ハンガク!

化野 雫

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第百三十三話

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 目の前に居るのはすでに死んで、この世のものではない女の子なのだ。

 それなのに宙に浮かんでいることを除けば、その姿や声ばかりか、その反応や表情さえも普通に生きている緑川や板額みたいな同世代の女の子とまったく変わりはなかった。今まで僕が見ていた、いや板額の言葉通りなら、僕が見ていたと思い込んでいた『白瀬京子の怨霊』とは似ても似つかぬものだった。

 そう、あまりに自然すぎる姿でそこに白瀬京子は居た。

「あの時は……平泉君にだけはお義父さんから辱めを受けたって事、
 絶対に知られたくないという一心だった。
 でもその後、私の自殺で平泉君が自分自身を苦しめるのを見てるのが、
 どうして耐えられなくなったの。
 だから必死にその事を平泉君に伝えようとしたのに……」

「当の本人は、京子が自分を恨んで怨霊になって出て来たって思った」

 白瀬がそこまで話すと、板額がくすくすと笑いながらそう言って口を挟んだ。

「本当にそうですよ、板額さん。
 こっちが必死に違うって言ってるのに、
 余計になんかすっごい勘違いしちゃって……。
 これって私から見れば平泉君が酷い厨二病にも見えるほどで」

 板額の言葉に白瀬はごく普通の女の子みたいに笑いながら答えた。

「でも、そんな怨霊の君に、
 与一は『自分の一生を君に捧げても良い』って常日頃言ってたんだよね。
 それって僕らからしたらホント妬けちゃう事だよ」

これまた普通の女の子と恋話するみたいに板額はそう言って笑った。

「えっ!それって聞き捨てならない。
 与一ってさっきだけじゃなく、
 いつも京子にそんなセリフ吐いてたの、板額!」

 ところがその言葉に真剣な顔で緑川が噛みついた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!
 なんでそんな事まで君が知ってるんだよ!」

 そして今度は僕が慌ててそう叫んでいた。


 だって、それは僕が怨霊だと思ってた白瀬と二人きりの時にしか、しかも心の中だけで言った言葉じゃないか。

「僕を誰だと思ってるんだい、与一。
 この日本という国の隠された裏の世界を支配する烏丸家の次期当主だよ。
 君の事くらい、何だって知る事は出来るさ」

「ホント、あんただけは敵にしたくないわ」

 にやにやしながらさらりと恐ろしい事を言った板額に、緑川は呆れ顔でそう呟いた。

「でもなんか寂しいな、私だけ京子を見たり話したりできないなんて」

 緑川はその後、小声で少し寂しそうにそう付け加えた。

「じゃあ、巴、君がそう望むなら、
 君にも京子の姿や声が見たり聞いたりできる様にしてあげようか?」

「えっ……そんな事出来るの?
 私、あなたと違って普通の女子高生なのよ」

 緑川の呟きを聞き逃さなかった板額がそう尋ねると、驚いたように緑川が聞き返した。


 冷静になれば、今のこの状況、色々、尋常ならざる事柄が色々起こって訳の分からない状況になっているのだ。

 自殺してもうこの世にはいない白瀬京子の霊が目の前に、まるで生者の様に自然な姿で居る。

 いや、その前に、さっき、ここで葵高の先輩である望月先輩が化け物に変化して、それをこれまた鬼牙に変化した板額が刀で真っ二つに切り殺しているんだ。

 普通の高校生なら自身の理解の範疇を優に超えて茫然自失、いや卒倒してても不思議じゃない。

 それなのに板額と緑川のこのあまりに自然な女子高生然とした会話はなんだろう。いや、そういう僕だって意外にもこんな状況なのに至って普通だったのだ。

 この時、すでに僕らはもう尋常ならざる世界の住人となってしまってた事に、僕は後になって気が付いた。


「板額さんと巴、すごく仲が良いね。
 何か羨ましいな。
 それに二人とも今は平泉君の彼女なんだし」

 白瀬もきっと同じことを思ったのだろう。これまた普通の女子高生風にそんな言葉を呟いた。

「私は二人と違って幽霊だから……」

 その後、小さな声で白瀬はこう呟いて少し悲し気な表情を浮かべた。その表情を見て僕の胸に、中学の時、この白瀬京子に密かに恋した時のあの新鮮で熱い想いがこみあげて来た。

「白瀬、僕は……
 僕の人生をお前にやるっていつも言ってじゃないか。
 それは君も僕の彼女って意味じゃないかな。
 もっとも君さえ良ければってことだけど……」

「だって、あれは私をあなたを恨む怨霊と思って言った言葉じゃ……」

 何やら二人で盛り上がっている板額と緑川を見ながら僕がぼそりとそう呟くと、白瀬が驚いた様な表情で僕を見た。
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