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第31話

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 勿論、王妃は最初から彼女を利用するつもりで援助していた訳では無かっただろう。でも、長い年月の中、義理の姉妹だった2人の間には、与える者と与えられる者と言う、明確な上下関係が出来上がってしまった。

 私は最初、2度もリシャールの命を狙った彼女をもっとふてぶてしい女だと思っていた。でも、目の前で涙を流す彼女はそうでは無かったのだ。

「当初は夫も私も必死に仕事を探したんです。でも、オスマンサスに睨まれた私達を雇ってくれる所は何処にも有りませんでした。そのうち私達家族は、義妹が齎してくれる僅かなお金だけを頼りに生きる様になりました。だから、もし義妹からそのお金を止められたら…。そう思うと怖くて、私にはもう、彼女に逆らうと言う選択肢は残されてはいませんでした…」

 そこには巨大な権力に理不尽に生活を奪われた哀れな家族の姿があった。

 確かに、彼女の言い分は分からなくは無い…。

 でも…。

「自分がこれから離宮で何をさせられるかなんて、貴方には分かっていたでしょう? 貴方はその時にどんな事をしても引き返すべきだった!」

 せめて犯罪に手を染める前に…。

 私は悔しくて悔しくて仕方なかった。

 そして、王妃にこれまでに無いほどの憤りを感じた。

 王子の殺害…。捕まれば確実に死罪だ。

 そんな恐ろしい事に義理の姉を利用した。

 元を正せば彼女の不遇の原因を作ったのは王妃自身だと言うのに…。

 力のある者が弱い者を痛め付ける。

 王妃のやった事はオスマンサスのやった事となんら変わりは無い。いや、人の命が掛かっている分、余計に悪質だ。

 許さない…。

 王妃には絶対に自分のした事の罪を償わせる。

 この時、私の中にほんの僅かに残っていた王妃に同情する気持ちも、完全に消え去った。

「少しのお金と引き換えに内通者として便利に使われ、今度は王子殺し。 王妃はもう貴方を義姉だなんて思っていない! もはや貴方は、彼女にとって自分の言う事を黙って聞く便利な道具よ! そんな人に義理立てする必要なんて無い!!」

 私は叫んだ。

「全て話して。幸い、リシャール殿下は生きている。今ならまだ、貴方の命を救ってあげられる。お願い…。王妃様を裏切る事は家族を裏切る事…。貴方にとっては辛い選択だとは分かっている…。でも、それでも…。全てを話して私に協力して。そうすれば私は必ず貴方と貴方の家族を救って見せるから…」

 その後私は気を取り直して、祈る様な気持ちで彼女に訴えかけた。

 すると彼女は

「本当ですね? 本当に家族を救って下さるのですね?」

 そう何度も確認した。

「ええ…。約束する。勿論、王妃の様に金銭を与える事はしない。その代わりに仕事を与えるわ。そして、それに見合う給金も支払う。でも、これからは働かなければならないわ。元は貴族だった貴方達家族にとってそれは辛い事かも知れない。その代わり、もう誰に怯える事なく生活していける。それだけは私が保証する」

 私が具体的にそう告げたからだろう。彼女は信頼してくれた様だ。

「分かりました。妃殿下に協力致します。私は何をすれば良いですか」

 彼女はそう言った。

「交渉成立ね。そうね? まずは、任務は完了しました。リシャール殿下を階段から突き落とし、殿下は今、瀕死の状態です。再起は難しいだろうと医師は言っています。そう王妃に伝えて。そしてその後は、当分の間、この離宮で今まで通りに過ごしてくれれば良いわ」

「え? それだけで良いのですか?」

「今のところは…ね。いずれ貴方には証言して貰う事になる。リシャール殿下を王妃が殺めようとしたと…」

 こうして証言者が出て、父が追及すれば、あの王の事だ。簡単に保身の為、王妃とエドモンドを切り捨てるだろう。

 でも、そうはさせない。私達の本当の目的は違うところにある。

「貴方の証言だけじゃ無い。それを裏付ける噂を後宮中に流すわ。そうすれば王妃は安心するはず。散々、ある事ない事噂されて来たんだもの。こんな時利用させて貰わないでどうするの?」

 こうしてを油断させ、足場を固める。その間にリシャールも回復するだろう。

 大丈夫。父は約束を反故にされた事を烈火の如く怒って、今、絶賛裏工作中だ。離宮には沢山の証人もいる。そして今、証言者も手に入れた。

 リシャールが回復したその後は…。

 「さて、何処に飛ばそうかしら? 本当の権力、嫌と言う程見せてあげるわ」

 私はニヤリと笑った。



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