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第百二十九話
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「こんな時に何言ってるの板額?」
板額の言葉に、緑川はぽかんとした顔でそう答えた。やはり緑川にしてみてもこの場でこの言葉は予想だにしないことだったのだろう。
「まあ、確かに京子がもし生きていれば、
あなた以上に手ごわい恋のライバルだったけど……」
そこまで言って緑川の表情が急に変わった。
「ま、まさか、板額、京子がここに居るの?!」
緑川も僕と同じことに気が付いたのだろう。
あのいつでも冷静な緑川の事、白瀬京子の怨霊が僕に憑りついているなんて考えもしないだろう。でも、板額と知り合い、この事件。緑川はすでにもう、この世の物とは思えぬ異形の者たちの居る世界を体験してしまった。そして、緑川は凄く冷静な女の子だけど、その代わりすごく頭の回転が早い。だから、今まで考えもしなかった事でも、今現在の状況に素早く対応して考えや見方を修正する能力にも長けているのだ。
そんな緑川だからこそ、板額の目に僕に憑りつく白瀬京子の姿が見えている、と咄嗟に思ったのだろう。
そうだ。緑川なら今までの常識って言う境界を一度超えられれば、白瀬京子が怨霊となって僕に憑りついている事くらい想像が出来てしまう。緑川はあの忌まわしい事件の当事者でもあるのだ。
「お願いだ、板額。
その事だけは緑川には言わないでくれ!」
僕は再び同じことを叫んでいた。
僕だけなら良い。でも、緑川には今の僕の様な想いはさせたくない。白瀬京子に一生憑りつかれるのは某一人で十分なのだ。今の白瀬なら僕だけじゃなく、存在を知られれば必ず緑川にも憑りつくに違いなと、この時の僕は勝手に確信していたのだ。
「頼む、白瀬!
緑川には何もするな!
その代わり僕は君に一生を掛けて尽くすから!」
僕は普段なら心の中だけで叫ぶ声を、この時ばかりは白瀬京子の怨霊に対して声に出して叫んでいた。
「ねぇ、巴、聞いたかい、今の与一のセリフ。
『君に一生を掛けて尽くすから』だって。
あんな熱烈的な言葉、僕たちにはくれなかったよね。
ホント、すっごく羨ましくて腹立たしいとは思わないかい?」
ところがだ。
板額は緊張感のまったくない、にやにやしたと何だか嬉しそうにも見える表情でそう答えた。
そんな板額に僕は強烈な違和感を感じた。
いや、違和感と言うより怒りの感情だったかもしれない。
だって僕が緑川の身を案じて、白瀬京子の怨霊にこれほどの恐れを抱いているのだ。それなの板額が鬼牙であると言う安心感からか、こんなお気楽な態度を示すのはやはり腹立たしく思える。
「ほら、巴、君がちゃんと真実を伝えないから与一が怒ってる」
そんな僕を見て板額が笑いながら緑川にそう言った。
まただ。
『真実』って何だ?
それは間違いなく、さっきも板額が緑川に言った『白瀬京子の真実』に違いない。
『白瀬京子の真実』、それは僕にとっては、自分の初恋の女の子を自分自身が死に追いやったと言う忌まわしいあの事件の事以外考えられない。でももしそうなら、何か話が通じない。それをいまさら僕が聞いて何が変わると言うのだ。というより、そんな事は僕自身が一番良く知っているのを板額も知ってるはずだ。
「板額、それはダメ。京子と約束だから。
あの事は与一だけには知られちゃいけないのよ……」
しかし、緑川はそう言って言葉を濁した。そしてその表情は何か悩まし気と言うか、重苦しい感じだった。
僕に知られちゃいけない真実?
白瀬京子の事件に関しては一番の当事者である僕が一番知っている。そして、僕はその白瀬京子の怨霊に憑りつかれているのだ。誰よりも、それはもう一人の当事者でもある緑川よりも、僕の方が白瀬の事件の事は良く知っているのだ。
僕は今まで緑川を、もう一人の当事者と言ったが、正確には違う。
緑川は当事者ではあるが、僕と違って自身の意思で当事者になったのではない。僕が無理やり彼女を当事者にしてしまったのだ。だから僕は相手が例え、僕が一生服従せねばならない白瀬京子の怨霊であっても守らねばならない。
「君が瀕死の白瀬京子とどんな約束をしたかは僕は知らない。
でも容易に想像は付くんだよ。
今の僕は男でもあり女でもあるんだからね。
それから烏丸家の力を駆使すればほとんどの事は仔細に分かってしまう」
板額はそう今までとは打って変わって真面目な顔で緑川にそう告げた。
「でも……私は……」
それでも躊躇する緑川に板額は真顔のままこう言い切った。
「僕には与一が大切なんだ。
だからはっきり言うよ。
与一、白瀬京子が自殺した原因は君じゃないんだよ」
板額の言葉に、緑川はぽかんとした顔でそう答えた。やはり緑川にしてみてもこの場でこの言葉は予想だにしないことだったのだろう。
「まあ、確かに京子がもし生きていれば、
あなた以上に手ごわい恋のライバルだったけど……」
そこまで言って緑川の表情が急に変わった。
「ま、まさか、板額、京子がここに居るの?!」
緑川も僕と同じことに気が付いたのだろう。
あのいつでも冷静な緑川の事、白瀬京子の怨霊が僕に憑りついているなんて考えもしないだろう。でも、板額と知り合い、この事件。緑川はすでにもう、この世の物とは思えぬ異形の者たちの居る世界を体験してしまった。そして、緑川は凄く冷静な女の子だけど、その代わりすごく頭の回転が早い。だから、今まで考えもしなかった事でも、今現在の状況に素早く対応して考えや見方を修正する能力にも長けているのだ。
そんな緑川だからこそ、板額の目に僕に憑りつく白瀬京子の姿が見えている、と咄嗟に思ったのだろう。
そうだ。緑川なら今までの常識って言う境界を一度超えられれば、白瀬京子が怨霊となって僕に憑りついている事くらい想像が出来てしまう。緑川はあの忌まわしい事件の当事者でもあるのだ。
「お願いだ、板額。
その事だけは緑川には言わないでくれ!」
僕は再び同じことを叫んでいた。
僕だけなら良い。でも、緑川には今の僕の様な想いはさせたくない。白瀬京子に一生憑りつかれるのは某一人で十分なのだ。今の白瀬なら僕だけじゃなく、存在を知られれば必ず緑川にも憑りつくに違いなと、この時の僕は勝手に確信していたのだ。
「頼む、白瀬!
緑川には何もするな!
その代わり僕は君に一生を掛けて尽くすから!」
僕は普段なら心の中だけで叫ぶ声を、この時ばかりは白瀬京子の怨霊に対して声に出して叫んでいた。
「ねぇ、巴、聞いたかい、今の与一のセリフ。
『君に一生を掛けて尽くすから』だって。
あんな熱烈的な言葉、僕たちにはくれなかったよね。
ホント、すっごく羨ましくて腹立たしいとは思わないかい?」
ところがだ。
板額は緊張感のまったくない、にやにやしたと何だか嬉しそうにも見える表情でそう答えた。
そんな板額に僕は強烈な違和感を感じた。
いや、違和感と言うより怒りの感情だったかもしれない。
だって僕が緑川の身を案じて、白瀬京子の怨霊にこれほどの恐れを抱いているのだ。それなの板額が鬼牙であると言う安心感からか、こんなお気楽な態度を示すのはやはり腹立たしく思える。
「ほら、巴、君がちゃんと真実を伝えないから与一が怒ってる」
そんな僕を見て板額が笑いながら緑川にそう言った。
まただ。
『真実』って何だ?
それは間違いなく、さっきも板額が緑川に言った『白瀬京子の真実』に違いない。
『白瀬京子の真実』、それは僕にとっては、自分の初恋の女の子を自分自身が死に追いやったと言う忌まわしいあの事件の事以外考えられない。でももしそうなら、何か話が通じない。それをいまさら僕が聞いて何が変わると言うのだ。というより、そんな事は僕自身が一番良く知っているのを板額も知ってるはずだ。
「板額、それはダメ。京子と約束だから。
あの事は与一だけには知られちゃいけないのよ……」
しかし、緑川はそう言って言葉を濁した。そしてその表情は何か悩まし気と言うか、重苦しい感じだった。
僕に知られちゃいけない真実?
白瀬京子の事件に関しては一番の当事者である僕が一番知っている。そして、僕はその白瀬京子の怨霊に憑りつかれているのだ。誰よりも、それはもう一人の当事者でもある緑川よりも、僕の方が白瀬の事件の事は良く知っているのだ。
僕は今まで緑川を、もう一人の当事者と言ったが、正確には違う。
緑川は当事者ではあるが、僕と違って自身の意思で当事者になったのではない。僕が無理やり彼女を当事者にしてしまったのだ。だから僕は相手が例え、僕が一生服従せねばならない白瀬京子の怨霊であっても守らねばならない。
「君が瀕死の白瀬京子とどんな約束をしたかは僕は知らない。
でも容易に想像は付くんだよ。
今の僕は男でもあり女でもあるんだからね。
それから烏丸家の力を駆使すればほとんどの事は仔細に分かってしまう」
板額はそう今までとは打って変わって真面目な顔で緑川にそう告げた。
「でも……私は……」
それでも躊躇する緑川に板額は真顔のままこう言い切った。
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