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「ディアーナ・ミカルディス。お前との婚約を解消する!!」

 殿下が高らかに宣言したその言葉に真っ先に反応したのは、玉座に座る国王陛下だった。

「お前! 何と言うことを!!」

 陛下はそう叫ぶと、驚きのあまり玉座から立ち上がった。

 陛下が怒っている。それは誰の目から見ても明らかだった。

 だがそんな陛下に向かって、殿下は悪びれる様子もなく飄々と答える。

「何をそんなに怒っているのですか? 私とここに居るディアーナとの婚約は政略により結ばれたものです。彼女はセレジスト皇帝シナール陛下の孫娘とはいえ、皇帝が彼女の存在を認めた訳ではありません。であれば、彼女は唯の伯爵家の令嬢。それに比べ、これなるロザリアはカシミール公爵の娘です。公爵は広大な領地を持ち、またわが国1番の商会を経営しておられる。どちらが王家にとって利があるのかは火を見るより明らかでしょう?」

 殿下に反論された陛下は、それ以上何も仰る事は無かった。

 殿下の言う事は正に正論。それに私達の不仲は皆に知れ渡っている。陛下も認めるしか無かったのだろう。何よりこれだけ大勢の貴族が見守る前で、王太子が自ら婚約者に婚約の解消を突き付けたのだ。今更無かった事になど出来ない。

「では父上、彼女との婚約解消の手続きをお願いします」

 殿下は陛下にそう告げると軽く頭を下げ、今度はその青く輝く瞳で私を真っ直ぐに見つめ言い放った。

「分かったな!? ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」

 この人は長年の婚約者だった私に何の情もないのか…。例え私との婚約解消を望んだとしても、少しでも私の今後を考えてくれたならもっと穏便なやり方があったはずだ。私は失望し、殿下を見つめ返した。
 
 その時偶然、陛下の隣に座る王妃様と目が合った。

 すると王妃様は申し訳なさそうに俯いて、目を逸らせた。

 今日は父も夜会を欠席している。

 あぁ…こんなにも沢山の人がいるのに、この中には私の味方も、私を庇ってくれる人も誰もいないのね…。

 私は諦めにも似た感情を抱いた。

「分かりました。婚約の解消を受け入れます」

 周りからの視線の中、そう答えるしか無かった私は、居た堪れなくなって足早に会場を後にした。

 …終わったわ……。

 ねぇ、貴方は気付いていたかしら…?

 私、初めて会った時から貴方の事が好きだったの。

 だから貴方の隣に立ちたくて…貴方に相応しい立派な王太子妃になりたくて…子供の頃から一生懸命頑張ったのよ。

 それなのに貴方は私の事を、王家にとって利が無いと簡単に切り捨てるのね…。

 帰りの馬車の中、私は涙が止まらなかった。こんな時はいつも肩を抱いて慰めてくれたアンナももういない…。

 私は失意の中屋敷に戻った。

 だがどんなに辛くても、ミカルディス伯爵家の娘として父に殿下との婚約解消の話はしなくてはならない。

 私は父の執務室のドアを叩いた。

「どうぞ」

 父の返事を待ってドアを開いた。

 すると、そこには父と一緒に談笑しながら優雅にお茶を飲む女性がいた。そして女性の隣にはお父様によく似た男の子。

 その様子を見ただけで3人の関係が分かった。お客様なら執務室では無く応接室に通すはずだ。それに子供もいる。仕事の関係者なら子供を連れて来る事は無い。

 執務室に入って来た私を見た父は取り繕った様に笑みを深くした。

「早かったな。丁度良い。紹介しておこう」

 父はそう言って立ち上がり、彼女を自分の隣に招き寄せると徐に彼女の肩を抱いた。すると今度は、その彼女が手招きをして、少年を自分の前に呼んだ。

「今日からお前の母親になるバーバラと…」そう言って彼女の体を更に自分の近くへと抱き寄せる。2人は互いに見つめ合い愛おしそうに微笑んだ。

 その後父は、もう一方の手で前に立つ少年の肩に優しく触れた。

「弟のエクメットだ」

 母が亡くなってまだ日も浅いと言うのに、私は一体何を見せられているんだろう…?

 いやそれよりも、弟の存在から父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだった。

 父と母は愛し合っていたんじゃ無かったの…? だからこそ、母は父の為に自分の持っていた全てを捨てたのに…。

 私は父に対して今まで感じた事のない程の怒りを覚えた…。



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