ハンガク!

化野 雫

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第八十話

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 しかし、実際にはそうはならなかった。

 何故なら僕は自分のおごり高ぶった考えで立てた計画を実行してしまったからだ。

 そしてそれが、一人の女の子を深く傷つけ取り返しのつかない結果を引き起こしてしまった。

 そんな僕が、その時、その計画に巻き込んで、その事実を一番近くですべて見ていた緑川と平然とした顔で付き合う事など絶対に許される事じゃない。

 そのくらいの事はその時の愚かな僕でも分かったいたんだ。


 やがて舞台の幕は静かに上がっていった。

 そう今思い出すと、本当に静かすぎるほど静かだった。不気味な静けさとも言えた。でもその時の僕らは、演劇部でもない一年生が初めて文化祭で行う劇にみんなが注目してるって思ってたんだ。半分緊張して、そして半分誇らしい気持ちでその静寂を味わっていた。

 まさかその後に、この劇が、人生上二度経験できないほどの悲劇を呼び込むなんてこの時は誰もがみじんも思っていなかったんだ。

 劇は大きなミスもなく静かに進行していった。最初はかすかに無駄話が聞こえていた観客も、いつの間にか白瀬の作った話に話に引き込まれ、文字通り水を打ったような静けさが観客席を覆いつくしていた。そして時折、盛り上がる場面では、感嘆の声やすすり泣きの声すら漏れてきたていた。


 劇の内容は、ラノベではありがちな設定ではあった。

 クライメイトで幼馴染の男女が、たまたま同時にそれぞれ家で高度VR型オンラインRPGをプレイしていた。そしてお互い相手の正体を知らずに共同プレイで戦闘していたその時に、近くの変電所に落雷が落ちる。そして、その瞬間、二人の体はプレイしていた世界に酷似した異世界に飛ばされてしまうのだ。

 飛ばされた二人は、すぐに相手が自分の知っている幼馴染だと気が付く。何とか協力して元の世界に戻ろうとする二人だが、いきなりドラゴンの様な魔王が現れ、戦闘になる。必死に戦うが、ヒロインが主人公を庇って魔王に食われてしまう。

 ヒロインを食った魔王は、悲しみと絶望で慟哭する主人公の前で、こう宣言するのだ。

『この女、気に入った!
 この女の姿を今後は我が物としよう!」 

 そして、その宣言と同時に魔王は今食ったヒロインの姿に変化してしまう。

 それまでも密かに想いを寄せていたヒロインを食い殺された主人公は、血のにじむ様な努力を重ねて『剣聖』と呼ばれるまでの剣の腕を取得する。そして、あの魔王の手下たちを次々と狩ってゆく。その姿はまさに『鬼神』のごとくだった。

 その中で主人公は何度かヒロインの姿をした魔王とも出会って戦闘になる。あと一歩のところまで追いつめる主人公だが、必ずその時、魔王が食われたはずのヒロインの声でこうささやくのだ。

『助けて……お願い助けて、トモヤ……』

しかも片目から涙を流しながらだ。当然の様にその瞬間、ヒロインの意識(魂)がまだ魔王の中で生きていると感じた主人公は攻撃の手を緩めてしまう。そして、毎回魔王は、また魔王らしい表情と声に戻って高笑いをしながら逃げてゆくのだ。

 最強の剣士でありながら『魔王を殺せぬ剣聖』との蔑みも受ける様になった主人公。それでも一人孤独な戦いを続けながら、必死にヒロインを救う方法も探していた。

 そして主人公は戦いの中ある魔物を倒し、その魔物が封印していた『伝説の剣姫』魂を解放する。ちなみに『伝説の剣姫』はヒロインとよく似ているという設定で緑川が二役を演じていた。主人公の意志とその剣の腕を認められた主人公は彼女から一振りの刀を引き継ぐ。

 この刀こそ……

『ひとたび、剣に認められた者が振ればどんな悪も一刀両断に切り捨てる。
 ただし、その相手が善なるものならばかすり傷一つ与えない』

……と伝えられる伝説の神剣『鬼切丸』だった。

 神剣『鬼切丸』を得た主人公は、ヒロインを取り戻すために魔王との最後の戦いへと赴く。

 実際にヒロインの姿をした魔王と対峙するとに何度も決心が揺らいでしまう主人公。しかし今度は一人はなかった。今は主人公の守り神となった『剣姫』がその背中を抱き、その耳元で何度も彼を勇気づけるのだ。

『戦いなさい、剣士。
 幸せは、その手で戦い取らねば手に入りません』

 そしてついに、剣士は意を決し、一瞬の隙を突き、鬼切丸で魔王を一刀両断に切り捨てたのだ。

 しかし何事も起こらず、ただ黒い霧となって消えてゆく魔王の遺体を見て、愛するヒロインの魂まで切ってしまったと慟哭する主人公。
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