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「王妃様が公爵に帝位を…ですか?」

 確かに私が殿下と婚姻を結び、公爵がロドリゲス様の本当の子だと証明出来ればそれも可能かも知れない。何より公爵は優秀な方だ。

「ああ…。もしそれが実現すればメルカゾールはこれから先ずっと、セレジストから安定した支援が得られる。きっと母はそう考えたんだろう。母は俺に言った。ミカルディス伯爵家の幸せを壊してしまったと…。母はずっとその事を悔やんでいた。リアーナ様の命を縮めてしまったと…。伯父がもし帝位を継げば、もうミカルディス家に迷惑をかける必要も無くなる…」

 殿下はそう言うと、申し訳無さそうに目を伏せた。

「…王妃様がお母様の命を縮めた…?」

 何を言っているの…? お母様の死に王家が関与しているの?

 殿下の言っている事の意味が分からず、私は首を傾げる。

「母は父の悪事を全て知っていて見過ごしていたんだ。」

 きっととても言い辛い事なんだろう。だが、だからこそ私はそれが何だか気になった。

「陛下の悪事…ですか? それは一体どう言った事でしょう?」

 母の命を縮めたと言われれば、言葉尻も自然に強くなってしまう。そんな私に殿下は眉を顰めた。

「……君の父親にバーバラを充てがったのは父だ。しかも、拒絶する伯爵に父は媚薬まで使ったそうだ。その結果、バーバラは子を孕んだ…」

「…………」

 私はあまりの衝撃に言葉を失った。

 バーバラを充てがった?

 父に媚薬を飲ませた。

 そんな!? 何と言う事を…

「媚薬って…まさか…。メルカゾールの王家は意に沿わぬ人には薬まで盛るんですか? なんて悍ましい…」

 ダリアは震えていた。側で聞いていたアンナも表情を歪め、拳を握り締めた。

「元はと言えば、父が君を俺の婚約者にと望んだ事から始まった。だが、伯爵はこの申し出を断ったんだ。君は跡取りだと…。きっと伯爵は君まで王家に利用されるのが許せなかったんだと思う…」

「だから子が出来る様に女性を充てがったって言うんですか!?」

 私は思わず叫んだ。

「伯爵は清廉な人だ。例え意に沿わぬ行為で授かった子であっても、一度授かった命を無碍にする様な人間では無い。それが分かった上での父の暴挙だった。」

「そんな…」

 余りの事に怒りが湧き上がる。

「だから伯爵は最後に運命を君に委ねた。きっと伯爵の父への最後の反抗だったのだろう…。『彼女がそれを望むなら』と…」

 そうだったんだ。

 何も知らない私はあの時、『はい』と答えた。答えてしまった。それも笑顔で…。

 あの時、父はどれほどの絶望を感じたのだろう……。

「婚約してから俺たちが会えなかったのも、何かの理由で伯爵に婚約破棄する機会を与えない為だった。伯爵はずっと俺たちの婚約の解消を望んでいたからな。会わなければトラブルは生じ無い。俺は君に送る手紙も、中身を確認されていた」

 だから、殿下が留学から帰って来るまで私達は会う事さえ叶わなかったの……?

 あのそっけない手紙の意味も分かった。中身を確認されると分かっていたら、下手な事は書けない…。

 セレジストからの支援を得る為にそこまでしていたなんて……。

 それは同時にメルカゾールがそれ程迄にセレジストに依存していた事を表す。

 私は改めて、公爵が言った『殿下はセレジストからの支援は受けず、自分の足で立つ選択をした』その言葉の重さを噛み締めた。

 『茨の道』だと公爵が言った言葉の意味を……。

「誠実な伯爵は悩んだ挙句、リアーナ様に全てを告げた。自分だけでは無く、娘まで利用する為に、愛する人に媚薬まで飲ませた。その事実はリアーナ様を苦しめ、彼女は王家を憎悪した。結局リアーナ様にとっては告げられても、隠されても辛く苦しい内容だったんだ。だから、父は伯爵に命じてリアーナ様の手紙を廃棄させた。彼女がセレジストに全てを知らせない様に…。これが俺が母から聞いた真実だ」

『バーバラとエクメットの事はリアーナも知っていた』改めて父の言葉が思い出される。愛する家族を壊された。お母様はどれだけ悔しかっだだろう。

 許せない……。そう思った。

「では…やはり…母の思った通り、リアーナ様の手紙は全て廃棄されていてシナール陛下の元には届いていなかったのですね…」

 余りの事実に静まりかえる部屋の中、声を上げたのはアンナだった。

 殿下はアンナを一瞥すると

「あぁ…そうだ」と言い辛そうに一言告げた。

「もちろん、母が伯父を皇帝にしようとしていると言うのは俺の只の憶測だし、ダリアさんの話と、今までの伯父の行動から察するに、伯父にはそんな野心はない様に感じるがな」

 殿下はこの話はここまでだとでも言う様に話を締め括った。

 殿下に前世の記憶がある事を知っているのは今の所私だけだ。だから殿下は余り詳しく話すのを避けたいんだろう。

 でも前世、王妃様は私が懐妊しない様に薬を盛っていたと聞いた。私が子を産めば、その子はセレジストの皇位継承権を持つ。殿下の推論は強ち間違いでは無いのかも知れないと私も思った。

「それよりもダリアさん、そのロドリゲス様の側近、リベルサスと言う人物の事を教えてくれないか? 話を総合すると彼が嘘を付いていた可能性が高い…」

 話を振られたダリアは殿下に答えた。

「はい。リベルサス様は武人としてはとても優秀な方だと思います。彼は戦での活躍を買われ、陞爵され侯爵となりました。ロイド様亡き後は、シュナイダー様の後ろ盾となり、今では彼の1番の腹心です。過去の経歴上、騎士団にも顔が効き、敵に回せば恐ろしい人物だと思います」

「武人…なる程…」

 殿下は顎に手を当てて頷いた。

「ディアーナを襲った者達はこの国の退役した兵士達だった。これで最後の黒幕が誰か検討がついたな。今回の一連の事件の本当の狙いは、皇家の血を根絶やしにし、セレジストの皇家を乗っ取る事にあったのかも知れない…。その上で周辺国を制圧し、ロドリゲスの目指した巨大帝国を作る…」

 殿下の考えに私達は目を見開いた。

 それが殿下の抱いた絵空事だとは言いきれない状況だったからだ…。
 
 その時、部屋をノックする音が聞こえ、侍従が入って来た。

「陛下の謁見の準備が整いました。ご案内します」

「分かりました。宜しくお願いします」

 殿下が声を上げると、それを合図に私達は立ち上がった。

 その時アンナがそっと殿下に声を掛けた。

「母から預かったこの手紙、本当に陛下にお渡しして宜しいのですか?」

 アンナの気遣いはよく分かる。きっと母からの手紙にはメルカゾールへの怒りが綴られているはずだ。殿下にとっても、メルカゾールにとっても不利に働くに違いが無かった。

 それでも……

「ああ…勿論だ。俺はメルカゾールの全ての罪を出し切りたい」

 殿下は決意の籠った瞳でそう答えた。











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