上 下
23 / 28

23

しおりを挟む
「それは…」

 アンナの急な質問に私は言葉を失った。今、此処で否定したところで長年共に過ごしたアンナの目を誤魔化せるとは思えない。

 すると、そんな私の様子を見てアンナが言葉を続けた。

「私はさっき言いましたよね? 母は父と別れてリアーナ様にお仕えすることをのです。だから母は最期まで自分の選択を悔いてはいませんでしたよ? お嬢様は殿下とお別れすることをご自分で選ばれましたか? 殿下の言葉に逆らえ無かっただけですよね? 殿下とは本当に今日でお別れですよ? お嬢様はそれでよろしいのですか? 後悔なさいませんか?」

 アンナは矢継ぎ早に質問を繰り返した。その度に私の感情が揺さぶられていく。

「……だって…仕方がないじゃない…。殿下が私を拒絶するんだから…。本当は側にいたい…。でも、君の命を守るためだ言われれば私は殿下に何も言い返せない…」

 気が付くと私はそう口にしていた。途中、また涙が溢れ出て来た。最近は泣いてばかりだ。

「やっと本音を言いましたね」

 アンナは呆れた様に一つ息を吐くと、私の肩を、何時もしてくれる様に抱き締めた。

「私はずっとあんな人の何処が良いんだろう? あんなに蔑ろにされても好きだなんて、お嬢様はなんて物好きなんだろうって思ってました」

「……物好き……アンナ…酷い…」

 私は泣き笑いをする。するとアンナは慰める様に私の頭を撫ぜた。

「でも今は、殿下の事を少しは見直しました。屋敷に匿われている時、公爵様は仰いました。殿下はお嬢様をセレジストに返す選択をした。それはメルカゾールがセレジストからの援助を受けず、自分の足で立つ事を意味する。他国に頼る事なく、自分の国の力で安定的な国家運営を目指す。殿下はあえてその茨の道を選んのだと…。」

 自分の足で立つ…。公爵の言う通り、お母様が亡くなり、私をセレジストに返して仕舞えば、もうセレジストにメルカゾールを援助する理由は無くなる。それは即ち、今までより民に負担を強いる事に繋がる。当然、民の反発は免れない。正に茨の道だ。

「公爵様は、他国に支えられての国家運営は楽だが脆いとも仰いました。だからこそ殿下は国家としての自立を目指されるのだと」

 アンナの声はとても優しくて温かかった。それに私を撫ぜる手も心地良い。

 アンナにはきっと私が本当はどうしたいのか分かっているのだ。

「…共に戦う夫婦になりたかった…殿下はそう言ったわ。私もそう。彼の支えになりたい」

 私はアンナに思いを口にした。

 その為に辛いお妃教育も頑張って来たのだ。

「…そうですか…。それがお嬢様の本当の気持ちですね? なら、私はお嬢様に協力します。大丈夫。お嬢様が自分の気持ちをしっかりと持ち、行動すれば、きっと最善の策が見つかりますよ」

 アンナはそう言って微笑んだ。

 *****

 馬車が宮殿に到着すると、私達はとある部屋へと通された。

 そこが誰の部屋か…直ぐにピンと来た。その部屋がお母様の好きなセレジストの色、グリーンで統一されていたから…。

 お母様が城を出てもう20年近く、祖父はずっとこの部屋を守っていてくれたのだろう。この部屋からは祖父の母への深い愛を感じる事が出来た。

「ここはお母様の部屋ですか?」

 私は案内してくれた侍女に尋ねた。すると彼女はにっこりと微笑んだ。

「ええ、そうですよ。このお部屋からは庭園が一望出来るんです。リアーナ様は良くベランダへ出てご覧になっていました。ディアーナ様は本当にリアーナ様に良く似ていらっしゃいますね。それにそのブローチ、ミンティア様の物ですね?」

 案内してくれた年配の侍女が、私の顔を見ながら涙ぐんだ。でも私はそれよりも、彼女が叔母のブローチについて触れた事に驚いた。

「このブローチを知っているのですか?」

 すると彼女は頷いた。

「ええ、勿論です。私はミンティア様にお仕えする侍女でしたから…」

 このやり取りを黙って聞いていた殿下が驚いた様に目を見開いた。

「ミンティア様の侍女…。では貴方はミンティア様の死の真相をご存知なのですか?」

「ミンティア様の死の真相…ですか? それはどう言った事でしょう? ミンティア様は事故で亡くなったのですよ?」

 だが、殿下の質問に彼女は怪訝な表情を浮かべた。

「私の信頼する知人はミンティア様はロイド様に殺されたと言いました。そしてロイド様は陛下に処刑された…とも」

 すると彼女は怒りで顔を赤く染め、殿下を見据え声を張り上げた。

「貴方はメルカゾールの王族でしょう? 何も知らず、しかもセレジストの宮殿でその様な発言、誰かに聞かれたら、不敬だと断罪されても仕方が無いのですよ!?」

 だが殿下は怯む事なく言葉を続ける。

「…ですが、この話は陰ながらではありますが、至る所で噂されています。大体無理がありませんか? ミンティア様が亡くなって、後を追う様にロイド様が亡くなった。セレジストの皇位継承権を持つ人物が続けて亡くなったのです。2人の死を関連付けるのは当然の事だ」

 殿下の意思を感じたのか、彼女は諦めた様な顔をして徐にアンナの方へと向き直った。

「あなた…テレサの娘ね。名はそう…確かアンナだったかしら? 私の事を覚えている?」

「はい…確かダリア様…。母ととても仲良くして頂いていたのを覚えています」

 アンナは突然話題を変えたダリアに戸惑いながらも、懐かしそうに目を細めた。

「あぁアンナ…覚えていてくれたのね? 抱きしめても良いかしら。テレサの事、聞いたわ。大変だったわね」

 彼女はそう言って優しくアンナを抱きしめた。そして殿下に問いかけた。

「それを私が話す事で、確実にあの男の息子を廃嫡出来ますか?」と。

 あの男の息子…。ダリアからはロイドとシュナイダーに対する強い怒りが伝わって来た。





















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

正当な権利ですので。

しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。  18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。 2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。 遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。 再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

元婚約者に未練タラタラな旦那様、もういらないんだけど?

しゃーりん
恋愛
結婚して3年、今日も旦那様が離婚してほしいと言い、ロザリアは断る。 いつもそれで終わるのに、今日の旦那様は違いました。 どうやら元婚約者と再会したらしく、彼女と再婚したいらしいそうです。 そうなの?でもそれを義両親が認めてくれると思います? 旦那様が出て行ってくれるのであれば離婚しますよ?というお話です。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

処理中です...