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第百五十五話
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「あら……そうだったかしら?」
そして、それを聞いた緑川もそう言ってくすりと笑った。
そして、ここであえて『愛人』のくだりを無視したのは、さすが緑川だ、負けてはいないなって僕は思った。あれが板額の挑発だって事を見抜いていたんだろう。
でも、その笑いは二人とも心底笑ってないの事ぐらい、僕には分かっていた。
いや笑っていないどころか、板額はかなり怒ってる。そして、緑川のそれは板額に対する挑発ともいえるものだ。
「でも、それってぇ……巴も悪いけど……、
もっと悪いのは与一君だよねぇ~♪」
そんな危ない状況なのを知ってか知らずか、白瀬のやつは酔いに任せて、火に油を注ぐような事をぽろりと口にした。
「まあ、その点は僕も京子と同意見なんだ。
だから一度、与一とは二人っきりでじっくり話し合う必要があると思ってる」
そう言って僕をじろりと睨んだ板額の目は、まるで彼女が鬼牙に変化した時みたいに背筋が凍るほど恐ろしかったのを僕はよく覚えている。
「あら、それはダメよ、板額。
あなたと二人っきりにしたら『私の与一』が何されるかわかんない」
僕が返答に苦慮してると、緑川がいきなり僕の横に座り、僕の腕に自分の腕を絡ませ体を密着させてそう言ってにやりと笑った。
今、確かに緑川は僕の事を『私の与一』と言ったぞ。
マズイ、僕の男の本能がこの瞬間『レッドアラート』を鳴らした。
これは緑川の板額に対する完全なる『宣戦布告』に他ならない。いや、事によっては真珠湾攻撃クラスの悪手だ。
「ほほぉ……なるほどね。
どうやら僕は少し巴を自由にしすぎたようだ。
でも、まあ、それも今日限りだから良いけどね。
今夜、僕と巴のどっちが良いか、
与一には、はっきりと分かると思うからね」
板額は表面上は物静かに……でもその実、あからさまに緑川に対してこれまでにない程の敵意をにじみ出しながらそう言った。
「だ、だから、与一はあなたと二人っきりにさせないって言ったじゃない」
さすがの緑川も、板額の放つ敵意にやや怖気づきながらも必死に強気を装いっていた。
まあ、緑川にしてみればそうだろう。
せっかく、板額が居ないのを良い事になし崩し的に『僕の正妻』の座を得たのだ。このまま、後から来た……当然、板額はそんなこと認めはしないが……板額の介入を許すわけにはゆかない。今の緑川にしてみればそう考えるのも無理ない。
「巴、君とは仲良くいたいと思う。
そして、君との間で暴力的な手段は使いたくはない。
でもね、やっぱり今夜ばかりはそうはいかない様だね。
僕もこのまま『与一の正妻』としての立場を君に奪われたままにしておけない。
これは烏丸家次期当主としての沽券にも関わるからね」
そう言って、板額は着物のたもとに手を入れるとスマホを取り出した。そしてスマホに向かって一言……
「状況を開始せよ……」
……と言った。
次の瞬間だった。
僕の部屋の玄関ドアが勢いよく開いた。
そして、数人、いや、十人近くの人間が僕の部屋になだれ込んで来た。
僕はその瞬間、何が起こったかまったく理解できなかった。いや、僕だけじゃない、緑川も同じだった様だ。いつもはどんな事が起こっても冷静さを失わない彼女が、この時ばかりは取り乱していた。
「何、何が起こってるの?!」
考えてみれば、それも仕方ない事なのだ。
ここは僕の部屋。しかも、このマンションはオートロックなのだ。僕と合鍵を持っている緑川以外にドアを開けられる者など居ない。少なくともこの部屋にいる限り、僕らは絶対に安全だったはずなのだ。
意外にも真っ先に冷静さを取り戻したのは酔っぱらってたはずの白瀬だった。
「板額、ごめん!
私、ここは巴に加勢しますよ!」
そう言ってなだれ込んで来た者に跳びかかって行こうとした。
僕はこれまで、こんな白瀬を見たことがなかった。白瀬は幽霊なのだ。しかも彼女は悪霊ではない。今まで僕以外の生者に影響を与えることは出来ないと勝手に決めつけていた。
でも、この白瀬の動き。もしかすると白瀬はやろうと思えば相手が生者でも何らかの影響を与えることが出来るんじゃないかと僕はこの時、初めて思った。
が、しかし……
「横田! 霊に呪縛を!」
それに気づいた板額が、なだれ込んで来た一人にすぐさま声をかけた。
するとその女性は、胸元から数枚のお札の様な物を取り出すと、飛んでくる白瀬に向かってそれを投げた。
そして、それを聞いた緑川もそう言ってくすりと笑った。
そして、ここであえて『愛人』のくだりを無視したのは、さすが緑川だ、負けてはいないなって僕は思った。あれが板額の挑発だって事を見抜いていたんだろう。
でも、その笑いは二人とも心底笑ってないの事ぐらい、僕には分かっていた。
いや笑っていないどころか、板額はかなり怒ってる。そして、緑川のそれは板額に対する挑発ともいえるものだ。
「でも、それってぇ……巴も悪いけど……、
もっと悪いのは与一君だよねぇ~♪」
そんな危ない状況なのを知ってか知らずか、白瀬のやつは酔いに任せて、火に油を注ぐような事をぽろりと口にした。
「まあ、その点は僕も京子と同意見なんだ。
だから一度、与一とは二人っきりでじっくり話し合う必要があると思ってる」
そう言って僕をじろりと睨んだ板額の目は、まるで彼女が鬼牙に変化した時みたいに背筋が凍るほど恐ろしかったのを僕はよく覚えている。
「あら、それはダメよ、板額。
あなたと二人っきりにしたら『私の与一』が何されるかわかんない」
僕が返答に苦慮してると、緑川がいきなり僕の横に座り、僕の腕に自分の腕を絡ませ体を密着させてそう言ってにやりと笑った。
今、確かに緑川は僕の事を『私の与一』と言ったぞ。
マズイ、僕の男の本能がこの瞬間『レッドアラート』を鳴らした。
これは緑川の板額に対する完全なる『宣戦布告』に他ならない。いや、事によっては真珠湾攻撃クラスの悪手だ。
「ほほぉ……なるほどね。
どうやら僕は少し巴を自由にしすぎたようだ。
でも、まあ、それも今日限りだから良いけどね。
今夜、僕と巴のどっちが良いか、
与一には、はっきりと分かると思うからね」
板額は表面上は物静かに……でもその実、あからさまに緑川に対してこれまでにない程の敵意をにじみ出しながらそう言った。
「だ、だから、与一はあなたと二人っきりにさせないって言ったじゃない」
さすがの緑川も、板額の放つ敵意にやや怖気づきながらも必死に強気を装いっていた。
まあ、緑川にしてみればそうだろう。
せっかく、板額が居ないのを良い事になし崩し的に『僕の正妻』の座を得たのだ。このまま、後から来た……当然、板額はそんなこと認めはしないが……板額の介入を許すわけにはゆかない。今の緑川にしてみればそう考えるのも無理ない。
「巴、君とは仲良くいたいと思う。
そして、君との間で暴力的な手段は使いたくはない。
でもね、やっぱり今夜ばかりはそうはいかない様だね。
僕もこのまま『与一の正妻』としての立場を君に奪われたままにしておけない。
これは烏丸家次期当主としての沽券にも関わるからね」
そう言って、板額は着物のたもとに手を入れるとスマホを取り出した。そしてスマホに向かって一言……
「状況を開始せよ……」
……と言った。
次の瞬間だった。
僕の部屋の玄関ドアが勢いよく開いた。
そして、数人、いや、十人近くの人間が僕の部屋になだれ込んで来た。
僕はその瞬間、何が起こったかまったく理解できなかった。いや、僕だけじゃない、緑川も同じだった様だ。いつもはどんな事が起こっても冷静さを失わない彼女が、この時ばかりは取り乱していた。
「何、何が起こってるの?!」
考えてみれば、それも仕方ない事なのだ。
ここは僕の部屋。しかも、このマンションはオートロックなのだ。僕と合鍵を持っている緑川以外にドアを開けられる者など居ない。少なくともこの部屋にいる限り、僕らは絶対に安全だったはずなのだ。
意外にも真っ先に冷静さを取り戻したのは酔っぱらってたはずの白瀬だった。
「板額、ごめん!
私、ここは巴に加勢しますよ!」
そう言ってなだれ込んで来た者に跳びかかって行こうとした。
僕はこれまで、こんな白瀬を見たことがなかった。白瀬は幽霊なのだ。しかも彼女は悪霊ではない。今まで僕以外の生者に影響を与えることは出来ないと勝手に決めつけていた。
でも、この白瀬の動き。もしかすると白瀬はやろうと思えば相手が生者でも何らかの影響を与えることが出来るんじゃないかと僕はこの時、初めて思った。
が、しかし……
「横田! 霊に呪縛を!」
それに気づいた板額が、なだれ込んで来た一人にすぐさま声をかけた。
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