き帝の騎士をそう言って制した。

「姫がそう言われるのなら……」

 それでも納得がゆかぬのか、若き帝の騎士は剣士をじろりと睨んでその手を離した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...