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第十二話 王太子アルベルト 10

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 今日、私はカサンドラと共に、王都にある彼女お気に入りのケーキ屋に来ていた。この店は好きなケーキを選び、それを店内で食べる事も出来る。聖女が倒れてから、彼女には私の執務を手伝って貰っていた。今日はその礼も兼ねて彼女を誘ったのだ。

 聖女が召喚されてからと言うもの、カサンドラとこうしてデートをしたのは初めての事だった。そのせいか、彼女は何時になくはしゃいでいた。

「あれと、これと、あ!これも食べたいですわね!」

 店員の持つトレイの上に綺麗に並べられたケーキを指差しながら、楽しそうに選んでいる彼女を見ていると、少しだけ心が柔らいだ。

 そう…。本当はあれからずっと気になってしょうがないのだ。

 聖女は今頃どうしているだろうか…と。

 あの日、目覚めた聖女はまだかなり体調が悪そうに見えた。何より彼女自身がそう言っていたのだ。

 それでも、今こうして平穏に過ごせていると言う事は、彼女は弱った体であの後もずっと結界を張り続けているのだろう。

 そう考えただけで心が痛んだ。

「それで、聖女様のお加減は如何なのですか?」

 カサンドラが私に問いかけた。

「…ああ…。それが良く分からないんだ…」

「分からない?」

 彼女は首を傾げる。

「聖女は倒れてから5日もの間眠り続けていたんだ。だが、彼女が目覚めた後、私は聖女宮を追い出された。聖女に寄り添うのは貴方の役割ではありませんとバイゼルに言われてな」

「…そうですか…。神官長様がそんな事を…」

 苦笑いした私にカサンドラが頷く。彼女には聖女宮を立て直すと大見得を切って政務まで手伝って貰っておきながら、とんだ体たらくだ。

「なぁ、カサンドラ。もし…もしもの話だが…もし今、聖女がいなくなったとしたら、この国はどうなると思う?」

 カサンドラは迷う事なくハッキリと答えた。

「滅びますわね。この国は魔物に対して何の対策もしておりませんもの」と。

「…やはりそう思うか…。では、例えば我が国が他国の様に兵力を増強し、魔物を自分達の手で退ける事は可能だろうか?」

 この問いにはカサンドラは少し考えてから答えた。

「……それは可能かも知れません。但し、民がそれを受け入れるなら…ですが…。実際にはとても難しい事でしょう」

 確かにそうだ。カサンドラの意見も私と同じだった。

 兵を整えるには金がかかる。その金を捻出する為には税を上げなければならないだろう。それだけでは無い。今迄のように防ぐのではなく闘うのだ。当然、兵たちの血が流れる。それらを果たして民達が受け入れてくれるのか…。

 そう考えていくと、これから先もこの国は、聖女を召喚し続けるのだろう。

 突然そんな事を言い出した私に、カサンドラは不思議そうに問いかける。

「一体どうされたのです? 私達は聖女様が張って下さっている結界の元、こうして平穏に過ごせているではありませんか」

 そしてやはりこれがこの国の民の認識なのだろう。

 だがその平穏を守るために、一体聖女がどれだけの犠牲を払っているのか…。民達は何も知らないし、聞かされて来なかった。

「いや、例えばの話しだよ。ほら、今回の様に聖女が倒れる事もある訳だし…」

「…そうですわね。確かにそれも考えておかないといけませんわね」

 そう言ったカサンドラが発した次の言葉に、私は改めてこの国の民達の聖女に対する認識を突き付けられた気がした。

「私、殿下から聖女宮のお話をお聞きして正直、驚きましたの。だって聖女様は神官達に傅かれて何不自由なく健やかにお過ごし頂いていると聞いておりましたから」

 何と言う事だ。私の婚約者であるカサンドラでさえこんな風に思っていたなんて…。彼女は未来の王太子妃だと言うのに…。

 いや、違う。私だってそうだった。正式に王太子となり聖女の召喚に立ち会うまで、私だってずっとそう思い込んでいたんだ。

 何故もっと考えなかった。聖女が例え命を掛けて結界を張っている事を知らなかったとしても、見知らぬ場所へ少女がたった1人で連れて来られるのだ。

 幸せなはずがないではないか…。

 贅沢な暮らしが出来れば幸せなのか…。 

 そんなはずはないではないか…。

 聖女の張る結界に守られた平和な国で、それが誰かの犠牲の上に成り立っているなど思いもしなかった。

 私も含めこの国の民は皆、生まれた時から与えられる平和に慣れすぎ、それが当たり前の事だと思っていた。

 そう考えると自分が情けなかった。

 やりきれない思いが私を包む。

 出来る事なら彼女の望みを叶え、元の世界に帰してやりたい…。

 だが、もし彼女が元の世界に帰ったとしたら、この国はたった1人の聖女を失う。

 ………いや……。

 もしかしたら、そうなれば次の聖女が召喚出来るのでは無いか…?

 突然そんな考えが頭を過った。

 でも、どうやって…? どうやって元の世界へ帰す?

 その時頭の中にバイゼルの言葉が甦った。

『貴方に覚悟が出来たなら、私は貴方に力をお貸しましょう』

 バイゼルならば…。彼は長年、聖女宮で歴代の聖女達を間近で見て来た。彼なら何か知っているかも知れない。
 
 翌日、再び聖女宮に現れた私をバイゼルが出迎えた。

「今日はどういったご用件でしょうか? 聖女様の事は私共神官にお任せ下さいと先日申し上げましたが…」

 彼の目は冷ややかだ。

「いや、お前に会いに来た。お前の助けが借りたい」

 私はバイゼルに告げた。彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめると

「ほう…。では場所を移し、取り敢えず話しだけでもお伺いしましょうか」

 そう言って私を執務室へといざなった。



































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