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第三十四話
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何だろう? 苦情か嫌がらせの類か?
また例の上級生女子からの呼び出しか?
僕はまず思った。
いや、それより、このご時世にこんな古風でアナログな連絡方法とは、次に僕は少し感動した。
とりあえず僕が封筒を裏返すとそこには『巴』と一言書かれていた。表の字も裏の字も、まるでパソコンの印字の様な綺麗で読みやすい字だ。僕はこの封筒の送り主が、緑川を装った誰かのイタズラではなく、間違いなく緑川本人だとすぐに分かった。相手が緑川ならこれがメールやLINEなどではなく、わざわざ封筒を使った事も何となく納得がゆく。
僕は手にした封筒を誰かに見られない様にすぐさまブレザーの内ポケットに隠した。そして隣の席を見るとそこには緑川が居た。僕が封筒に気づいた事を知った緑川は、ふらりと立ち上がった。それはごく自然に見える動きだったが、僕には緑川には珍しく何だか少しぎこちない様に見えた。
「誰にも言わないで……特に板額にはね。
もし言ったら殺すわよ……」
すれ違いざまに緑川はわざわざ身をかがめ僕の耳元で小さな声でそう囁やくと、そのまま教室を出て行った。緑川の口から『殺す』なんて過激な言葉を聞いたのはこの時が初めてだった。その事に僕は驚いた。驚いたと同時にこの封筒の中身がかなり緑川にとって微妙かつ重大な事項だと確信した。
まず僕はちらりと板額の居る方に目をやった。緑川が板額には知られたくないと言っていた以上、それをまず確認する必要があったのだ。少しでも今の事に板額が気づいていたのなら、相手が勘と洞察力の鋭い板額のこと、誤魔化すにはかなりの手腕が必要となる。しかし、幸いにも板額は早速、話好きなクラスの女子に捕まり、こちらにはまったく気付いていない様だった。
安心した僕は、なるべく自然体を装い教室を出た。そして校舎の屋上へと続く踊り場を目指した。
うちの屋上も昔は、よくある学園ものアニメなどの様に自由に出入りが出来た。そこは昼休みなどはお日様の下ランチを楽しむ多くの生徒の憩いの場だったと聞く。しかし昨今のイジメによる自殺が問題になっているご時世、自殺防止の観点から、僕がこの葵高に入った時にはすでに、施錠され出入りが出来なくなっていた。まあ実際には生徒の命を救うと言うより、ここから飛び降り自殺された時にその責任問題を学校側に求められるのが嫌だったというの本音なんだろう。大人の事情なんてだいたいそんなものである。
板額や他のクラスメイトに見られない為とは言え、封書一通を確認するために何を大げさにこんな場所までって思う人も中には居るだろう。また、トイレの個室を使えばもっと簡単だろうにって言う人も居るだろう。
だが、もし中の文面が込み入った話なら机の下に隠して読むとかでは危険が伴う。折ったメモ程度ならそれも良いだろうが、相手があの板額ともなればちょっと込った話だと気取られてしまう可能性が非常に高い。
またトイレの個室なら板額には絶対に見つからない利点はある。しかし、友達付き合いが無いボッチの僕とは言え、歳頃の男の子なのだ。トイレの個室に入っていたと言う事がクラス男子、いや他クラスの男子にでも知られた日にはどんな自体に陥るかは想像に易い。最悪『うんこたれボッチ野郎』なんてありがたくないあだ名を付けられないとも限らない。色々言われてい入るが、やっぱり学校のトイレの個室を使う事は、その生徒にとっては事実上最終手段なのだ。国家に置き換えれば核兵器の使用を決断する事に匹敵する一大事なのだ。
恥を忍んで安全策を取るか?
一か八か空砲である事を祈って力をその場で緩めるか?
まさに究極の選択を迫られる時にしか使用できない。往々にしてこういう場合、空砲に掛けると、その賭けはまず失敗して、さらにとんでもない事態になる事が多いのだ。
あっ、何を僕は学生のトイレ事情を力説しているのだ。ここは話を戻さねばならない。
と言う様な事情で、僕は巴からの封筒を誰からも見つからずゆっくり読むために、この屋上へ続く踊り場にやって来たのだ。
また例の上級生女子からの呼び出しか?
僕はまず思った。
いや、それより、このご時世にこんな古風でアナログな連絡方法とは、次に僕は少し感動した。
とりあえず僕が封筒を裏返すとそこには『巴』と一言書かれていた。表の字も裏の字も、まるでパソコンの印字の様な綺麗で読みやすい字だ。僕はこの封筒の送り主が、緑川を装った誰かのイタズラではなく、間違いなく緑川本人だとすぐに分かった。相手が緑川ならこれがメールやLINEなどではなく、わざわざ封筒を使った事も何となく納得がゆく。
僕は手にした封筒を誰かに見られない様にすぐさまブレザーの内ポケットに隠した。そして隣の席を見るとそこには緑川が居た。僕が封筒に気づいた事を知った緑川は、ふらりと立ち上がった。それはごく自然に見える動きだったが、僕には緑川には珍しく何だか少しぎこちない様に見えた。
「誰にも言わないで……特に板額にはね。
もし言ったら殺すわよ……」
すれ違いざまに緑川はわざわざ身をかがめ僕の耳元で小さな声でそう囁やくと、そのまま教室を出て行った。緑川の口から『殺す』なんて過激な言葉を聞いたのはこの時が初めてだった。その事に僕は驚いた。驚いたと同時にこの封筒の中身がかなり緑川にとって微妙かつ重大な事項だと確信した。
まず僕はちらりと板額の居る方に目をやった。緑川が板額には知られたくないと言っていた以上、それをまず確認する必要があったのだ。少しでも今の事に板額が気づいていたのなら、相手が勘と洞察力の鋭い板額のこと、誤魔化すにはかなりの手腕が必要となる。しかし、幸いにも板額は早速、話好きなクラスの女子に捕まり、こちらにはまったく気付いていない様だった。
安心した僕は、なるべく自然体を装い教室を出た。そして校舎の屋上へと続く踊り場を目指した。
うちの屋上も昔は、よくある学園ものアニメなどの様に自由に出入りが出来た。そこは昼休みなどはお日様の下ランチを楽しむ多くの生徒の憩いの場だったと聞く。しかし昨今のイジメによる自殺が問題になっているご時世、自殺防止の観点から、僕がこの葵高に入った時にはすでに、施錠され出入りが出来なくなっていた。まあ実際には生徒の命を救うと言うより、ここから飛び降り自殺された時にその責任問題を学校側に求められるのが嫌だったというの本音なんだろう。大人の事情なんてだいたいそんなものである。
板額や他のクラスメイトに見られない為とは言え、封書一通を確認するために何を大げさにこんな場所までって思う人も中には居るだろう。また、トイレの個室を使えばもっと簡単だろうにって言う人も居るだろう。
だが、もし中の文面が込み入った話なら机の下に隠して読むとかでは危険が伴う。折ったメモ程度ならそれも良いだろうが、相手があの板額ともなればちょっと込った話だと気取られてしまう可能性が非常に高い。
またトイレの個室なら板額には絶対に見つからない利点はある。しかし、友達付き合いが無いボッチの僕とは言え、歳頃の男の子なのだ。トイレの個室に入っていたと言う事がクラス男子、いや他クラスの男子にでも知られた日にはどんな自体に陥るかは想像に易い。最悪『うんこたれボッチ野郎』なんてありがたくないあだ名を付けられないとも限らない。色々言われてい入るが、やっぱり学校のトイレの個室を使う事は、その生徒にとっては事実上最終手段なのだ。国家に置き換えれば核兵器の使用を決断する事に匹敵する一大事なのだ。
恥を忍んで安全策を取るか?
一か八か空砲である事を祈って力をその場で緩めるか?
まさに究極の選択を迫られる時にしか使用できない。往々にしてこういう場合、空砲に掛けると、その賭けはまず失敗して、さらにとんでもない事態になる事が多いのだ。
あっ、何を僕は学生のトイレ事情を力説しているのだ。ここは話を戻さねばならない。
と言う様な事情で、僕は巴からの封筒を誰からも見つからずゆっくり読むために、この屋上へ続く踊り場にやって来たのだ。
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