1 / 28
1
しおりを挟む
忘れもしない。
忘れる事なんて出来ない記憶。
今度こそ運命を変えなければ……。
あの日、我がメルカゾール王国の王城はセレジスト帝国軍によって包囲された。圧倒的な軍事力を誇る巨大帝国の軍を前に我が国はなす術も無かった。俺たち王族は捕えられ、手枷足枷で拘束された挙句、謁見の間に集められた。
何時もなら王である父が座る玉座には1人の青年が腰掛け、捕えられ跪く俺たち王族を鋭い視線で射抜く。
「何故だ! 何故叔母上とディアーナを殺した!? この国が何故今まで我が帝国の属国にならずに済んでいたと思う? 叔母上とディアーナがいたからだ!!」
玉座にて悲痛な声を上げる彼の名は、シュナイザー・セレジスト。
セレジスト帝国の皇太子であり、学生時代、俺の同級生だった男だ。だが、1度辛辣な言葉を投げ掛けられた俺は、それ以来彼とは距離を置いていた。
「い…いえ…。貴方様の叔母上リアーナ様は…その…ご病気で「言い訳は結構だ!! 調べはついている!!」」
震える声で弁明しようとした父の言葉をシュナイザーは遮った。
「叔母上も、ディアーナも、何も知らず、何の抵抗も出来ないまま、お前たちに苦しめられ無惨に殺されたのだ。お前たちに言い訳する機会など要らぬ!!」
彼は俺たち王族に向かって怒りに震えながら冷酷にそう言い放った。
この後、俺たち家族は1人残らず中央広場にて衆人環視のもと公開処刑にされた。
彼の言う通り、俺たちは一言の弁明する機会さえ与えられる事は無かった。
広場で処刑を待つ俺の目の前に広がった景色…。
それは、これから帝国の属国になると言うのに、それを歓迎し、歓喜に沸いた民達の姿だった。
あぁ…我々この国の王族は、今までどれ程の蛮行を犯して来たのか……。
民の心がこれ程迄に離れてしまうとは……。
俺は絶望に苛まれながらこの世を去った。
*****
今日も殿下はおいでになっては下さらないのね……。
今日は婚約者として月に一度設けられた殿下との茶会の日だった。王宮内の庭園に用意されたその席に最後に殿下が来て頂けたのはいつだっただろう…。もうそれすら思い出す事が出来ない。そのくせ約束の時間が過ぎて私が諦めて帰ると、必ず後日王家を通じて苦言が呈されるのだ。
『殿下を待たずさっさと帰ってしまうなんてどういうつもりだ』と。
だから私は仕方なく此処にいる。
「お嬢様、もうそろそろ……」
侍女のアンナが遠慮がちに声を掛ける。気がつくともう日は傾きかけていた。
「ええ、そうね…」
私はゆっくりと席を立った。
帰りの馬車の中、アンナは怒りを露わにさせる。
「殿下はあんまりです。毎回、毎回、これではお嬢様は見せ物ではありませんか!!」
茶会の為の席は、何時も庭園内のガゼボに用意されていた。そこは王宮内から特に人目につき易い場所にある。私は月に1度こうして何時間もの間、人の目に晒されながら王太子殿下が来て頂くのをただひたすらに待ち続けなければならない。
他人から見れば、これ程蔑ろにされながらも殿下を待ち続けるさぞ滑稽な婚約者に見えることだろう。
「今度のお相手はカシミール公爵家のロザリア様だそうですよ? お二人は大変仲睦まじいと噂になっております」
アンナはまるで自分の事の様にプリプリ怒っている。その様子に笑みが溢れる。彼女は母が父と駆け落ちした時、帝国から唯一着いて来てくれた侍女テレサの娘で、私にとっては姉の様な存在だ。王太子妃教育を受けている私は、自分の感情を面に出す事が出来ない。だから貴方が代わりに怒ってくれる事に私がどれほど救われているか……。
私は仮面を貼り付けて今日も微笑む。
「ロザリア様と殿下は従姉弟同士ですもの…。仲が良いのは仕方が無いわ。」
「もう! またそんな事を言って!! お嬢様は人が良すぎます。 では、アメリア様はどうなるのです? マグノリア様は? お嬢様と言う長年の婚約者がありながら、他のご令嬢に現を抜かすなんて!! 殿下は只の浮気男ですよ!?」
「まぁ、アンナ、浮気男だなんて…。そんな失礼なこと…」
私は軽くアンナを諌めた。
「大丈夫です! お嬢様以外の人前では思っていても言いませんから」
アンナはそう言ってしたり顔をした。
「でもお嬢様、もういいのではないですか? お嬢様が殿下にこうして何時間も放って置かれている事は、もはや城にいる者なら誰もが知っています。ましてや旦那様は陛下の側近。失礼を承知で申しますが、もうそろそろお考えになられては如何ですか? 私はもう悔しくて悔しくて仕方が無いのです!」
彼女の言いたい事はよく分かる。お父様から陛下に殿下との婚約の解消を願い出て貰えと言う事だろう。
でも……。
「……殿下は私の初恋の人なの」
私はアンナにそう告げた。
忘れる事なんて出来ない記憶。
今度こそ運命を変えなければ……。
あの日、我がメルカゾール王国の王城はセレジスト帝国軍によって包囲された。圧倒的な軍事力を誇る巨大帝国の軍を前に我が国はなす術も無かった。俺たち王族は捕えられ、手枷足枷で拘束された挙句、謁見の間に集められた。
何時もなら王である父が座る玉座には1人の青年が腰掛け、捕えられ跪く俺たち王族を鋭い視線で射抜く。
「何故だ! 何故叔母上とディアーナを殺した!? この国が何故今まで我が帝国の属国にならずに済んでいたと思う? 叔母上とディアーナがいたからだ!!」
玉座にて悲痛な声を上げる彼の名は、シュナイザー・セレジスト。
セレジスト帝国の皇太子であり、学生時代、俺の同級生だった男だ。だが、1度辛辣な言葉を投げ掛けられた俺は、それ以来彼とは距離を置いていた。
「い…いえ…。貴方様の叔母上リアーナ様は…その…ご病気で「言い訳は結構だ!! 調べはついている!!」」
震える声で弁明しようとした父の言葉をシュナイザーは遮った。
「叔母上も、ディアーナも、何も知らず、何の抵抗も出来ないまま、お前たちに苦しめられ無惨に殺されたのだ。お前たちに言い訳する機会など要らぬ!!」
彼は俺たち王族に向かって怒りに震えながら冷酷にそう言い放った。
この後、俺たち家族は1人残らず中央広場にて衆人環視のもと公開処刑にされた。
彼の言う通り、俺たちは一言の弁明する機会さえ与えられる事は無かった。
広場で処刑を待つ俺の目の前に広がった景色…。
それは、これから帝国の属国になると言うのに、それを歓迎し、歓喜に沸いた民達の姿だった。
あぁ…我々この国の王族は、今までどれ程の蛮行を犯して来たのか……。
民の心がこれ程迄に離れてしまうとは……。
俺は絶望に苛まれながらこの世を去った。
*****
今日も殿下はおいでになっては下さらないのね……。
今日は婚約者として月に一度設けられた殿下との茶会の日だった。王宮内の庭園に用意されたその席に最後に殿下が来て頂けたのはいつだっただろう…。もうそれすら思い出す事が出来ない。そのくせ約束の時間が過ぎて私が諦めて帰ると、必ず後日王家を通じて苦言が呈されるのだ。
『殿下を待たずさっさと帰ってしまうなんてどういうつもりだ』と。
だから私は仕方なく此処にいる。
「お嬢様、もうそろそろ……」
侍女のアンナが遠慮がちに声を掛ける。気がつくともう日は傾きかけていた。
「ええ、そうね…」
私はゆっくりと席を立った。
帰りの馬車の中、アンナは怒りを露わにさせる。
「殿下はあんまりです。毎回、毎回、これではお嬢様は見せ物ではありませんか!!」
茶会の為の席は、何時も庭園内のガゼボに用意されていた。そこは王宮内から特に人目につき易い場所にある。私は月に1度こうして何時間もの間、人の目に晒されながら王太子殿下が来て頂くのをただひたすらに待ち続けなければならない。
他人から見れば、これ程蔑ろにされながらも殿下を待ち続けるさぞ滑稽な婚約者に見えることだろう。
「今度のお相手はカシミール公爵家のロザリア様だそうですよ? お二人は大変仲睦まじいと噂になっております」
アンナはまるで自分の事の様にプリプリ怒っている。その様子に笑みが溢れる。彼女は母が父と駆け落ちした時、帝国から唯一着いて来てくれた侍女テレサの娘で、私にとっては姉の様な存在だ。王太子妃教育を受けている私は、自分の感情を面に出す事が出来ない。だから貴方が代わりに怒ってくれる事に私がどれほど救われているか……。
私は仮面を貼り付けて今日も微笑む。
「ロザリア様と殿下は従姉弟同士ですもの…。仲が良いのは仕方が無いわ。」
「もう! またそんな事を言って!! お嬢様は人が良すぎます。 では、アメリア様はどうなるのです? マグノリア様は? お嬢様と言う長年の婚約者がありながら、他のご令嬢に現を抜かすなんて!! 殿下は只の浮気男ですよ!?」
「まぁ、アンナ、浮気男だなんて…。そんな失礼なこと…」
私は軽くアンナを諌めた。
「大丈夫です! お嬢様以外の人前では思っていても言いませんから」
アンナはそう言ってしたり顔をした。
「でもお嬢様、もういいのではないですか? お嬢様が殿下にこうして何時間も放って置かれている事は、もはや城にいる者なら誰もが知っています。ましてや旦那様は陛下の側近。失礼を承知で申しますが、もうそろそろお考えになられては如何ですか? 私はもう悔しくて悔しくて仕方が無いのです!」
彼女の言いたい事はよく分かる。お父様から陛下に殿下との婚約の解消を願い出て貰えと言う事だろう。
でも……。
「……殿下は私の初恋の人なの」
私はアンナにそう告げた。
202
お気に入りに追加
2,284
あなたにおすすめの小説
振られたから諦めるつもりだったのに…
しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。
自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。
その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。
一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…
婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
元婚約者に未練タラタラな旦那様、もういらないんだけど?
しゃーりん
恋愛
結婚して3年、今日も旦那様が離婚してほしいと言い、ロザリアは断る。
いつもそれで終わるのに、今日の旦那様は違いました。
どうやら元婚約者と再会したらしく、彼女と再婚したいらしいそうです。
そうなの?でもそれを義両親が認めてくれると思います?
旦那様が出て行ってくれるのであれば離婚しますよ?というお話です。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
正当な権利ですので。
しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。
18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。
2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。
遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。
再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。
優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる