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第21話
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「お前、お飾り王太子妃って呼ばれてるらしいな?」
馬車の中、リシャールが私に心配そうに声を掛けた。
「そうみたいね」
私は書類に目を通しながら答える。
「そうみたいねって…。お前の何処がお飾りなんだよ? 今、王家を支えているのは間違いなくお前だろ? 王に代わって執務をこなし、金だってお前の実家からの支援金で保ってる様な物じゃないか? そんな風に馬鹿にされて悔しくないのかよ!?」
リシャールはまるで自分の事の様に怒っている。
「それ、マリエルも同じ事を言っていたわ。バーグも他の文官達もいつも私を労ってくれるし、私は周りの人達に恵まれているわね」
私が書類から顔を上げて笑って見せると、リシャールは困惑の表情を浮かべた。
私が強がりを言っているとでも思っている様だ。
そんな彼を安心させる様に更に言葉を繋ぐ。
「私なら本当に大丈夫よ。前にも言ったでしょう? 私、噂なんて気にしない事にしているから。それに、今は噂だけで王妃からの直接の嫌がらせは無くなったから、聞き流しておけば余計な時間も取られなくて良いわ」
「何でそんなに楽観的なんだよ? いくらなんでもあの噂は酷すぎるだろ? あんなの嫌がらせ以外の何ものでもないだろ? 何でも学生時代からの恋仲だったエドモンドとルルナレッタを引き裂いた挙句、嫉妬から側妃として嫁いだ彼女を虐げている悪女だっけ? 何だよ、それ。考えてもみろよ。お前が嫁いでたった数ヶ月で来た側妃だぞ。それを棚に上げてお前1人が悪者かよ? そんなに好きだったなら、お前との縁談、最初から断れば良かっただろ? 公爵家からの支援は欲しい。好きな女は娶りたいって。幾ら何でも勝手すぎるだろ?」
するとリシャールはそう言って、感情を露わにして捲し立てた。余程腹に据えかねていた様だ。
あの後、王妃とルルナレッタは後宮中に私の悪い噂をばら撒いた。それはもう、自分達の都合良く…。結果、私は立派な悪役令嬢だ。お陰で廊下を歩くたび、陰口を言われ、以前以上に鋭い視線に晒されている。
「虐げるも何も、私にそんな事してる暇なんてないのにね」
私はリシャールを宥める様にそう言った。
あれから分かった事だが、エドモンドはやはり、ルルナレッタに私が出した条件を伝えてはいなかった。
理由は簡単。彼女の野心に気付いていた彼は、私の出した条件を彼女が知る事によって、自分との婚姻を白紙に戻されるのが怖かったのだ。それ程までにエドモンドは、ルルナレッタの事を愛しているのだろう。
そして、あの一件でそれがバレてしまったエドモンドは今、ルルナレッタのご機嫌取りに必死だ。
「今、頭が痛いのは、私の事よりエドモンドがルルナレッタに強請られるまま散財を繰り返す事なんだけどね」
「そうなのか? だけど今の王家にそんな金がない事くらい彼も知っているはずだろう?」
「それがね。ドレスや宝石。彼女に強請られるまま、決められた予算なんて無視してどんどん買い与えているのよね。仕方なく苦言を呈すれば、今度は逆にこっちが暴言を吐かれるの。『元はと言えば、こんな事になったのは全てお前のせいだ。お前があんな条件出すからだ。だからお前の実家が払えば良いだろ』って…」
「何だよ? その無茶苦茶な理論は?」
リシャールはまた呆れてためいきを吐いた。
前は親孝行で優しい所もある人だった…。少なくとも暴言なんて吐く様な人では無かった。でも、あの日から、彼はすっかり変わってしまったのだ。
そして毎夜仲睦まじくルルナレッタと共に過ごしている。かたや私は彼に見向きもされず、あろう事か暴言まで吐かれているのだ。
使用人達から見れば、私は愛されない王太子妃。お飾りと呼ばれても仕方がないのかも知れない。
でも私は思う。妻の仕事は愛される事だけなの? 愛されなければお飾りなの…と。
「全く、酷い話しだな。自業自得だろうに…。あいつ、何か変わったな。王妃やルルナレッタに何か言われたか?」
リシャールは呆れた様な顔をしてため息を吐いた。
やはり、リシャールも同じ事を思った様だ。私は何だか悪い予感がした。
だが、それよりも、今はなさねばならない事がある。
「そんな事よりリシャールは緊張しないの? 私の心配をしている場合じゃないでしょう?」
私が話題を変えて尋ねると、彼はこともなげに答えた。
「だって、なる様にしかならないから」
「貴方も充分、楽観的じゃない…」
私が笑うと彼も釣られて笑った。
そう…。私達が今向かっているのはルクソール公爵家、つまり我が家だ。
馬車が屋敷に到着すると、エントランスでは父と使用人達が並んで私達を出迎えた。
「ようこそ、我が家へ。さぁ、リシャール殿下、王太子妃殿下。此方へどうぞ。もうお見えになっておられますよ」
父が私達を応接室へと案内した。
応接室の扉を開けた私達を待っていたのは、オスマンサス公爵、その人だった。
私達が今日ここにきた理由…。それはリシャールをオスマンサス公爵に引き合わせ、彼の後見になって貰う様、交渉するためだった…。
馬車の中、リシャールが私に心配そうに声を掛けた。
「そうみたいね」
私は書類に目を通しながら答える。
「そうみたいねって…。お前の何処がお飾りなんだよ? 今、王家を支えているのは間違いなくお前だろ? 王に代わって執務をこなし、金だってお前の実家からの支援金で保ってる様な物じゃないか? そんな風に馬鹿にされて悔しくないのかよ!?」
リシャールはまるで自分の事の様に怒っている。
「それ、マリエルも同じ事を言っていたわ。バーグも他の文官達もいつも私を労ってくれるし、私は周りの人達に恵まれているわね」
私が書類から顔を上げて笑って見せると、リシャールは困惑の表情を浮かべた。
私が強がりを言っているとでも思っている様だ。
そんな彼を安心させる様に更に言葉を繋ぐ。
「私なら本当に大丈夫よ。前にも言ったでしょう? 私、噂なんて気にしない事にしているから。それに、今は噂だけで王妃からの直接の嫌がらせは無くなったから、聞き流しておけば余計な時間も取られなくて良いわ」
「何でそんなに楽観的なんだよ? いくらなんでもあの噂は酷すぎるだろ? あんなの嫌がらせ以外の何ものでもないだろ? 何でも学生時代からの恋仲だったエドモンドとルルナレッタを引き裂いた挙句、嫉妬から側妃として嫁いだ彼女を虐げている悪女だっけ? 何だよ、それ。考えてもみろよ。お前が嫁いでたった数ヶ月で来た側妃だぞ。それを棚に上げてお前1人が悪者かよ? そんなに好きだったなら、お前との縁談、最初から断れば良かっただろ? 公爵家からの支援は欲しい。好きな女は娶りたいって。幾ら何でも勝手すぎるだろ?」
するとリシャールはそう言って、感情を露わにして捲し立てた。余程腹に据えかねていた様だ。
あの後、王妃とルルナレッタは後宮中に私の悪い噂をばら撒いた。それはもう、自分達の都合良く…。結果、私は立派な悪役令嬢だ。お陰で廊下を歩くたび、陰口を言われ、以前以上に鋭い視線に晒されている。
「虐げるも何も、私にそんな事してる暇なんてないのにね」
私はリシャールを宥める様にそう言った。
あれから分かった事だが、エドモンドはやはり、ルルナレッタに私が出した条件を伝えてはいなかった。
理由は簡単。彼女の野心に気付いていた彼は、私の出した条件を彼女が知る事によって、自分との婚姻を白紙に戻されるのが怖かったのだ。それ程までにエドモンドは、ルルナレッタの事を愛しているのだろう。
そして、あの一件でそれがバレてしまったエドモンドは今、ルルナレッタのご機嫌取りに必死だ。
「今、頭が痛いのは、私の事よりエドモンドがルルナレッタに強請られるまま散財を繰り返す事なんだけどね」
「そうなのか? だけど今の王家にそんな金がない事くらい彼も知っているはずだろう?」
「それがね。ドレスや宝石。彼女に強請られるまま、決められた予算なんて無視してどんどん買い与えているのよね。仕方なく苦言を呈すれば、今度は逆にこっちが暴言を吐かれるの。『元はと言えば、こんな事になったのは全てお前のせいだ。お前があんな条件出すからだ。だからお前の実家が払えば良いだろ』って…」
「何だよ? その無茶苦茶な理論は?」
リシャールはまた呆れてためいきを吐いた。
前は親孝行で優しい所もある人だった…。少なくとも暴言なんて吐く様な人では無かった。でも、あの日から、彼はすっかり変わってしまったのだ。
そして毎夜仲睦まじくルルナレッタと共に過ごしている。かたや私は彼に見向きもされず、あろう事か暴言まで吐かれているのだ。
使用人達から見れば、私は愛されない王太子妃。お飾りと呼ばれても仕方がないのかも知れない。
でも私は思う。妻の仕事は愛される事だけなの? 愛されなければお飾りなの…と。
「全く、酷い話しだな。自業自得だろうに…。あいつ、何か変わったな。王妃やルルナレッタに何か言われたか?」
リシャールは呆れた様な顔をしてため息を吐いた。
やはり、リシャールも同じ事を思った様だ。私は何だか悪い予感がした。
だが、それよりも、今はなさねばならない事がある。
「そんな事よりリシャールは緊張しないの? 私の心配をしている場合じゃないでしょう?」
私が話題を変えて尋ねると、彼はこともなげに答えた。
「だって、なる様にしかならないから」
「貴方も充分、楽観的じゃない…」
私が笑うと彼も釣られて笑った。
そう…。私達が今向かっているのはルクソール公爵家、つまり我が家だ。
馬車が屋敷に到着すると、エントランスでは父と使用人達が並んで私達を出迎えた。
「ようこそ、我が家へ。さぁ、リシャール殿下、王太子妃殿下。此方へどうぞ。もうお見えになっておられますよ」
父が私達を応接室へと案内した。
応接室の扉を開けた私達を待っていたのは、オスマンサス公爵、その人だった。
私達が今日ここにきた理由…。それはリシャールをオスマンサス公爵に引き合わせ、彼の後見になって貰う様、交渉するためだった…。
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