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第八十七話
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僕はクラスで完全に孤立した。いや、クラスと言うより学校でという方が正しい。
もちろん孤立したとはいえ、僕は積極的ないじめを受けたわけではない。誰もが、そう先生たちですら僕との接触を明らかに避けるようになったのだ。僕は文字通り『存在しないモノ』となった。でも、僕自身はそれを悲しんだり、ましてや怒ったりはしなかった。むしろ、その孤独が心地よくも感じていた。
それは、自分の犯した罪に対する罰を受け入れる事で、少しでも許されたいと言う気持ちだったのかもしれない。
白瀬がこの世を去って半年ほどした時だった。父がそれまで時折あった胃の痛みの為に病院へかかった。それまでのかかりつけの内科医ではなく、たまたま同窓会で再会した医者になった友人に紹介され彼が居たとある大学病院で診察を受けたのだ。
結果は最悪の物だった。
父はあの発見が非常に難しい『スキルス癌』のステージ4だったのだ。
すぐに入院して手術が行われたがすでに手遅れの状態だった。事実上、開腹しただけで何もせずにそのまま閉じられたという物だった。抗がん剤等の薬物治療や放射線治療などが行われたがほとんど気休め程度だった。
結局、父は入院して半年もせぬ内にこの世を去った。
この時も、僕は不思議と悲しさを感じなかった。これでまた一つ、白瀬への罪の償いと罰を受けることが出来たという異様な安堵感をまた感じていたのだ。
まるで恋人同士の様に仲が良かった父を失った母は気丈夫にふるまっていたが、かなり精神的にはまいっていたようだ。ただでさえ、息子が普通でない状態だったのだからなおさらである。
「与一、あんたさえ良ければ転校しても良いんだよ。
私も、良い機会だから実家があった街に引っ越そうかと思ってるし」
父の葬儀が終わって一段落ついたころ、母がぽつりと僕にそう言った。でも僕はそれをきっぱりと断った。学校での僕の立場と言うか状態を知っていた母は、僕のこの反応に少々驚いたようだった。
それは僕としては当然の結論だった。僕はまだ逃げてはいけないのだ。少なくとも中学校卒業するまではきっちりこの中学と言う名の監獄で過ごさねば白瀬に対する償いが出来ない。
母の申し出を断った夜だった。
いつもは少し離れたところから僕をじっと見詰めるだけだった白瀬の怨霊が僕の方へ近づいてきた。
当然と言えば当然だが僕は逃げなかった。いや、逃げようと思う事すらなかった。このまま白瀬の怨霊に連れて行かれるならそれはそれで良いと思っていた。
僕に近づいてきた白瀬の怨霊は、僕の周りをくるりと回ると、不意に背中から僕を抱きしめてきた。
文字通り氷の様な冷たさと、何か血生臭い、そして、ねっとりとした液体が絡みついて来るのを僕は確かに感じた。
「嬉しい、平泉君。
あなたは一生、私だけの物よ、誰にも渡さない」
体に感じる冷たさと同様に、凍てついた真冬の風の様な冷たい吐息と共に、そう耳元に嬉しそうな白瀬のささやきが響いた。
「うん、僕は君のモノだよ。
僕と君はずっと一緒だ……」
僕はその声にそう答えていた。その時の僕はきっと、とてつもなく幸せな表情を浮かべていただろう。
結局、僕は中学三年間を、冷たい牢獄の中で一人で過ごした。
途中、母が懸賞小説に応募して、期せずして売れっ子作家になった。その母が僕の中学卒業と共に実家があった街のマンションを買い、僕も一緒に引っ越した。
その辺りはすでに語った通りだ。
一人になった僕は勉強にいそしみ、かなり上位の成績を安定して取れるようになっていた。
そこで、母の実家があった街の有名進学校ある葵が丘高校を受験することにした。中学と今の高校のある場所は同じ県内だが、中学がある街の方が遥かに都会でしかも大学受験に有利な高校も多い。なのであの中学から葵高を受験する者はほとんど居ない。ここ数年では僕以外、緑川だけが唯一の例外だった。
ここまであえて牢獄に居続ける事を選びながら、葵高へ行くのは白瀬に申し訳ない気持ちがなかったわけじゃない。しかしここ数年、自身の身の回りの変化があまりに激しかった母が故郷に帰りたいとい想いは、僕にも良く分かっていた。
だから、僕は住む町が変わっても、今まで通り、一人、白瀬の怨霊と居る事だけは変わるまいと誓ったのだ。
もちろん孤立したとはいえ、僕は積極的ないじめを受けたわけではない。誰もが、そう先生たちですら僕との接触を明らかに避けるようになったのだ。僕は文字通り『存在しないモノ』となった。でも、僕自身はそれを悲しんだり、ましてや怒ったりはしなかった。むしろ、その孤独が心地よくも感じていた。
それは、自分の犯した罪に対する罰を受け入れる事で、少しでも許されたいと言う気持ちだったのかもしれない。
白瀬がこの世を去って半年ほどした時だった。父がそれまで時折あった胃の痛みの為に病院へかかった。それまでのかかりつけの内科医ではなく、たまたま同窓会で再会した医者になった友人に紹介され彼が居たとある大学病院で診察を受けたのだ。
結果は最悪の物だった。
父はあの発見が非常に難しい『スキルス癌』のステージ4だったのだ。
すぐに入院して手術が行われたがすでに手遅れの状態だった。事実上、開腹しただけで何もせずにそのまま閉じられたという物だった。抗がん剤等の薬物治療や放射線治療などが行われたがほとんど気休め程度だった。
結局、父は入院して半年もせぬ内にこの世を去った。
この時も、僕は不思議と悲しさを感じなかった。これでまた一つ、白瀬への罪の償いと罰を受けることが出来たという異様な安堵感をまた感じていたのだ。
まるで恋人同士の様に仲が良かった父を失った母は気丈夫にふるまっていたが、かなり精神的にはまいっていたようだ。ただでさえ、息子が普通でない状態だったのだからなおさらである。
「与一、あんたさえ良ければ転校しても良いんだよ。
私も、良い機会だから実家があった街に引っ越そうかと思ってるし」
父の葬儀が終わって一段落ついたころ、母がぽつりと僕にそう言った。でも僕はそれをきっぱりと断った。学校での僕の立場と言うか状態を知っていた母は、僕のこの反応に少々驚いたようだった。
それは僕としては当然の結論だった。僕はまだ逃げてはいけないのだ。少なくとも中学校卒業するまではきっちりこの中学と言う名の監獄で過ごさねば白瀬に対する償いが出来ない。
母の申し出を断った夜だった。
いつもは少し離れたところから僕をじっと見詰めるだけだった白瀬の怨霊が僕の方へ近づいてきた。
当然と言えば当然だが僕は逃げなかった。いや、逃げようと思う事すらなかった。このまま白瀬の怨霊に連れて行かれるならそれはそれで良いと思っていた。
僕に近づいてきた白瀬の怨霊は、僕の周りをくるりと回ると、不意に背中から僕を抱きしめてきた。
文字通り氷の様な冷たさと、何か血生臭い、そして、ねっとりとした液体が絡みついて来るのを僕は確かに感じた。
「嬉しい、平泉君。
あなたは一生、私だけの物よ、誰にも渡さない」
体に感じる冷たさと同様に、凍てついた真冬の風の様な冷たい吐息と共に、そう耳元に嬉しそうな白瀬のささやきが響いた。
「うん、僕は君のモノだよ。
僕と君はずっと一緒だ……」
僕はその声にそう答えていた。その時の僕はきっと、とてつもなく幸せな表情を浮かべていただろう。
結局、僕は中学三年間を、冷たい牢獄の中で一人で過ごした。
途中、母が懸賞小説に応募して、期せずして売れっ子作家になった。その母が僕の中学卒業と共に実家があった街のマンションを買い、僕も一緒に引っ越した。
その辺りはすでに語った通りだ。
一人になった僕は勉強にいそしみ、かなり上位の成績を安定して取れるようになっていた。
そこで、母の実家があった街の有名進学校ある葵が丘高校を受験することにした。中学と今の高校のある場所は同じ県内だが、中学がある街の方が遥かに都会でしかも大学受験に有利な高校も多い。なのであの中学から葵高を受験する者はほとんど居ない。ここ数年では僕以外、緑川だけが唯一の例外だった。
ここまであえて牢獄に居続ける事を選びながら、葵高へ行くのは白瀬に申し訳ない気持ちがなかったわけじゃない。しかしここ数年、自身の身の回りの変化があまりに激しかった母が故郷に帰りたいとい想いは、僕にも良く分かっていた。
だから、僕は住む町が変わっても、今まで通り、一人、白瀬の怨霊と居る事だけは変わるまいと誓ったのだ。
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