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第九十三話
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そして、それを良い事に、犯人たちは緑川がまるで病欠したかの様な偽装工作まで施したのだ。
犯人たち、そう僕は緑川を拉致した犯人を単独犯だとは思っていなかった。実際、緑川のあの脅迫画像には犯人の一人と思われる者の手が緑川の表情が写る様に頭を押さえていた。と言う事はそれを撮影している者がいるから最低でも犯人は二名はいる事は間違いない。でも、あの緑川を誰にも気づかず拉致した上に、ここまで巧妙な偽装工作をするからには二人だけと言うわけではないと踏んでいた。ある程度、そうグループと言えるほどの人数はいるはずだと思っていた。
しかしその一方、街にたむろする不良連中がいたずら目的で緑川を拉致したのなら、そんな手の込んだことはしなかっただろう。また、身代金目的の誘拐ならそういう偽装工作は考えられる。しかも人質である緑川のあのような姿を撮影して送り付ける事で両親に心理的プレッシャーをかける事は考えられる。でも実際に脅迫を受けたのはこの僕だ。普通の高校生の僕から巻き上げられる金額なんてたかが知れてる。そんなのはあまりに現実的じゃない。
そこまで考えると、相手の目的は間違いなく僕だ。しかも、これだけ手の込んだことをしている。緑川を誘拐して、あの様な姿にした時点で、これは犯罪だ。しかもかなり重罪になる。そんな事をしてでも僕を呼び出そうとした相手に僕は、言葉に出来ない程の狂気と恐怖を感じた。
『相手はまともじゃない。
でも頭の切れる相手だ』
僕の頭の中でもう一人の僕がそう囁き、僕に注意を促した。
その時だった。
僕は突然、背中に不気味な冷気を感じた。同時に、僕の耳元に氷の様に冷たい吐息が掛った。
『巴、もう汚されちゃったかもね……』
そして『白瀬 京子の怨霊』はそう囁くと、くくくっと小さく笑った。
『頼む、白瀬。
僕はどうなっても良い。
でも緑川だけは許してやってくれ』
僕は背中に絡みつく白瀬の怨霊を振り返らずそう呟いた。
『そんなに巴が大事?』
『緑川を恨むのは筋違いだ。
僕が彼女に無理にああさせたんだ。
だから、白瀬、頼むよ、緑川だけは許してやってくれ』
そう聞き返した白瀬の怨霊に僕は今一度、懇願した。すると、その瞬間、白瀬の怨霊の気配が背中からふわりと消えた。そして白瀬は僕の懇願に何も答えなかった。
もしかしたら緑川は白瀬の怨霊が言った様に、すでに狼どもの毒牙に掛かってしまったのかもしれない。もしその時は、僕は男としてその責任を取るつもりだった。一生、傷ついた緑川の傍に居る覚悟を決めていた。ただし、それを白瀬の怨霊が許すかどうかは、その時の僕には分からなかった。
それよりも僕は、ただただ、緑川の無事を願った。自身の人生、いや命、魂すら白瀬に捧げても構わないから、緑川だけは助けて欲しいと白瀬の怨霊に今一度願っていた。
だって、緑川に何の罪もない。緑川を巻き込んだのはこの僕なのだから。
元パチンコ屋であった廃ビル前に立った僕は一度大きく深呼吸をした。
パチンコ屋らしく自動ドアになっていた大きな入り口は、元は全面ガラス張りだったのだろう。しかし、今は、そのガラスの部分に無粋な合板の板が何枚も打ち付けられて中が見えなくなっている。そして、その端に小さめのドアがあった。本来は従業員が営業時間外に出入りする目的で使われた物だろう。ここも本来は中が見えるガラス張りだったのだろうが、今は大きな合板の一枚板で覆われていた。
僕はその小さい方のドアを押してみた。すると意外なほど簡単にそのドアは内側に向かって開いたのだ。僕は、そのまま建物の中に一歩入った。外見から想像したように中は真っ暗だった。
「おっ、やっとこさ、色男のお出ましか!」
すると突然、建物の内に声が響いた。その声を合図に、そこかしこから笑い声が上がった。と同時に、その笑い声がする場所に、明かりが灯った。それはLEDランタンの様な物なのだろう。建物の内部の広さに比べてそう多いわけではなかったが、無機質で冷たい白い光は建物内部を明るく照らし出していた。
元々はここには何列ものパチンコ台が行儀よく並んでいたのだろう。そして、あの独特の騒音と大音量のBGMが流れていた事だろう。しかし今は、その全てがなくなっていた。そして、ただ何もない広い空間と、くすくすと男たちの嫌な笑い声と囁き声が響いていた。
犯人たち、そう僕は緑川を拉致した犯人を単独犯だとは思っていなかった。実際、緑川のあの脅迫画像には犯人の一人と思われる者の手が緑川の表情が写る様に頭を押さえていた。と言う事はそれを撮影している者がいるから最低でも犯人は二名はいる事は間違いない。でも、あの緑川を誰にも気づかず拉致した上に、ここまで巧妙な偽装工作をするからには二人だけと言うわけではないと踏んでいた。ある程度、そうグループと言えるほどの人数はいるはずだと思っていた。
しかしその一方、街にたむろする不良連中がいたずら目的で緑川を拉致したのなら、そんな手の込んだことはしなかっただろう。また、身代金目的の誘拐ならそういう偽装工作は考えられる。しかも人質である緑川のあのような姿を撮影して送り付ける事で両親に心理的プレッシャーをかける事は考えられる。でも実際に脅迫を受けたのはこの僕だ。普通の高校生の僕から巻き上げられる金額なんてたかが知れてる。そんなのはあまりに現実的じゃない。
そこまで考えると、相手の目的は間違いなく僕だ。しかも、これだけ手の込んだことをしている。緑川を誘拐して、あの様な姿にした時点で、これは犯罪だ。しかもかなり重罪になる。そんな事をしてでも僕を呼び出そうとした相手に僕は、言葉に出来ない程の狂気と恐怖を感じた。
『相手はまともじゃない。
でも頭の切れる相手だ』
僕の頭の中でもう一人の僕がそう囁き、僕に注意を促した。
その時だった。
僕は突然、背中に不気味な冷気を感じた。同時に、僕の耳元に氷の様に冷たい吐息が掛った。
『巴、もう汚されちゃったかもね……』
そして『白瀬 京子の怨霊』はそう囁くと、くくくっと小さく笑った。
『頼む、白瀬。
僕はどうなっても良い。
でも緑川だけは許してやってくれ』
僕は背中に絡みつく白瀬の怨霊を振り返らずそう呟いた。
『そんなに巴が大事?』
『緑川を恨むのは筋違いだ。
僕が彼女に無理にああさせたんだ。
だから、白瀬、頼むよ、緑川だけは許してやってくれ』
そう聞き返した白瀬の怨霊に僕は今一度、懇願した。すると、その瞬間、白瀬の怨霊の気配が背中からふわりと消えた。そして白瀬は僕の懇願に何も答えなかった。
もしかしたら緑川は白瀬の怨霊が言った様に、すでに狼どもの毒牙に掛かってしまったのかもしれない。もしその時は、僕は男としてその責任を取るつもりだった。一生、傷ついた緑川の傍に居る覚悟を決めていた。ただし、それを白瀬の怨霊が許すかどうかは、その時の僕には分からなかった。
それよりも僕は、ただただ、緑川の無事を願った。自身の人生、いや命、魂すら白瀬に捧げても構わないから、緑川だけは助けて欲しいと白瀬の怨霊に今一度願っていた。
だって、緑川に何の罪もない。緑川を巻き込んだのはこの僕なのだから。
元パチンコ屋であった廃ビル前に立った僕は一度大きく深呼吸をした。
パチンコ屋らしく自動ドアになっていた大きな入り口は、元は全面ガラス張りだったのだろう。しかし、今は、そのガラスの部分に無粋な合板の板が何枚も打ち付けられて中が見えなくなっている。そして、その端に小さめのドアがあった。本来は従業員が営業時間外に出入りする目的で使われた物だろう。ここも本来は中が見えるガラス張りだったのだろうが、今は大きな合板の一枚板で覆われていた。
僕はその小さい方のドアを押してみた。すると意外なほど簡単にそのドアは内側に向かって開いたのだ。僕は、そのまま建物の中に一歩入った。外見から想像したように中は真っ暗だった。
「おっ、やっとこさ、色男のお出ましか!」
すると突然、建物の内に声が響いた。その声を合図に、そこかしこから笑い声が上がった。と同時に、その笑い声がする場所に、明かりが灯った。それはLEDランタンの様な物なのだろう。建物の内部の広さに比べてそう多いわけではなかったが、無機質で冷たい白い光は建物内部を明るく照らし出していた。
元々はここには何列ものパチンコ台が行儀よく並んでいたのだろう。そして、あの独特の騒音と大音量のBGMが流れていた事だろう。しかし今は、その全てがなくなっていた。そして、ただ何もない広い空間と、くすくすと男たちの嫌な笑い声と囁き声が響いていた。
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